第53話
三機のデルガルと共にニケーの格納庫にいる十名のアルカナ軍の兵士。二人の整備兵と一人のライダーが一機のデルガルに宛がわれている基本的な組み合わせとなっているらしい。
一人彼等から離れた場所にいるアルカナ軍の兵士はジャック艦の艦長。階級を表わす記章が取り付けられている帽子を目深に被り、口元に髭を蓄えているナイスミドルな男性だ。
「ジャック級七番艦艦長のディート・ラードだ。宜しく頼む」
「私はニケーの艦長の怜苑美玲です。こちらこそよろしくお願いしますね。ラード艦長」
「うむ。デルガルは任せても問題無さそうですな」
「ええ。
慌ただしく動き回っている整備兵とオレグ達から離れた場所で会話するラードと美玲。
瞬く間に三機のデルガルから
剥き出しになる
「あれが例の武器ですか」
「ええ。
「ライフルの銃版? あ、いえ、それはデルガルでも使えるのですかな」
「そのための改造ですから」
「なるほど」
ラードの質問に平然と答えながら美玲は内心、滝のような汗をかいていた。彼女の頭では「私はわからないのに」と文句が垂れ流されていて、事実、事前に神住から一通りの説明を受けたというのに、美玲はそれを理解するよりも記憶するだけで精一杯だったのだ。
「そろそろ私は艦に戻ります」
「完成まで見ていなくてもいいので?」
「あの様子では問題無いでしょう。それに、昔から言うでしょう。餅は餅屋だと。私は門外漢といえ、任せても大丈夫だと確信しました」
「そうですか」
「では。失礼します」
一礼して格納庫を出て行くラード。人知れず美玲はほっと安心して溜め込んでいた息を吐き出していた。
「御影君。私もブリッジに戻るわ。何かあったら知らせてちょうだい」
「了解」
オレグと共にデルガルに改造を施している神住に声を掛けて美玲は格納庫から出て行った。
二機のデルガルのライダーがそれぞれ自身の機体の近くで二人の整備兵の手伝いとして道具箱を持ち運んでいる。
肩の装甲に兎の横顔が描かれた旗のエンブレムが施されている右のデルガル。そのライダーの名はシャッド・ニッパー。お堅い軍人という言葉を表わしたような頭の天辺から爪先までピシッとした男である。
左のデルガルは全身の色が一般的な機体とは異なる、夕日のようなオレンジ色をしている。ライダーの名はケビン・セイフ。整備兵達と軽口を叩き合いながらも真剣にオレグの指示を受けつつ自機の改造を行っている。
「どうですか? 間に合いそうですか?」
おそるおそる神住に声を掛けてきたのはラナだった。
ラナはリューズが選んだライダーの一人として彼女のデルガルと共にここに来ている。
「他の二機は間もなく完成するはずだけど、あなたのデルガルはもう暫く掛かると思う」
「すいません」
共に来ていた他の二機のデルガルは整備されたばかりの綺麗な状態だったために神住とオレグが施す改造も当初予定していたもので問題ないだろう。しかし、ラナの機体だけは強引に修理を施して動けるようにした箇所がいくつも見受けられた。平時ならば問題無く思えてもこの状況では無理が出ると判断した神住は自ら申し出てラナのデルガルの修理と改造を引き受けていたのだった。
機体が壊れているのなら他の人でも良かったのでは、当初そう思った神住だったが、今にして思えばここまで自分が手を加えても問題無い状態のデルガルだったことに幸運を感じていた。イプシロンを使えるようにするための改造は言ってしまえば後付けの強引な補修だ。それではいずれ無理が出る。
そもそも改造が必要になるのはイプシロンの反動に機体が堪えられるようにすることと、照準装置に専用の仕組みを施すことが目的だった。故にイプシロンに直結するエネルギーラインを二機のデルガルに繋げていない。
神住とオレグはデルガルの改造と平行してルクスリアクター搭載機が使う事を想定して製作されたイプシロンをそれ以外の機体でも一定の威力を発揮できるように作り替えた。
その結果できたのが目の前にある充電式の高出力のエネルギーライフル、イプシロンだ。同じ名称ながらも元のそれとは全くの別物になった。が、そこで問題になったのは数回撃っただけでエネルギー切れになってしまうこと。それをカバーするための手段としてデルガルには即席の急速充電装置を取り付けることにしたのだった。
勿論それもデルガルの予備のエンジンパーツを改造して急ピッチで作成したものだ。
見る人が見れば超人的な所業を平然と行う神住とオレグにアルカナ軍の整備兵達の視線が集まるのは無理も無い。それに気付く度にオレグが叱責するということが繰り返されていた。
「この機体、今回の戦闘が終わったら元に戻しても良いか? それに機体のデータも残さないでくれるといいんだけど」
「えっと、それは私の一存で決めるわけには」
「だよな」
困った様子で答えたラナに神住は肩を竦めながら同意を示す。
「わかった。なんとかするさ」
最初の面影も無いほど改造してしまうことは止めておくべきと判断した神住はどこまでデルガルにイプシロンを適応させるか考えていた。ルクスリアクターを積むことは論外。だとしても共に戦うのならば元の動力のままイプシロンを思うように使えるようにしたい。
残された時間は多くない。全体を作り替えることはまず不可能。他の二機のように充電装置を取り付けるにしても取って付けた感じではなく、専用のオプションとして機体に組み込みたい。
「そうするのなら。二人とも手を貸してくれ」
方針を決めた神住はすぐにラナのデルガルの改修に取り掛かった。
格納庫にあるニケーの設備を手足のように操り改修を行っている。困ったことにラナのデルガルの改修案や完成予想図及び作ろうとしているものの設計図は神住の頭の中にしか存在しない。それでもアルカナ軍の整備兵達は文句を言わずに神住の指示を受けた作業と彼等からでも見て解る範囲の補助を自ら率先して行っていく。
やがて完全に陽が沈み、月が出て、再び太陽が昇る。
その間も絶えず観測している山のようなトラムプル・ライノの影は着実にアルカナに近付いていた。
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