第46話

 時は少し戻り、ニケーが停泊している待機港区画にフェイカーが襲撃を仕掛けて来て間もない頃。

 ニケーのメインブリッジは騒がしくなっていた。


「神住から合流地点の連絡はまだか!」


 艦の操縦桿を握る陸が声を張り上げる。


「まだです。神住さんからはまだ何も……」

「では、御影君が言っていた通り、フェイカーを引き付けつつ本艦は待機港区画を離脱。アルカナの外でフェイカーと本格的な戦闘を試みます」

「りょうかい!」

「はい!」


 美玲の指示を受けて陸と真鈴は素早く行動に移る。

 先ず真鈴がニケーの進路の状況を確認し、それに続いて陸がニケーを動かす。

 この間も絶えず聞こえてくる爆発音。それはフェイカーがニケーに向けて砲撃を放っている証。

 響き渡る轟音に何が起きたのかと集まってくる人がいる。

 戦闘が始まったと勘付いて臨戦体勢を取る人がいる。

 悲鳴を上げてこの場から離れようとする人もいる。

 彼等の安全を考慮した上でニケーは反撃することなく艦の周囲に発生させたエネルギーシールドで砲撃を防ぐだけに止めていた。が、それがフェイカーのライダーには自分の攻撃でニケーは手も足も出ないと思ったのか、シールドに弾丸が阻まれているにもかかわらず、攻撃の勢いは徐々に強くなっていくのだった。

 艦の周囲にシールドを纏わせたままニケーは上昇し移動を始める。

 待機港区画からアルカナの外に繋がる通路はいくつか存在しているが基本的にはそれらは遮断式のゲートによって閉ざされている。無論戦艦が強引に突破することは難しくないがそれをしてしまっては多大な罰則金を支払うことになる。だからこそ待機港区画にある戦艦がアルカナの外に出るときは一定の間隔で開かれるタイミングを狙うか、申請を出してゲートを上げてもらう必要があるのだ。


「アルカナからの応答がありました。緊急事態としてゲートが上がります」

「どこのゲートだ」

「ここから最も近い三十八番ゲートです」

「あそこか。良い選択だ」


 ニケーの発進に伴って出していたゲート開閉の申請の返答を読み上げた真鈴の言葉を受けて陸がニケーの進路を決めた。

 巨大な艦が方向を変えつつ前進する。

 待機港区画の中にいるために速度はある程度制限されているが、それでも一般的な車よりかは速い。

 フェイカーの追跡を振り切ってしまわないように気を配りながらニケーは待機港区画にある戦艦用に作られた道を飛んで行くのだった。


「オレグさん。私の声が聞こえていますか?」


 艦の操縦は陸に任せるのが一番。

 各方面の情報やニケーが現在置かれている状況を把握するのは真鈴に任せておけばいい。

 ならば美玲がするべきなのは先を見据えた準備だ。

 メインブリッジのメインモニターを使わず、自身の席に備わっている小型のモニターを使い格納庫にいるオレグに連絡を入れた。

 格納庫の壁をバックにいつものツナギを着たオレグが美玲が使う小型モニターに映し出される。


『どうした?』

「シリウスの発進準備をお願いします」

『それは構わんが、坊主がまだ戻って来てないだろう』

「御影君と合流してすぐに発進できるようにしておきたいんです」

『わかった。任せておけ』


 オレグとの通信が切れる。すると真鈴が二人に聞こえるように声を大きく告げる。


「神住さんから合流地点の連絡がありました。指定ポイントはアルカナから一キロ離れた地点。このまま真っ直ぐです」


 驚いたように声を張る真鈴に陸は苦笑を漏らしていた。そして小さく呟く。


「あいつ、この状況を読んでやがったな」


 ニヤリと笑い、陸はニケーを加速させる。

 既にニケーは待機港区画を脱しており、フェイカーは狙い通りにニケーを追いかけて来ている。唯一の懸念材料であった神住との合流地点という憂いは晴らされていて、ここまで来ると少しばかりフェイカーを離しても問題は無いだろう。

 事実これまで一定の間隔を保っていたニケーとフェイカーとの距離は徐々に開かれていた。


「もうすぐ指定のポイントに着くぞ。神住は確認できるか?」

「いえ、まだ来ていません」

『ナイスタイミングだ、陸』

「御影君!? そっちはどうなったの?」

『真犯人の確保と事後処理はアルカナ軍に任せたから問題ないはずだ。後は俺達がホープを破壊すれば今回の襲撃事件は解決する』

「ホープってなんだ?」


 初めて耳にする単語に陸がオウム返しで聞いてきた。


『フェイカーの正式名称らしい、ってそれは別にどうでもいい。もう少しで合流ポイントに到着するぞ』

「御影君は何処にいるの? こちらからはまだ確認できていないけど」

『大丈夫、俺からはニケーが見えているさ』

「だったらここで止まって待っていてやるよ」

「エネルギーシールドを艦体右方向に集約展開。フェイカーを近付けさせないで」

「はいっ」

「下部ハッチを開いたまま待機」


 停止したニケーが艦体下部にあるハッチを開く。それは格納庫に直結している扉であり、いつもはシリウスや物資の搬入に使っている通路だった。

 開かれたハッチが地面すれすれにまで下りていく。そうして作られた道は今まさに来訪者を待ち構えている。


「神住さんが来ました」


 真鈴が告げるとメインモニターの一部にバイクに跨がった神住の姿が映し出される。

 砂埃を巻き上げながら近付いてくる神住は一般道路ならば明らかに速度超過。それでもこの状況においてニケーに比べれば明らかに遅いそのスピードは些か歯痒く思えてしまう。

 半透明なエネルギーシールドの向こうにフェイカーが見える。過去に出現したどのフェイカーとも異なる両手に持たれた一対のロケットランチャーの銃口がニケーに向けられた。間を置かずして撃ち出される砲弾はエネルギーシールドに阻まれるものの凄まじい爆炎と衝撃を一面に広げていた。


「この、好き勝って撃って来やがる」

「堪えて。反撃は御影君と合流した後に。万が一にも御影君に当てるわけにはいかないわ」

「わかってますって」


 戦艦であるニケーには武装が搭載されている。ジーンが戦場の主役になって久しい昨今、それらを使用するほどの大規模戦闘は稀だが全く使えれないわけではない。寧ろ今回のフェイカーのように戦艦にしつこく纏わり付いてくるオートマタを牽制、あるいは迎撃するために使用されるのだ。

 エネルギーシールドの合間を縫って射撃することはそう難しいことではない。大きさの違いが威力の違いになるのならば、戦艦に搭載されている武装はジーンが使う量産品の武器に比べて威力が高い。

 このことはフェイカーのライダーも知っているはずなのに、ニケーを襲ってきているフェイカーはエネルギーシールドによって阻まれ起こる爆発すら楽しんでいるかのように手を止めることなく、弾が尽きるまで砲撃を繰り返していた。

 神住は爆風と衝撃にバランスを崩すことなくバイクを走らせて開かれている艦体下部にあるハッチに乗り上げた。

 存外に急勾配な道をアクセルを噴かせて駆け登っていく。

 格納庫にある指定の場所にバイクを止めると神住はそのままシリウスが固定されている整備ハンガーに向けて走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る