第56話

「これで全部かな」


 トラムプル・ライノの体から立ち込める黒煙は六つ。神住が確認したネズミ型のオートマタ出現ポイントと同じ数。

 地上ではデルガルがトラムプル・ライノに攻撃を仕掛け続けている。

 恐竜隊ダイナソーのジーン、サウスルはその背部にある固有の武装から巨大な杭を打ち出した。アルカナ軍が使っている破城槌よりも硬度が高いそれは折れることなくトラムプル・ライノの脚を傷付けている。

 こちらの攻撃は有効で被害も軽微。

 誰の目にも優勢に見える戦闘は突然のトラムプル・ライノの咆吼で情勢を変えた。

 鼻先を天に向け、身を大きく仰け反らせるトラムプル・ライノ。

 一瞬、前脚を浮かせた格好で停止した次の瞬間に鼻先の刃が一回り以上大きくなるように展開したのだ。


まずいっ」


 思わず神住が叫んでいた。

 この後に繰り出される攻撃は誰にでも分かる。


『回避!』


 リューズが叫ぶ。

 指示を受けるまでもなく、射線上にいる地上のアルカナ軍は急いで退避して、各トライブのジーンと戦艦もまた同様にその場から逃げ出していた。


「間に合え!」


 シリウスは素早く移動して展開している鼻先の刃にライフルの照準を向ける。

 撃ち出される光弾は違わずに命中しているが、驚いたことにトラムプル・ライノの体皮の装甲よりも硬いのか鼻先の刃には一切傷が付かない。

 それならばと顔を狙うもトラムプル・ライノはさほど気にした素振りを見せず、大勢の予想通りに鼻先の刃を振り下ろした。

 退避が間に合わなかったアルカナ軍の戦艦は例えクイーン艦であったとしても大きな被害を被り、ジャック艦は再起不能に思えるほどの損傷を受けている。直撃していなくても掠っただけで、生じた衝撃波を受けただけでこれだけの被害だ。直撃してしまったものに関しては言うまでもないだろう。

 指揮を送るリューズが乗るキング艦にはギリギリ刃が届いてはいなかったものの、それと同時に強く地面を踏み付けたことで生じた突風が地面にいるジーンと戦艦を後方へと吹き飛ばしていた。


「くぅぅぅッッッ」


 真下から噴き上がってくる突風を盾を構えて耐えるシリウス。

 必死にガクガクと揺れる機体のバランスを取っていると眼下ではそれまで優勢だった状況を嘲笑うような惨状が広がっていた。

 ほぼ壊滅状態。そんな言葉が相応しいような有様だ。


『第三艦隊は急いで負傷者の救出を急いでください。第二艦隊はすぐに体勢を整えて周囲のオートマタを警戒。第一艦隊! これ以上トラムプル・ライノを自由にさせるわけには行きません。全力を以て討伐してください!』


 全軍に行き渡るリューズの声。

 それに交ざって聞こえてくる大勢の悲鳴と叫声。

 最初のアルカナ軍を壊滅に追い込んだトラムプル・ライノの攻撃を目の当たりにしてなお、戦意を失わなかったのは皮肉にも力不足と判断された第三艦隊の者が多かった。


「第一艦隊のアルカナ軍が攻撃の勢いを弱めました」


 ニケーメインブリッジの自分の席で戦場を分析していた真鈴が告げる。

 すると陸は顔を顰めるが、美玲は「無理も無いわね」と答えていた。


「御影君は無事なの?」

「はい。損傷を受けてはいないようです」

「なら、まだ戦えるわね」


 仮にやられてしまっていたらすぐにでも救助に赴くべき。そう思いながらも無事だったことに安心しつつ、美玲は真鈴に指示を出してメインモニターに戦場の様子を映し出させた。


「これは――」

「酷いな。動ける機体を探す方が難しそうだ」


 言葉を失う美玲と素直に感想を告げる陸。


「真鈴、ラード艦長に繋いでくれるかしら」

「はい?」

「彼等はまだ無事なはずよ」


 メインモニターの映像には確かに機能しているジャック艦が映っている。しかしそれだけではラードのジャック艦なのかどうかはすぐに判別できない。美玲がそれにすぐ気付くことができたのはそのすぐ傍に独特な武器を装備したデルガルの姿を見つけたからだ。


『怜苑艦長。何の用だ?』


 ラードの顔が映し出される。

 改造されたデルガルを擁するかの艦は機体の補給のために戦場の只中にいる。


「そちらのジャック艦の武装は使えますか?」

『ん、ああ。問題無い。そちらのお節介が役に立ったようだ』


 神住とオレグはそれぞれデルガルの改造を終えた後、一つの懸念を抱きラードのジャック艦の武装の一部をニケーが搭載しているのと同等の物に変えることを持ち掛けていた。実弾が通用しない相手にはエネルギー弾が有効。ジーンに比べて大型の動力炉を搭載している戦艦ならば撃ち出されるそれの威力はジーンの比ではない。

 この時代戦艦が前に出る戦場は珍しい。そもそもトライブの戦艦はそれである以上に家としての顔を持っていた。家が戦場に赴き最前線で戦うなんてことはありえない。そんな風潮すらあるのだ。

 しかし相手が超級のオートマタともなればそうも言っていられない。確証は無かったものの戦艦が前に出て戦うこともあり得ると言ってラードを説得した神住とオレグはラードのジャック艦に大型のエネルギー砲を取り付けた。

 ニケーの主砲であるエネルギー砲【アラドバル】の予備パーツで組み上げられたそれはこの状況において強大な武器たり得る。


「では、ただ今よりニケーは前線に赴きシリウスの援護とトラムプル・ライノに砲撃を行います」


 乗員といっても格納庫にいるオレグだけだが、彼とメインブリッジにいる真鈴と陸に伝わるように告げた美玲。

 それを受けてラードもまた宣言する。


『いいだろう。我々もそれに続く。各艦に通達するんだ。各艦はそれぞれの艦長の下、行動することを望むと』


 戦艦の巨体はジーンに比べて大きな的となる。前線に出るだけも大きなリスクを背負う行為をラードは誰にも強いるつもりはないらしい。

 リューズに侵攻の旨を伝えてから、並ぶ二隻の戦艦は前進する。

 進路上に他のジーンはいない。あるのは全て残骸のみ。


「砲撃用意!」


 ニケーの上部中央のハッチから一つの砲門が露出した。高威力エネルギー砲アラドバルである。

 同型の砲門がラードのジャック艦の側面から姿を現わした。


「アラドバル、発射!」

『撃てっ』


 乗員の足りないニケーの全て攻撃はシステムの補助を受けて行っている。本来引き金を握るのは射手の役目だが、ニケーでは艦長の美玲がそれを担っていた。

 自動で照準を定めたニケーのアラドバルから高威力のエネルギーが照射される。

 ジャック艦からも同様の光が放たれた。

 戦場に走る一筋の流れ星のような光が命中したトラムプル・ライノに大規模な爆発を引き起こした。

 爆炎に飲まれたトラムプル・ライノの体から無数の体皮の破片が降り注ぐ。


「第二射、チャージして」

「はい。発射まで残り三十秒」


 システムの制御は真鈴が行っている。急速にチャージされていく光粒子をチェックしながら真鈴がカウントダウンを行う。

 緊迫する戦場で三十秒ものインターバルは存外に長い。

 陸が反撃されないようにニケーを動かしながらその時間を稼いでいるが、トラムプル・ライノの反撃の方が早かった。

 頭を下げてニケーに頭突きを放ったのだ。


「全員衝撃に備えて」


 グッと椅子を掴み身構えた美玲。しかし何時まで経っても衝撃は襲って来ない。

 おそるおそる目を開けるとニケーの前でシリウスがトラムプル・ライノに立ち塞がったのだ。


「御影君?!」

「させるかっ!」


 シリウスが左腕のシールドの先端を六つの瞳に向けて撃ち出していたのだ。

 シールドの先端は瞳の一つに突き刺さり、トラムプル・ライノは怯み頭突きを中断してしまう。

 苦痛を感じるのか、瞳を一つ貫かれたトラムプル・ライノは悲鳴を上げながら突き刺さるシールドアンカーを外そうとしてもがく。

 ワイヤーで繋がれているシリウスはまるで釣られた魚のように機体を大きく打ち上げられてしまった。


「のわぁっっっっと」


 空中で体勢を整えたシリウスは素早く左腕からシールドを排出する。

 ワイヤーに繋がれたままのシールドはトラムプル・ライノが頭を振り回したことで外れて彼方へと飛んで行く。


「今だっ!」


 神住が叫ぶ。


「アラドバル、発射!」


 美玲が引き金を引く。

 アラドバルから高威力のエネルギーが放たれる。


『我々も遅れるな。撃てーっ!』


 異なる方角から放たれるニケーのアラドバルと同等の光がトラムプル・ライノを穿つ。

 彼方で交差する二つの光。

 トラムプル・ライノの両肩が貫かれた。

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