第50話

 聞こえてきたのは天野の真剣な声。

 すぐに表情を変えた神住は携帯端末をスピーカーモードに変えて天野の声が隣にいる美玲にも聞こえるようにした。


『トラムプル・ライノの出現は把握しているな』

「ああ」

「ええ」


 開口一番そう問い掛けてきた天野に神住と美玲はそれぞれ異なる言葉で肯定を示す。


『それの進路はどうだ? どこまで把握している?』

「確か、陸が予測したのではここのアルカナが進路に重なっているらしいけど」

『そうか。ならば話が早い。トラムプル・ライノが想定していたよりも早くアルカナに接近することがわかった』

「早くって、何時だよ」

『このままの速度を維持するのならば五日以内。こちらが想定していたよりも速度が上がれば、最速で明日』

「そんなっ」


 驚き息を呑む美玲。

 神住は天野の言葉を聞きながらその通話がニケーのメインブリッジにも聞こえるように携帯端末を操作していた。


「迎撃はどうなっている?」

『現状アルカナ軍の指揮のもと行われているが、ギルドが掴んだ情報だと全滅に近いらしい』

「仮にトラムプル・ライノが大型だとしても、そこまで被害がでるのか? アルカナ軍が戦力をケチったとか」

『いや、情報の通りならば戦力を出し惜しみしたという感じではない。これまでも大型のオートマタを殲滅するときと同等の戦力が投入されている』

「だとしたら、どうして?」


 美玲が神住の手の中にある携帯端末に向かって問い掛けた。


『記録にあるトラムプル・ライノと今回出現したトラムプル・ライノとではサイズが違っている』

「そんなこと、俺達が調べた時にはどこにも書かれてなかったぞ」

『仕方ない。トラムプル・ライノが現在のサイズになったのはこのアルカナの近くに来てからだと報告を受けている』

「どういうことだ?」

『原因はわからん。が、現在のトラムプル・ライノは“超級”とも言える個体だ。だが、急激に肥大化したというわけではなく、こちらに近付いてくる最中に徐々に体躯を肥大させていたと想定している』

「根拠は?」

『記録を解析した結果だ』


 きっぱりと言い切る天野に神住は眉間に皺を寄せていた。


「何故このタイミングで俺達に連絡してきたんだ」

『ニケーにトラムプル・ライノの討伐に参加してもらいたい』

「わざわざ聞かなくてもギルドが命令を出せばいいんじゃないか?」

『いや、今回ギルドは命令を出すことはない』

「どうして?」と訊ねる美玲。

『生存率が低いと判断しているからだ』

「成功率じゃなくてか?」

『ああ。実は既にアルカナ軍と合同でギルドからいくつかのトライブがトラムプル・ライノ討伐に向かった。結果は先程にも言った通りほぼ全滅。生き残ったのはごく僅かだけだった』


 淡々と告げる天野は一度区切って深く息を吸い込んだ。


『参加を断ったとしても誰も責めたりはしない。今回のトラムプル・ライノはそういう相手だと思ってくれ』

「アルカナの避難はどうなっているの?」

『順調とは言い難いな。アルカナ軍もギルドも先の討伐でトラムプル・ライノを倒せると考えていたんだ。パニックを避けるためにトラムプル・ライノの出現は報じてもこのアルカナが進路上にあることも、討伐に向かったことも報じていない。だが、今になってはそれは裏目に出たと言える。

 先程アルカナ全域に避難勧告が発令されたが、案の定アルカナはパニック状態だ。ギルドは討伐に参加できるほどの実力がないトライブに避難を手伝わせているが、最短でトラムプル・ライノが接近した場合、全員の避難が間に合う保証はない』

「アルカナ軍の動向は?」

『部隊の再編に苦労しているようだ。最初に討伐に向かったのはアルカナ軍の主力部隊とのことだ。残存している戦力だけでどうにかできる確証はないと考えているのだろう』


 主力部隊とそれ以外であったとしても運用している武装や機体は同じ。異なっているのはそれを操る個人の力量。

 俗にエースと呼ばれるようなライダーや熟練した部隊が戦ったのに結果は全く芳しくない。自分達がアルカナを守る立場にいながらも自分達の力が及ばない相手というのはどうしても二の足を踏む要因になってしまう。

 兵士達は命令があれば戦いに赴かなければならないと理解しながらも、命令を出す人からすれば無為に死なせる訳にはいかない。一度でも迷いを抱き戦うことを躊躇してしまえば強大な相手に向かって行くことなどできやしない。それがアルカナ軍に再編を滞らせている理由のようだ。


「わかった。俺達が行く」

『すまない』

「だけど、今天野が持っているトラムプル・ライノの情報はもらうぞ」

『当然だな。アルカナ軍の記録もどうにか手に入れられればいいんだが』

「それに関してはこっちでどうにかなるかもな」

『何?』


 未だに動き出さないジャック艦を見つめつつ神住が言った。


「真鈴、ラナ少尉にもう一度連絡を入れてみてくれ」

『はい』


 天野と繋いでいる携帯端末ではなく、シリウスの無線を遠隔操作して使い話しかけた。

 暫く待っていると真鈴が『すぐに来るそうです』と伝えてきた。

 天野と通話を繋いだまま待っていると、今度は一機のデルガルが近付いて来た。その手の上にはラナともう一人別の男が、ラナの上官であるリューズが乗っている。


「我々に何か話があるそうですね」


 デルガルの手から降りたリューズが開口一番にそう問い掛けてきた。神住と美玲は頷くと、


「トラムプル・ライノが出現していることは知っていますか?」と訊ねた。

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