第54話

「よし、このくらいか。お前ら良くやった。完成だ!」


 完成した二機のデルガルを見上げてオレグが満足そうに言った。

 彼の後ろには疲弊したアルカナ軍の整備兵が四名やり遂げた顔を浮かべて互いを労っている。

 メカニックとして夜通しの作業は慣れているとしてもこの追い詰められた状況で感じる疲労はいつもとは桁が違う。

 へたり込むように床に沈んだ整備兵達に感謝を伝えるとデルガルのライダーであるシャッドとケビンの両名は試運転のためにそれぞれのコクピットへと乗り込んでいった。

 そんな彼等とは少し離れた場所にある整備ハンガーの前でラナは戸惑いながら自身のデルガルを見上げていた。


「あの、これは一体?」


 困惑して訊ねるラナ。

 それもそのはず、彼女のデルガルは他の二機のデルガルに比べて外部装甲アウターメイルの内側にある内部装甲インナーアーマーの一部と素体骨格コアフレームの形状が大きく変化してしまっているのだ。


「イプシロンに最適化するように改修を施したからさ、少しだけ形が変わったけどさ……問題無く完成したぞ」

「はあ」


 少し?と神住の言葉に疑問を感じながら空返事をするラナ。

 デルガルとしての大まかなシルエットは変わっていない。しかし、現在の素体骨格コアフレームは元々使われていたものに比べても明らかに細身に見える。

 ガワと中身がちぐはぐな印象があるそれはラナにとっても最近見たばかり。それもそのはず、神住がラナのデルガルの改修に用いたイメージは驚いたことにフェイカーだったのだから。

 フェイカーが装甲と内部の隙間に光学迷彩装置を取り付けていたように、ラナのデルガルは隙間に充電装置とイプシロンの反動を軽減するための装備が組み込まれているのだ。


「とりあえず起動してみてくれ」


 戸惑っているラナに神住が告げる。

 わかりましたとデルガルに乗り込むラナ。

 順々に改造が加えられた三機のデルガルの頭部にある単眼のカメラアイに光が灯る。

 その場で軽く腕を回したり、足踏みをしたり、上体を反らしたり、曲げたりと人が行う準備運動のような動きをする三機のデルガル。

 引き金に指を掛けずにイプシロンを構える。組み込んだ照準システムに不具合は見られないようだ。


「問題は無さそうだな」

「お疲れさま」

「坊主もな。しっかし驚いたぞ。まさかああしてくるとは」

「でも良い感じだろ」

「まあ、無理矢理って感じじゃねえな」


 声を掛けてきたオレグと共に満足そうにデルガルを見上げる神住。


「お前ら。問題無いようならとっとと自分のふねに戻れ。準備があるんだろうが」


 暫くしてからコクピットにも聞こえるように拡声器を使ってオレグが告げると慌てて整備兵達は後片付けを始めた。

 先に三機のデルガルとライダーが。片付けを終えると整備兵達がジャック艦へと戻っていった。

 がらんとしたニケーの格納庫。

 神住とオレグが軽く休憩しようと話しているとその時はやってくる。

 リューズから出発の時間を知らせる連絡が届いたのだ。

 集められた人達のなかでもニケーはラードが艦長を務めているジャック艦と共に最前線に出る第一艦隊に配備されていた。

 時間になると第一艦隊からアルカナを出発する。

 ゲートの大きさもあって一斉にと言うわけにはいかないが、ニケーはアルカナ軍のジャック艦やクイーン艦に混ざって発進していった。


「第一艦隊に組み込まれたトライブは私達ニケーともう一つだけみたいね」


 高速艦が先陣を切って進む最中、美玲が各艦隊の構成リストを見ながら呟いた。

 操縦桿を握る陸が思い出したように言う。


「確か【恐竜隊ダイナソー】だっけか。重量級のジーンばかり使うトライブだったよな」

「はい。恐竜隊ダイナソーが使う武装は破城槌のようなものが多く、今回のトラムプル・ライノには有効とされているために第一艦隊に組み込まれたようです」

「普通は取り回しが利かない武器だから倦厭されがちなのに、良く使い続けたわね」

「発足時からずっと武装の変化は行われていないようです」

「ずっと?!」

「はい」

「まだまだ私の知らない変わったトライブもいるのね」


 真鈴が恐竜隊ダイナソーの情報を確認しながら答えると美玲は関心したように呟いていた。


「よっぽどこだわりを持って使ってるんだろうよ。今回はそれが活躍するとなれば使い続けてきた本人たちにとっても僥倖だろ」


 艦隊を組みながら進行するニケー及びアルカナ軍の戦艦。

 その数は全体からみれば僅か十パーセント。大半の戦力は後から来るトライブ主体の第二艦隊と密かに戦力的に心許ないと判断されたアルカナ軍、トライブ合同の第三艦隊に分けられている。

 第一艦隊はニケーのようにトラムプル・ライノに有効な装備を持つ戦艦とありったけの攻城兵器を積んだアルカナ軍の戦艦のみ。

 事前にトラムプル・ライノについての情報が公開されて明言された通り、この戦闘において第一艦隊こそが主力とされている。第二艦隊の役割はトラムプル・ライノが引き連れている他のオートマタの撃滅。第三艦隊はその援護といざという時に負傷したライダーや戦艦の乗組員の救助の役割が宛がわれていた。


「そろそろ見えてくる頃ね」


 メインモニターを見つめて美玲が言った。

 全員の視線がメインモニターに集まる。

 遠くからでは山の影のようにしか見えなかったトラムプル・ライノがその全貌を現わした。


「あれが……」


 メインモニターに映るそれはまさに巨大なサイ。全身を覆うぶ厚い皮膚は鎧を彷彿させ、鼻先から伸びる刃はさながら巨大な剣のよう。

 周囲を見渡している三対六つの瞳は不気味な輝きを宿している。

 実際に対峙するとその巨体がよく分かる。ジャック艦は軽く凌駕し、アルカナ軍の中型艦であるクイーン艦よりも確実に大きく、大型艦であるキング艦に匹敵するほどのサイズがある。


『第一艦隊、戦闘準備は出来ていますか?』


 険しいリューズの顔が映し出される。

 呼びかけられた艦の艦長達は異口同音に完了の意を伝えていた。


『これよりトラムプル・ライノ撃滅作戦を始めます。第一艦隊、ジーンを発進させてください』


 リューズの指示を受け、アルカナ軍の各戦艦からデルガルが飛び出した。それぞれの手にあるのは巨大な杭を打ち出す攻城兵器や大きな弾を撃ち出すことのできる大砲など。普段のオートマタ戦では小回りが利かず使えないそれが今回に限っては主兵装となる。

 デルガルに混ざり恐竜隊ダイナソーのジーンが走っている。トライブの名の通り、人が恐竜の着ぐるみを着ているような外見のジーンだ。名称は【サウルス】というらしい。サウルスの背中には巨大な一本の杭が装填された武器がある。これが彼等が使っている特殊武装のようだ。


「御影君、行ける?」

「ああ。問題無いよ」


 美玲の問いに格納庫でシリウスに乗り込んでいる神住が答えた途端、ニケーの下部ハッチが開かれる。

 次は真鈴の仕事だ。

 シリウスの進路と発進システムをチェックしていく。準備が完了したことを確認して真鈴が神住に告げる。


「発進のタイミングをシリウスに譲渡します」

「了解」


 シリウスが立つ整備ハンガーの土台がカタパルトに移動する。

 全身の固定が外れ、シリウスは飛行の体勢を取った。


「御影神住、シリウス。出るぞ!」


 急加速を伴いシリウスはニケーから飛び出した。

 片翼のシールド翼を広げ、背部に浮かぶ青色の光輪を置き去りにしてシリウスは空を翔る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る