第52話

 その日の夜。神住達は待機港区画のゲートの傍に集まっていた。

 アルカナ外部と通じている道の近くにいる戦艦の数はおよそ五十。その内アルカナ軍の戦艦が半分以上を占めており、ギルドから集まっているトライブの戦艦は二十にも満たない。

 僅か半日ほどの時間で集まったにしては十分な戦力と言えなくもない。が、それで安心かと問われれば応えは甚だ疑問だ。

 戦艦が集まっているのとは反対の出入り口では今も大勢の民間人がアルカナ軍とギルドの協力のもと、アルカナから避難を続けている。


「何とか最悪の事態だけは避けられそうだな」


 それぞれが準備に勤しんでいるなかを一人抜け出してきた天野が神住達に声を掛けた。


「こんな所に来ていて良いのかよ」

「良くは無い、だが、それよりも大事な話がある」

「俺達だけにか?」

「いや、私も同席させてもらう」


 天野が歩いてくるのとは異なる方向からリューズが姿を現わした。


「御影は先程私が言ったことを覚えているか?」

「ああ。トラムプル・ライノを倒せるのは俺だけとか言うヤツだろ」

「あれは決して冗談なんかではない。ここに来て私はそれを確信した」

「どういう意味だよ」

「私から説明します。だがその前に他に聞かれたたくはないので、どこか場所を移せますか?」


 それならばと三人はニケーのメインブリッジへとやってきた。

 早速リューズが持っているタブレット端末の画面を神住に見せる。リューズの了承を得て神住は真鈴にそれをメインモニターに映し出すように促した。

 間を置かずメインモニターに表示されるとある文書。それは同日、早朝に起きた戦闘の記録。しかもアルカナ軍が受けた被害等の情報ではなく、残されていたデータから推測した『トラムプル・ライノについての報告書』だった。

 神住は訝しむ視線でモニターを見つめる。

 素早く表示されている情報に目を通すと直ぐさま顔を顰めた。


「なるほどな。でもさ、これだけ分かっているのならどうしてトライブを集めたんだ? 無駄死にすると思わなかったのか?」


 睨み付けるようにリューズを見た神住が声を低くして問い掛けた。


「確実に無駄死にすると決まっているわけじゃない」

「思ってもいないことを言うなよ」


 誤魔化すように反論したリューズに神住は辛辣に言葉を投げる。


「トラムプル・ライノにはアルカナ軍が使う既存の武器が通用しない?」


 声を荒らげる神住の隣で美玲が報告書の総括の一文を読み上げた。


「ここには書かれていないが、トライブで使っている武器の大半も通用しなかったようだ」


 付け加えられた天野の言葉に陸が乱暴に自分の頭を掻いて苛立ちを見せていた。


「そんなのどうやって倒せってんだよ! 無理すぎるだろ」

「とはいえ全ての武装が効果がなかったわけじゃないようです。時代錯誤ですが、攻城兵器のようなものは通用したと報告を受けています」

「誰が持ってきてたんだよ。それ」


 呆れたように呟く陸。それにリューズは肩を竦めながら答える。


「偶然クイーン艦の格納庫に積まれていたみたいでして」

「揃えることは出来なかったのですか?」


 効果のある武器ならばと当然の疑問を真鈴が声に出していた。


「生憎と普段使わない武装ですから。本部の格納庫には多少の備えはありましたが、それを基軸にしてトラムプル・ライノと戦えるほどの数となるとどうしても…」

「トライブ側で通用した武装はどうだったんだ?」

「トライブでも使っている武装の大半はアルカナ軍と変わらない。普段のオートマタ相手ならば問題ない以上、別の武装となると使っている者自体が稀だ」

「でも効いた攻撃もあったんだろ」

「ああ」


 神住の問い掛けに頷いた天野は自身の端末から情報をニケーの端末に送った。


「効果があったのは実弾兵器以外の武器。ビームやレーザー武器などは効果があったらしい。つまり御影が使っているライフルならば問題無くトラムプル・ライノに通用する」

「それを使っていた人達はどうなったの?」と問い掛ける美玲。

「負傷しているがどうにか生き残っている。だが、使っていた武装は全て破壊されていて、それを借り受けることは出来そうもない」

「それと同規格の武器は用意できなかったのかしら」

「残念ながら一般規格の武装ではなかった上に、使用するジーンにも特定の改造を施す必要があるためか流通もしていない」

「……そう」


 通用したのに使えない。その事実がニケーのメインブリッジの空気を重くする。


「御影。お前が使っている武器の予備はあるか?」

「ない」


 希望を手繰り訊ねた天野に神住は短く答えていた。


「だが……」


 何か思案顔で通信を繋ぐ神住。メインモニターの一部に格納庫にいるオレグの姿が映し出された。


『何か用か、坊主。こっちは忙しいんだが』

「オレグさん。試作していたライフルどのくらい出来ている?」

『何だ、藪から棒に。試作っていうと、あれか。坊主がシリウスの砲撃装備用に設計してたやつ』

「ああ。確かいくつか試しに作っていたと思うんだけど」

『まあ、まだバラしていないから使えなくはないが。何だ必要なのか?』

「俺が使うわけじゃないから別動力と繋ぐ必要はあるし、威力も調整する必要もある。けど、どうやらそれが必要になったらしい」

『どういうことだ?』


 訝しむオレグに神住はリューズと天野が持ってきた情報について話した。

 すると暫く考え込んだ後にオレグは渋々といった様子で頷いた。


『用意できて五本。だが、それを使えるようにジーンに手を加えることを考えれば実質使えるのは二本か三本くらいだぞ』


 オレグの言葉を受けて神住は振り返る。リューズと天野がその視線の意味をすぐに理解した。


「十分です」


 リューズが代表して答えた。

 誰が使うのか、と声に出さない神住の問い掛けに二人が考えているのは自分が知る中で射撃に優れ、ほぼ単機の状態であっても戦える胆力を持つライダーは誰なのか。

 残念なことに天野はそれに該当する人物を上げることができなかった。トライブでは個人プレーに優れている人員は多いとはいえ、この状況を任せられるほど信頼できる個人となれば一気に選出が難しくなる。加えて自分達が使っているジーンを神住達に弄られてまで戦おうとする人は思い浮かばない。

 軽く首を振った天野にリューズは頷いて応える。

 アルカナ軍という組織では時として個人の感情より組織としての命令が優先される。この場合リューズが相応しいと判断した人物にそれを行わせること自体はそう難しい話ではない。


「三名でいいのですね。それならばアルカナ軍から小隊を一つ、特別編成して預けます」

「わかりました。オレグさん聞こえてた?」

『ああ。でも良いのかよ。坊主の技術が外に漏れる可能性もあるんだぞ』

「そうも言っていられない状況だからさ。それにあのまま使う事にはならないさ」

『まあ、そりゃそうか。で、アルカナ軍ってことはデルガルか。変に手を加えていない真っ新な状態で来るのか?』

「いえ、多少はライダーに適応した改造が施されているかと」

『だったら時間がねえ。アルカナ軍の技術者も少し寄越せ。手伝わせる』

「わかりました。ではジャック艦一隻とデルガル三機。そのライダー三名と整備員六名。後はジャック艦を動かすための人員を御影さんに臨時の部下として預けます」

「必ず無事に返します」


 真剣な面持ちで告げるリューズに美玲が同じく真剣な眼差しで告げた。

 それから暫くしてニケーの隣に一隻のジャック艦が止まった。

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