第45話

 自分達の前に停車した車からアルカナ軍の軍服を着た男達がダダダっと立て続けに降りてきた。襲撃事件の犯人を警戒してかその手には拳銃が握られている。


「良くやった。ラナ・アービング少尉」

「はっ。不破少佐自ら来られるとは」

「彼女が今回の襲撃を起こした首謀者か」

「その通りです」


 男達の中から一歩前に出た男にラナが敬礼で答える。

 男はリューズ・不破ふわ少佐。ラナの直属の上官であり、今回の事件の真相を突き止めようとしている人達の現場のリーダー的存在である。

 着崩すことなくアルカナ軍の軍服を身に纏い、清潔感を失わないように髭も伸ばさず、暗い金色の髪も短く切り揃えている。軍服の上からでも見て取れる筋骨隆々な肉体は日々のトレーニングの賜物で、比較的背の高い他のアルカナ軍の兵士よりも高い身長に整った顔。正義感に溢れ、戦場でも怯むことなく戦う勇敢な姿から部下や同僚からの信頼が厚い人物であるが、その正義感故に一部の軍の上層部からは煙たがれているとの噂がある。


「元技術開発部隊所属の技術士官、ステファン・トルートで間違い無いですね」

「ええ。そうよ」

「貴方には黙秘権があり、弁護士を呼ぶ権利も――」

「そんな説明は必要ないわ。これでもわたし元軍人だもの」

「これから貴方は本部で事情聴取を受けてもらいます。ですがその前に、貴方にはこちらの要望を飲んで頂きたい」

「なにかしら?」

「貴方が作ったとされる光学迷彩技術。それを秘匿してもらいたいのです」


 事情を知る部下だけを連れてきたのだろう。リューズの言葉に戸惑う素振りを見せた人は誰一人としていなかった。


「あれは戦争の種になります。このアルカナは誰一人として戦争を望んでいない。そうでしょう」

「そうね。わかったわ」

「理解が早くて助かります」


 多少説得に手こずると思っていたのかすんなりと受け入れたステファンにリューズは一瞬虚を突かれたような顔をしていた。


「あの、不破少佐」

「どうした?」

「フェイカーが現われて現在交戦中という情報は入っていないのでしょうか?」


 敢えてホープをフェイカーと呼んで訊ねるラナ。その言葉を疑うようにざわつくアルカナ軍の面々だったがリューズが一つ咳払いをするだけですぐに静かになった。


「アービング少尉、それは何処からの情報だ?」

「襲撃を受けているトライブ、ニケーの人から直接聞いた話です」

「ほう」


 振り返ってリューズが部下の一人に視線を送る。すると部下の一人は大きく首を横に振って答えた。


「こちらに通報は入っていない。が、それは事実なのか?」

「はっ、間違い無いかと」


 ちらりとステファンを見たラナにリューズは考える素振りで答える。


「ステファン・トルート。何か知っていることがあれば話してください。話せば我々に協力したとして少しは減刑にも繋がりますよ」

減刑そんなことは必要ないわ。でも、彼女が言っていることは本当よ。ホープは今交戦中のはずよ」

「ホープとは?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返すと即座にラナが「フェイカーの正式名称です」と告げた。


「情報が止められているというのか。すぐに本部のデータベースを調べろ。現在戦闘中のエリアはあるか?」


 小さく呟いてからリューズは部下に指示を送る。


「現在戦闘が確認されているのは四箇所。ですが、そのどれもがオートマタとの戦闘として報告を受けています」


 手早く調べたアルカナ軍の兵士が答える。


「ならば、戦闘が起きたという通報がありながら既に抹消されている履歴があるか調べろ」

「はっ」


 数名の兵士が持つ端末を操作して該当する情報を精査していく。

 するとものの数分で答えが出た。一つだけ、僅か五分ほど前に待機港区画で戦闘が起こっているという通報がありながらろくに対応されることなく、通報があったという事実そのものが抹消されている痕跡があったのだ。


「これか」確認するように端末をラナに見せるリューズ。

「みたいですね。私が知る情報と合致しています」

「ここからジーンを止めることはできますか?」


 部下の一人に拘束の為に手錠にワイヤーを通されているステファンにリューズが訊ねる。


「無理ね。こちらからの連絡手段はないわ」

「そうですか。――迎撃に出るぞ」


 瞬時に部下に指示を出すリューズ。


「ちょっと待って下さい。ホープがフェイカーと同種ということはアルカナ軍のデルガルでは一方的にやられる可能性があります」

「では、何も手を出さずに見ていろと言いたいのか」

「現在、ホープが襲撃を加えているのはアルカナ軍の駐屯地ではなくニケーです。彼らは先の襲撃でフェイカーを撃破した実績があります。この場は彼等に任せてみてはいかがですか?」


 ラナの提案にアルカナ軍の兵士の間に動揺が走る。

 リューズはそれを収めることなくラナに説明を続けさせた。


「私達は彼等ニケーにはできないことをするべきです」

「というと?」

「実は――」


 とラナは地下の研究所でギルドと元技術開発部隊の人達が作り上げた物とギルドの計画について説明した。

 話を聞いていたアルカナ軍の面々は最初こそ信じられないと一蹴していたが、より詳細な計画の内容を耳にする度に考えを改めたのか一考の価値があるというような風潮に変わっていった。


「つまりアービング少尉は彼女を本部に連れて行くのは我々が全ての準備を整えた後にするべきだというのだね」

「はい。事前に必要な準備の大半は終わっているも同然です。後は私達が」

「それを受け入れるかどうかということか」


 僅か数秒考えてからリューズは「いいだろう」と言い決意した。


「確かにそれは我々でなければ出来ないことだ」

「話し合いは終わりましたか?」


 突然自分達の後方から声を掛けられて咄嗟にアルカナ軍の兵士が銃口を向けた。


「銃を下ろせ!」


 リューズに一喝され兵士が戸惑いながらも銃口を下げていた。


「申し訳ない。が、この状況で突然現われた貴方にも原因がある。ということで問題にしないてもらえると助かるのだがね」

「わかっています。それにこれからは皆さんに任せる必要がありますからね」

「なるほど。ところで貴方は?」

「ああ、言っていませんでしたね。私はギルド第三管理部部長、東条天野です。そして彼等が」

「承知しています。元技術開発部隊の人達ですね」

「迷彩技術に関する詳細と私達の計画については彼等から聞いた方が分かりやすいでしょう。そしてギルドからはこれを」


 天野が用意されていた小さなメモリを投げ渡した。


「そこにはギルドが手に入れた今回の光学迷彩技術に関してとある方々が裏でとある企業と目論んでいた計画の情報が入っています。ちなみにコピーはとっていませんからご安心を」

「出所については聞かないでおきましょう」

「懸命です」

「詳細は省くが光学迷彩技術に関して戦争の種にはしないと約束しましょう」

「信じます」


 そう告げて天野は一人この場から去って行った。

 残っているのはアルカナ軍の人達と元技術開発部隊の人達、そしてクラエス達が呼んだ若者三人だけとなった。


「とりあえず全員の身柄は我々が拘束します。が、それは皆さんの身の安全を確保するためと考えて頂きたい。よろしいですね」


 リューズが全員に行き渡るように声を張り伝えると誰一人として首を横に振る人はいなかった。

 三人の若者とアルカナ軍の兵士の一部を地上に残して研究所へと向かう。

 研究所の中にある光学迷彩を打ち破るための装置である“塔”。

 アルカナ軍の企みを打破するための“決して成功しない完成した設計図”。

 天野によってもたらされた情報と事前に自分達が掴んでいた“情報”。

 それぞれが異なる陣営だからこそ手に入れることのできた、事件を解決に導くためのピースが揃ったのだ。


 この時のリューズ達はそれを知る立場にいなかった為か気付くことができなかった。自分達が向かっている研究所とは異なる方角の景色の一部が普段と違っていることに。

 本来は無いはずの山の影がそこにあることを。

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