第51話

 突然の問いに思わずに顔を見合わせたラナとリューズ。二人とデルガルのライダーを合わせた三名のなかでこの場の主導権を握っているのは確実に彼だ。

 少しだけ考える素振りを見せるとリューズは頷きながら、


「ああ。そういう情報は得ている」と答えていた。

「では、現在の戦況についても?」


 続けて聞いてくる神住にリューズはまたしても少し考えて「多少は」と明確な回答を避けながら答えていた。


『先程ぶりです、リューズ少佐。東条天野です』


 神住に代わり通話越しに天野が声を発した。

 すぐに神住は携帯端末の画面をリューズ達に向ける。


『緊急事態です。手早く情報の共有をしましょう』

「いいでしょう」

『トラムプル・ライノが対峙していた討伐部隊を壊滅しました』

「何だって!?」

『交戦の結果、トラムプル・ライノの進路に変化は見られませんでした』


 そう前置きをして先程神住達にしたことを天野が語り始めた。

 暫く黙って聞いているリューズだったが、天野の説明が終盤に差し掛かった頃に耳に付けている小型の通信機を通して部下に確認するように命じていた。

 回答がもたらされたのはそれから直ぐのこと。天野の話が真実であるということと部隊の再編に手間取っているという情報が真っ先に飛び込んできた。加えてその戦闘を指揮していたのがアルカナ軍の副長だったという事実も。彼は多くの人員と部隊に被害をもたらしたとして責任を取らされるだろう。これにより光学迷彩技術の使用による戦争の危険は避けられるのは確実だ。しかしそれを喜んでなどいられない。せっかく戦争を回避できたとしてもトラムプル・ライノによってアルカナが破壊されては元も子もない。


 リューズ達に知らされていなかったのは別の任務を担っていたからというだけが理由ではないだろう。戦争を避けるために副長官の立場を危ぶませる証拠を掻き集めていたことに気付いたからこそ敢えてリューズ達を部隊から省いたのだ。

 仮に何か証拠が掴まれたとしてもトラムプル・ライノ討伐の指揮という功績があれば揉み消せると考えたのかも知れない。しかしその目論見は大きく外れ、アルカナ軍に多大な被害と自分に大きな責任が降りかかる結果になってしまった。


『皆さんに戦闘参加の命令は出ているのですか?』


 通話越しに天野が問い掛ける。


「いいえ。私の所には何も……」

『では、どうなさるつもりですか?』


 歯切れ悪く答えるリューズに天野が詰め寄る。


「命令が無い限り、私達が勝手に動くことは――」


 命令無視ではなく独断専行になってしまうことを懸念するリューズにラナは目を伏せていた。

 ラナが勝手なことを言うわけにはいかない。それが軍という縦社会の規律だから。


「ギルドはどのくらいの戦力を用意できるのですか」

『確実にトラムプル・ライノを倒せるとは言い切れません。とはいえこのまま手を拱いていてはアルカナが破壊されてしまうだけですからね。どうにかするだけの戦力は投入するつもりです』

「そう…ですか」と答えたリューズは何か思案する。


 暫く沈黙が続くと唐突にリューズが部下に告げた。


「残存する各部隊に通達。アルカナ軍はこれよりトラムプル・ライノの討伐を行います。指揮は私、リューズ・不破少佐が行います。同時にこの戦闘で発生する全ての責任は私が取ると伝えてください」


 突然の宣言に驚く神住達。

 通達を受けてリューズと親交のある人達は総じて討伐に参加する意を示してきた。彼等の多くは副長官によって意図的に討伐から外されていたメンバーだ。奇しくも彼等はジーンの操縦に長けており、選ばれて参加していた先のライダー達にも見劣りしない。

 続々と集まっていく戦力の報告を受けながらもラナはどこか心配そうな顔をしていた。それもそのはず、リューズはラナの上官とはいえ軍を独断で動かせるほどの権力は持っていない。明らかな越権行為だと言われれば返す言葉もない。それを承知で命令を出したリューズは確実に生き残ったとしてもアルカナ軍には居られなくなるだろう。

 そんな心配をしているのはラナだけではない。リューズを慕う多くの部下達が同様の心配をしているのだ。


「不破少佐」

「わかっている。だが、アルカナが無くなればそんな心配も出来なくなってしまう」

「……はい」


 渋々頷くラナにアルカナ軍のみに聞こえる通信が入る。


『責任を取るのは長官である私の役目だよ。今後この作戦における現場の指揮は各部隊の部隊長に任せる。全体の指揮は不破少佐、君が行うように』

「長官。宜しいのですか?」

『構わないとも。君が言うようにアルカナが無くなっては本末転倒だからね。ただし、生きて返って来てくるように。死して救おうなどとは考えるな。生きているからこそ救える命があるのだと心に刻み戦いなさい』


 通信が切れる。

 この時の会話はアルカナ軍全体に届けられていた。一度戦闘に敗北を喫した副長官はそれを耳にしてわなわなと振えていたという。誰も副長官を責めなかったのはトラムプル・ライノが全滅してもやむを得ないと思える相手だったことを考慮しているからこそ、だがこの時の副長官には自分は責めるまでもないと軽んじられているように感じられたのだという。

 全体の指揮という立場から外された副長官は誰も居ないアルカナ軍本部の自室で荒れに荒れた。山よりも高い自身のプライドが傷付けられたことだけが彼の頭の中でループし続ける。自分の指揮によって命を散らせていった同胞達のことなど微塵も思い起こされないまま。

 誰も知らないところで副長官が荒れているのを余所に、長官とリューズの元に集まって来た人達の協力を得て着々と部隊は再編されていった。


「こちらの問題は解決しました」

「みたいだな」


 部隊の再編の目処が立ったことを確認したリューズは通信を切ってから告げた。

 神住達には音声は聞こえてこなかったものの彼等の様子から大体のことを察して笑いながら答えていた。


「ギルドと足並みを揃えられるならそれが一番なのですが」

『そうですね。それが良いでしょう』

「とはいえ、残された時間はあまりにも少ない。出来るのならば今日の夜にでも移動を開始したいのですが」

『準備は間に合うのですか?』

「間に合わせます」


 複数の部隊規模で行う大規模な戦闘は普段のオートマタ戦のように各員バラバラに挑むのとはわけが違う。対象を、今回の場合はトラムプル・ライノを囲むように陣を組み、それぞれが確実にトラムプル・ライノに有効な攻撃を行う必要があるのだ。

 そういう意味ではトライブは足を引っ張りかねない。ギルドの戦力として換算されているとはいえ、トライブはどこまでいっても個人の集まりに過ぎないのだから。


『そういうことでしたら、こちらの指揮も貴方に預けます』

「良いのですか?」

『ええ。じゃじゃ馬ばかりですが、上手く使ってください』

「感謝します」


 通話越しに天野とリューズの打ち合わせが終わったらしい。

 聞こえていた限りでは大雑把にしか思えないそれも、思想からして異なる戦力を纏めようとするには予め型を決めてしまわないほうがいいのだろう。


「聞こえてましたよね?」

「ああ」

「でしたら皆さんも我々の艦に付いて来てください」

「わかりました」


 承諾した美玲が答えるとリューズは足早にジャック艦へと戻っていった。


『一つ良いか?』

「何だ?」


 リューズの姿が完全に見えなくなった頃、まるでこちらの様子を把握しているかのように天野が話しかけてきた。


『私の読みでは現在の戦力だけではトラムプル・ライノを倒すことは出来ない。彼の声掛けで多くのアルカナ軍の人員が集まったとしても、それは先程の戦力と同程度にしかならないだろう』

「ギルドから増員するわけにはいかないのか?」

『流石に超級のオートマタとの戦闘経験があるライダーはいない。無駄に数だけを増やしても被害が増えるだけだろう』


 “超級”というギルドがトラムプル・ライノに与えた称号はそれだけ強大な相手である証。ライダーをしていて一生のうちに一度対峙することがあるかどうかという相手だ。流石に星全体を見れば頻繁に超級は確認されている、が、アルカナ単位で見ればそれはやはり限りなく稀な存在であると言わざるを得ない。

 幸運か不運かで言えば、平穏に日々を送りたい人にとっては確実に不運。しかし、常に何かしらの刺激を求めている人にとっては不謹慎ながらも幸運といえる。


「だったら、どうするのさ?」

『御影。お前が倒すんだ』

「はあ?」

『無論、最初から最後まで御影一人で倒せなんてことを言うつもりはない。だが、アルカナ軍の戦力ではトラムプル・ライノは倒せないのは先の戦闘で立証済み。私は奴を倒しきれる人がいるとしたら御影だけだと考えている』

「なんだそれ。オッサンの予想かよ」

『予想ではないさ』

「だったら何だ」

『確信だ』

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