第48話
シリウスが撃ち出した光の弾丸はホープが構えているロケットランチャーの片方を貫いた。
高温のバーナーによって金属板に穴が開けられる時のように、歪み破壊された砲身を伝う熱は装填されている砲弾を誘爆させる。爆発の直前に素早く破壊されたロケットランチャーを手放したホープにシリウスは続けて残るロケットランチャーに向けてもう一度狙い撃つ。
神住の狙いと違わずに残るロケットランチャーを貫く光。
至近距離で立て続けに起こる二度の爆発を受けたホープは自身の
「さて、どうする。これでオマエの武器は無くなったぞ」
敢えて本体を撃たずにホープの動向を窺っている神住はコクピットで独り言ちる。
無線通信を繋いであるニケーのメインブリッジや格納庫を除いてコクピットの中にいる神住の声は聞こえない。ということは当然ホープのライダーにも聞こえていない。しかし、あからさまに自分を攻撃できる機会を無視して余裕振りを見せ付けてくるシリウスにホープのライダーは激昂して獣のように吼えた。
「ふざけるなっ。オレを馬鹿にしてんのか!」
聞こえてくるホープのライダーの声は若い男のもの。名前は
ホープというジーンと相対するときにあった唯一の警戒要素であったライダーの技量は神住が想定していたよりも低いらしい。万が一、熟練のライダーが報酬に目を眩ませて乗り込んでいたとしたら厄介だと思っていただけに、ただの街の不良程度ならばと変に安心している自分に神住は笑いを禁じ得なかった。
「降りてこいっ。今すぐボコってやんよ!」
フェイカーと同様にホープは
思い起こせば以前のフェイカーも装甲が万全にある時よりも装甲を全て失い
こればかりはステファン・トルートにとっても想定外だったのだろう。予め予測していたのであればそれに見合う改修を施していたはずだ。
等と考えながら神住はシリウスを地上に降ろしていた。
上空から一方的に撃ち倒したのでは何も面白みがないと思ったのではなく、ロケットランチャーを失ったホープが両手で鋼鉄製のメイスを握ったのを見て格闘戦を仕掛けてくると判断したのだ。
どちらにしても郷良からすればようやくシリウスが自分の手の届く距離に来たことに喜色を浮かべる要因でしかなく、神住にとってはホープの格闘性能を再確認できる絶好の機会を得ただけに過ぎないのだが。
「オラああああああああああああああッッッ」
シリウスの着地を見計らったように郷良が叫び襲い掛かってくる。
妙に慣れた印象がある右手のメイスを振り上げたその格好はライダー自身が生身のケンカで日常的にメイスと似た道具を使っていることを物語っていた。
プログラムで挙動が決められている従来の機械とは異なりライダーの意思を読み取り動くジーンだからこそ浮き彫りになる事実であり現象だ。
だが、ジーンの攻撃としてはあまりにも不格好。ケンカには慣れていてもジーンを用いた戦闘には慣れていないのだろう。
シリウスの着地の瞬間を狙ったこと自体からも素人感が拭えない。
確かに人が高所から飛び降りて着地すれば足が痺れて動きを止めることはままある。しかし、それは人だかこそ。機械であるジーンにそのような現象が起こるはずもなく、事実シリウスは着地した瞬間にホープを迎撃することができていた。
振り下ろされるメイスをライフルで狙い撃ち、放たれる光弾が正確にそれを吹き飛ばしていた。
「ばかなっ!」
郷良が驚愕に満ちた声を上げる。
神住は聞こえてくるその声を無視してもう一度引き金を引いた。
狙いは残るもう一方のメイス。
せっかく両手に武器を持っているのならそれを活かした戦い方をすれば良かったのにと思わずにはいられない。それが素人である
光弾に貫かれてホープの左手に持たれていたメイスがその根元から折られてしまう。重い音を立ててホープの足下に落ちた金属の塊が陽の光を反射して鈍く輝いていた。
ロケットランチャーと立て続けにメイスを失ったことは郷良からすれば一瞬の出来事だったのだろう。あからさまに動揺している様子がホープという決して誤魔化すことなどできない自己を映した鏡によってはっきりと浮き彫りになってしまっていた。
「拍子抜けだな」
落胆の色を隠そうともせずに神住が呟いていた。
ホープというジーンの性能が以前のフェイカーと変わっていないのならば決して低くはない。だというのに落胆するほど物足りなく感じてしまっているのは、現在乗り込んでいる郷良の実力が低いと言っているも同然。
これではホープの格闘性能を検証しようとしても本来の性能が発揮されるとは考えにくい。それでは本末転倒だと早々に戦闘での検証を諦めた神住はライフルを剣のように構えてシリウスを急加速させた。
「ひっ」
声を引き攣らせて後退するホープ。すると最初に弾き飛ばされたメイスに足を取られてしまい、不格好にも尻もちをついてしまう。
反撃はおろか防御すらまともに取ることのできていないホープにシリウスの持つライフルの刃が振り下ろされる。
倒すと決めたからにはまずは相手の戦力を削ぐのが定石。バタバタと前に出して振っている両手を肘くらいで斬り飛ばした。
「うわぁっ」
何かの拍子で声が外に聞こえるようになったのだろう。情けない郷良の声がした。
続けてコクピットの中で郷良が生じた衝撃に身を縮こませたのだろう。ホープがダンゴムシのように丸まった。
斬り飛ばされた腕がホープの近くに落ちる。メイスの先が落ちたときとは違う連続するドサッという音に郷良はビクッと体を震わせた。
「やめろ!」
怯えきった郷良の声が響く。が、神住はその手を止めない。逃げられないようにと脚を斬り飛ばそうとしたのだが、ホープが不意に身を丸めたことで起動が逸れてしまい、その頭部を斬り飛ばしていた。
一瞬にして暗闇に染まるホープのコクピット。
自分の目は見えてはずなのに何も見えなくなったことで郷良が感じている恐怖は最大限になった。
こうなってしまってはホープにまともな戦闘などできるはずもない。
動く的どころか動かない的と化したホープに神住は興醒めだというようにライフルの切っ先を下ろした。
「ホープのライダー、聞こえているか」
この時になってようやく神住は外部にも聞こえるように設定を切り替えた。そうすることで神住の声が外にも届くようになる。
「えっ、な、だ、誰だ?!」
「お前に戦う意思がないのならホープから降りるんだ。そうするのならこれ以上攻撃はしない。十秒以内にホープから降りてこない場合、戦う意思があるとして攻撃を再開する」
「は? や、やめろ」
「だったらすぐに降りろ」
「ふざけるなっ」
プライドが傷付けられたとでも思ったのだろう。郷良がコクピットの中で吼えた。
虚勢を張っているのか、それとも本当にまだ戦えると思っているのか。冷淡な表情でホープを見ている神住は敢えて狙いを外してライフルの引き金を引いた。
「ひいっ」
撃ち出された光弾がホープの目の前で弾ける。
外の様子は見えていないにしても音は聞こえてくるし衝撃も感じられる。寧ろ何も見えていないからこそ恐怖は肥大しているともいえる。コクピットの中で怯えた郷良の様子をホープが忠実に反映していた。
「10、9、8……」
有無を言わさない声色でカウントダウンを始める神住。その口から出る数字が着実に減っていく度に郷良は顔を青ざめさせていく。
律儀にも時計の秒針と同じ間隔で数を減らしていく神住の口から発せられる数が“5”を切った辺りで郷良の余裕は完全に失われた。“3”と言った段階でホープのコクピットハッチが開かれた。
それでも数を数えるのを止めない神住に郷良はコクピットから這い出るようにして飛び出してきた。
ジーンの高さを忘れてしまっていたのだろうか。開かれたコクピットハッチの足場の幅すら失念しているかのように勢いよく這い出てきたた郷良は足を踏み外して地面に落ちていった。
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