第49話

「……あ。まあ死んではいないか」


 コクピットの高さはジーンが立っていればそれなりにあるが、今のホープのように身を屈めていたりすればそれほどでもない。せいぜい建物の二階から落ちたくらいだ。打ち所が悪ければ問題だが、基本的にはそこまで大怪我をするような高さではない。

 しこたま背中を打ち付けた郷良は「……ぅう」と呻きながら地面で丸まっていた。

 ヘルメットが外れて素顔が剥き出しになっている郷良は見て分かるほどに体格がいい。街の不良というのならばケンカは相当強いのだろう。半ば意識を失っている状態でも強面で、一般人が対峙すれば確かに恐怖を抱くことは間違いなさそうだ。しかしジーンのライダーとしては及第点以下。恵まれた体格を活かすほどの挙動を見せることすらなく、ただ強力な武器を与えられただけの素人以下だ。

 冷淡に評価を下しながら神住は地面で横たわる郷良を見ていた。

 次にホープに視線を向けるとその装甲の隙間から覗く素体骨格コアフレームを見てやはりフェイカーのそれと同規格のものが使われていることを確信した。だとすれば自分が戦ったフェイカーと同等の格闘戦ができたはずと勿体なく思えて仕方なかった。

 機能を停止したホープを一瞥して地面にいる郷良をどう捕えるべきか悩みながら神住はシリウスの視点から彼を見下ろしていた。


「とりあえず、終わったぞ」


 無線を通して戦闘が終わったことをニケーの仲間達に知らせる。すると殆ど間を置かずに「お疲れさまでした」と神住を労う真鈴の声が返ってきた。


「彼の身柄とホープはどうするつもりなの?」


 美玲の顔が真鈴の顔の隣に表示される。


「アルカナ軍に引き渡すことにはなっているけど、その前に、真鈴。天野とラナ少尉に連絡を取ってくれ」

「ギルドやアルカナ軍にではなく、彼らにですか?」

「ああ。今回に限れば組織よりも個人のほうが信頼できるからな」

「わかりました」


 神住に言われた通り真鈴は二人に連絡を入れた。

 それから暫くして天野からは『了解した』という短いメッセージが返ってきて、ラナからは『その場から動かずに待っていて下さい。私達も合流します』という返事が送られてきた。

 ラナを待つこと約十分。アルカナの方からアルカナ軍が持つ小型艦が一隻近付いてきた。

 アルカナ軍の戦艦は大きく三種類。大型艦である【キング】と、中型艦である【クイーン】、小型艦である【ジャック】だ。それぞれ基本的な設計思想は共通しており、違いは文字通りの大きさとそれぞれが搭載している武装とジーンの数くらい。全てを通して形状は旧来の海で使う戦艦と似通っている。海を渡る船と違うのは推進器を兼ねた大型のエンジンが複数装備されていること。

 アルカナで使われている武装が施されていない民間船とは異なり、トライブが保有している戦艦とアルカナ軍の戦艦とではそこまで大きな違いはない。

 ニケーに近付いてくるジャック艦から連絡が入る。

 メインブリッジのモニターに映し出されるラナの顔。その後ろには彼女の上官であるリューズが艦長の席に座っていた。


『お待たせしました』


 ラナが率先して話しかけてくる。それに答えるのはニケーの艦長である美玲だ。


「ホープのライダーは外に捕えてあります。ホープもこちらで確保済みです」

『こちらに引き渡して頂けますか?』

「ええ。私達としては構いませんが」

『何か?』


 僅かに言い淀んだ美玲にラナが首を傾げながら問い掛けた。


「いえ。何でも。それよりもすぐに引き渡してしまいましょう」


 美玲の申し出を受けてジャック艦から二機のデルガルが発進した。

 実際に会って話すことを決めると通信が切れる。

 メインモニターの映像が外を映したいつもの映像に切り替わる。


「艦長、どうかしたのですか?」


 心配するように真鈴が話しかけた。


「彼らは“あれ”に気付いていないのかしら?」


 ジャック艦の面々には言わなかったことを美玲は真鈴には素直に問い掛けていた。


「あれ、というと、あれですか?」

「ええ」


 真鈴が確認したのは遠くに見えている山が昨日よりも大きくなっていること。その正体に心当たりがある二人には未だギルドやアルカナ軍からも何の通達も無いことに不安を感じていたのだ。


「あの小さな山っぽいのがトラムプル・ライノっていう大型のオートマタなんだよな」


 あまり不安そうでもない陸が確認するように聞いていた。


「確証はまだないですが、おそらく、ほぼ間違いないかと」

「あれがある方角も進路も、おれが予測していた通りだからな」

「だとしたら敢えて彼等はそれを隠しているのかしら」

「隠す意味があるとは思えませんけど」


 分からないと言うように真鈴が美玲に答えていた。


「何がともあれ、まずはホープのことを片付けてしまいましょう。彼等に引き渡せば私達の役目は終わりでしょうから」

「そうだな。それでいいか、神住?」

『ああ。一応ニケーの艦長として美玲さんには同席してもらうけど』

「わかっているわ」


 自分の席から立ち上がりメインブリッジから出て行く美玲。

 すぐに外でシリウスに乗り込んでいた神住と合流すると、シリウスが立っている場所に二機のデルガルが到着した。

 シリウスと二機のデルガルの間には動かなくなったホープが鎮座している。


「彼が今回のホープのライダーなのですね」


 目を覚ましたものの口を塞がれ両手を縛られているために動けないホープのライダーが現われたラナを睨み付けていた。

 ラナや美玲に比べても郷良は体が大きい。それだけで自分は負けないと思ったのか、郷良はどうにかこの場から逃げ出せないかと目論んでいるようだ。

 美玲に並ぶシリウスから降りてきた神住はいち早く郷良の変化に気付いたものの敢えて何も口を出すことはなかった。そうする必要がなかったからだ。

 二機のデルガルのうち一機にはライダーが乗り込んだまま。郷良はおろか神住達が何かしでかそうものならば即座に鎮圧することができるように備えているのだろう。

 ラナにデルガルから降りてきたアルカナ軍の兵士が駆け寄って来た。小声でホープの搬入の準備が整ったと告げるとラナは「お願いします」とだけ答えていた。

 再びデルガルのもとへと戻っていくアルカナ軍の兵士。この瞬間、この場には郷良よりも体が大きい人は居なくなった。


「んんんんんんんんんんんん!!!!」


 口を塞がれたまま郷良が暴れ出した。

 デルガルのもとへと駆けて行ったアルカナ軍の兵士は慌てて振り返る。咄嗟に戻ろうとした彼をラナが静止した。

 後ろで手を縛られたまま郷良がラナに向かって駆け出す。美玲を狙わないのは彼女を庇うように神住が前に出たから。郷良は少しでも反撃の危険を減らそうとしているらしい。

 体格が劣るとはいえど、ラナは訓練を受けた歴としたアルカナ軍の兵士。当然生身での格闘もただのケンカ慣れした程度の素人とは比べるまでもない。

 熟練した動きでラナは襲い掛かる郷良の首元を掴み、彼の突進の勢いを利用して綺麗に投げ飛ばし地面に叩きつけていた。

 ホープから落ちた時よりも強く体を打ち付けた郷良は一瞬呼吸ができなくなってしまったようで咳き込んでいる。荒く息をして呼吸を整えている郷良にラナはアルカナ軍で使用している手錠を掛けた。元々縛られているために無意味な行動にも見えるが、警察のそれとは異なり、アルカナ軍が使っている手錠には嵌められた者が暴れないようにちょっとした電流が流れるようになっている。あまり使われない機能ではあるが、郷良のように暴れ回る対象を黙らせるのには便利な機能である。

 案の定、息を整えた郷良が再び暴れようとしたために手錠から軽い電流が流れた。

 軽いと言っても静電気がバチッとくるようなレベルではない。身体に異常が出ないように計算された電流は警察が使うテーザー銃から流される電撃と同程度の威力がある。

 全身を痙攣させたように蹲った郷良は反抗の意思が削がれたのか、それ以降大人しくなっていた。


「引き渡し有り難うございました」


 一礼をして郷良を引き連れてジャック艦に戻っていくラナ。彼女に続けて二機のデルガルは沈黙するホープを両脇から掴み持ち上げて戻っていくのだった。

 彼等の背中を見送っている最中、不意に神住のポケットが振えた。正確にはポケットの中にある携帯端末がだ。

 何気なく携帯端末を取り出して画面を見ると連絡をしてきたのは天野だった。


「どうした、オッサン」

『拙いことになった』

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