第57話
「ダメだ、仕留め損なった!」
叫ぶ陸が素早くニケーを移動させる。
前のめりになって倒れそうになるトラムプル・ライノは傷ついた両の前脚でどうにか踏み止まっていた。
血のように流れる体皮の欠片。
一つを失い五つになった瞳がニケーを追いかけて来る。
「くそっ、追いつかれる!」
頭を動かして鼻先の刃を水平に地面を薙ぎ払う。
巻き込まれてしまう大勢のジーンと戦艦。
死屍累々の光景が徐々に広がっていく。
「やらせませんっ」
トラムプル・ライノの後ろから姿を現わした三機のデルガル。ラードのジャック艦から再び出撃した彼等がギリギリのタイミングで到着したのだ。
それぞれが持つイプシロンの銃口がトラムプル・ライノを捉えている。
「二人とも、私にタイミングを合わせてください」
「はい」と短く答えるシャッド。
「分っかりました」軽薄そうに答えるケビン。
「3、2、1、発射!」
ラナのカウントダウンに合わせて三機のデルガルから光弾が放たれる。
グンッと機体を襲う反動を堪えて照射され続けているそれはトラムプル・ライノの後頭部で弾けた。
鬱陶しそうに振り返り、攻撃の狙いを変えるトラムプル・ライノ。
急激に方向転換したトラムプル・ライノの刃が三機のデルガルに迫った。
「回避!」
「間に合いません」
「逃げられないっ」
イプシロンの発射直後、動けない三機のライダーが目の前に迫る死神の足音に身を竦ませた。
「イプシロンをトラムプル・ライノに向かって投げろ!」
「はい!?」
「良いから。早く!」
「は、はい。二人とも!」
「了解した」
「どうにでもなれっ」
聞こえてくる神住の言葉に従い三機のデルガルはそれぞれが持つイプシロンを迫るトラムプル・ライノに向けて投擲した。
それと同時に上空から一筋の光が伸びて、三つのイプシロンを纏めて貫いた。
瞬間巻き起こる強大な爆発。
三機のデルガルはおろか、トラムプル・ライノの攻撃すら中断させるほどの威力を持つそれは、どうにか三人の命を救っていた。
「そのまま逃げるんだ!」
「ですが…」
呻きつつ顔に広がる炎と熱を振り払うトラムプル・ライノ。
ラナ達は助かったが、トラムプル・ライノに有効な武器を失ってしまった。母艦に戻ってもイプシロンの予備はない。これではもう戦うことなんてできない。
「いいから離脱するんだ。後は……俺がどうにかしてやるよ」
覚悟を決めて神住が告げる。
「申し訳ありませんが、任せます」
「頼みます」
「おねがいします」
三機のデルガルが母艦に向かって一斉に駆け出した。
既にニケーはトラムプル・ライノの攻撃範囲外へと移動している。
同時に二つの得物を逃がしたことにトラムプル・ライノが怒ったというのだろか。意思を持たないオートマタのはずだというのに五つの瞳には怒りの感情が覗えた。
「そうだ。俺を、俺だけを見ていろ」
ちらりとコクピットの中で後ろを振り向く神住。
増援は望めそうもない。第一艦隊は壊滅状態。第三艦隊は負傷者の救助に、第二艦隊は周辺のオートマタの殲滅で手一杯のようだ。
奇しくも天野の言葉通りになってしまった。
トラムプル・ライノを倒せるのは神住だけ。根拠は天野の勘。
眉唾物だったその言葉もこの状況になってしまえば馬鹿にはできそうもない。
「いいさ。だったら俺がやってやるさ」
シリウスが背部にマウントされている剣を抜く。
刀身に青い光が灯る。
全身から煙を立ち込ませているトラムプル・ライノがただ一機、シリウスだけを見ていた。
「来いっ!」
神住が叫ぶ。
応えるようにトラムプル・ライノが鼻先の刃をシリウスに向けた。
トラムプル・ライノの巨大な体では少し頭を動かすだけで攻撃になる。人同士が剣を合わせるのとはわけが違う。獣と人、それぞれが己の武器を振るうのだ。
回避して空振りさせたとしてもごうっという強い突風が機体を揺らす。
バランスを取りながらシリウスは左手の剣を振るう。
光を宿した刀身はトラムプル・ライノの装甲を斬り裂いた。装甲の端とはいえ斬り裂かれたことに驚いたのかトラムプル・ライノが低く唸る。その隙を狙うようにシリウスは新たに付けた傷に向けてライフルを放つ。
斬って、斬って、撃つ。
撃って、撃って、斬る。
トラムプル・ライノに比べて小さな体を有効に使い、縦横無尽に動きながら攻撃を仕掛けていく。
「このまま押し切れれば――って、うおっ」
倒せると希望が見えてきたのも束の間、トラムプル・ライノが大きく吼えた。
大気が震え、シリウスの動きが止まる。
瞑りそうになる瞳を必死に見開いている神住の目にトラムプル・ライノの鼻先の刃が展開した。
「あれは、さっきのヤツか。やらせるかよっ」
思い起こされる先程の一撃。しかしその記憶は神住に致命的な誤解を与えてしまう。
トラムプル・ライノが嗤ったような気がした。直感に従ってシリウスを後ろに退かせると、それまでシリウスがいた場所を蛇腹状に伸びたトラムプル・ライノの刃が通り過ぎたのだ。
「おわっ」
機体を翻して飛び上がっていくシリウスを追いかけてくるトラムプル・ライノの刃。まるで意思を持つ生き物のように迫ってくる刃をシリウスは左右にスライドしながら避け続けていた。
「どこまで追いかけてくるんだ」
シリウスが到達した最高高度は地上17000メートル。まさかとは思うがそこまで追いかけてくるというのだろうか。
地上を見て顔を引き攣らせる神住。自身の攻撃が届かない距離にシリウスが行ってしまった場合、トラムプル・ライノは狙いを変えるかもしれない。だとすれば届くか届かないかというギリギリの距離を保って蛇腹状の刃を引き付けつつ避け続けなければいけなくなる。
右へ左へ、縦横無尽に飛ぶシリウスを追いかけて刃が迫る。途中振り返ってライフルで刃を撃つも伸び続けている状態では当たったところで光弾が弾かれて霧散してしまう。ならばと左手の剣で切り払うとようやくトラムプル・ライノの刃の一部が千切れ飛んだ。しかし、すぐに伸びてきて元に戻ってしまう。
「斬ることはできても、効果は薄いってか。ったく、面倒だな」
愚痴を溢しながら神住はシリウスで飛び続ける。
時折速度を落として刃の一部を斬り飛ばすことで攻撃を自分に引き付け続けているのだった。
「キリがないな。それならっ」
神住は自分の背中にあるシールド翼を強く意識した。
羽を広げるようにシールド翼に備わる四本の剣が展開する。以前はそれでフェイカーが撃ち出したワイヤーを切断した。けれど今回は違う。今こそ四本の剣の本来の使い方をする時だ。
「行けっ、【ソード・ビット】!!」
神住が叫ぶとシールド翼から刀身が青く輝いている四本の剣が全て同時に放たれた。
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