第44話

「ラナ少尉、引き止めて申し訳ありませんでした」


 一転して普段の調子に戻った天野は先程までとは違う柔らかな笑みを浮かべている。そしてエスコートするような仕草でラナにステファンを連れて行くように促した。

 はっとして「行きましょう」と声を掛けて歩き出すラナと彼女に連れられて研究所を出て行くステファン。

 二人の背中を見守っていたクラエス達は暫くの間この場から動くことはできなかった。

 長い階段を無言で歩くラナとステファン。

 外から入る時とは違い内側から出て行こうとする時は扉はひとりでに開かれる。

 明るい研究所の中とは異なる薄暗い階段を抜けて建物の外に出るとそこはまだ太陽が沈む前で、眩しくも温かいオレンジ色の光が降り注いでいた。


「あなたを上官に引き渡す前に聞いてもいいですか?」


 慎重に言葉を選びながらラナが問い掛ける。


「何かしら?」

「どうして私の弟を巻き込んだのですか?」

「そうね。偶然と言ったら信じるかしら」


 淀みなく答えたステファンにラナが即座に怒りを含んだ視線を向けた。


「偶然、貴女の弟さんがわたしが募集していたホープのライダーに応募してきた。ホープを動かせるのならば誰でも構わなかったわたしは彼を雇った。それだけよ」

「ジーンで戦闘をするとなれば断られることもあったはずです」

「その点は心配無用よ。予めシミュレーションだと、訓練なのだと言ってあるもの。彼等はそれを信じた」

「でも! 普通はアルカナ軍の駐屯地を襲えば捕まると分かるでしょう!」

「分からなかったのはわたしじゃないわ。彼らよ。彼らはみんな、目先の利益しか見ていないの。そしてその真偽を確かめることもしない。ただ言われたことをそのまま、何の疑いも持つことなく実行するだけ」

「だとしてもやらせる方が悪い!」

「いいえ。何も考えずにやった方も悪いのよ」


 笑みを浮かべて断言するステファン。そんな彼女の様子にラナはステファンが自身の既知の外側にある理論で動いていることを悟った。

 自己の責任を認めていないわけではないだろう。

 巻き込んだという自覚もあるのだろう。

 けれど、それだけだ。

 おこなった人も、おこなわせた人も、同じだけ悪い。そこに何も違いはない。


「あなたに自分は何も責任がないだなんて言わせません」

「あら? わたしそんなこと言ったかしら?」

「……っ」

「心配しなくてもわたしも悪いのよ」

「違う! あなた“が”悪いんだ!」


 激昂してステファンの襟首を掴むラナ。

 一瞬戸惑う素振りを見せたもののステファンが浮かべている笑みに変化はない。「あなたがいなければ」そう繰り返し呟いていたラナは力が抜けたように掴んでいた服を手を放した。

 ステファンは乱れた襟を直すこともしないでただ変わらない笑みを浮かべて立っていた。


「どうして、私に素直に捕まったのですか?」

「あの状況から逃げ出すことなんておばあちゃんには無理よ。それに、そもそもわたしは逃げようだなんて考えてなかったもの」

「何故?」

「だってそうでしょう。わたしが作り出せたホープは今のが最後。これ以上は作り出せないわ。それに、分かっていたのよ。当時彼を追い詰めた人も、わたしたちを切り捨てた人はもうどこにもいないってことは」


 すっとステファンが空を見上げた。

 年齢の割に背筋が伸びていて、かつ身長の高い彼女の顔は横に並んでいるラナよりも十センチほど上にある。そんなステファンが上を見ればその表情はラナには見えなくなってしまう。


「わたしの思いは全部ホープに込めた。わたしが指定した目的に沿って動くとはいえ、動かしているのは本当に名前も知らないライダーよ。百パーセントその通りにするとは思ってなかったわ。だからこそわたしはこう思うことにした。わたしの意に反して動いたとしても、それがホープの意思なんだって」

「ジーンに意思なんて」

「ないと思う? そうね機械に意思なんてあるわけがないのかも知れない。けどね、わたしにはそう思えなかったの。ホープはわたしと彼の意思を継いで、わたしや彼が出来なかったことをしてくれているんだって」

「違う!」


 叫び否定するラナを驚いたような顔で見るステファン。


「あなたは間違っている。あなたは全部を他人に任せているだけです。自分では動かせないからといって実際に襲撃するのですら他人に、自分がしたことだというのに、それすらも機械のせいにして! ただ責任逃れしているだけです。口では責任を負っているなんて言っても、実際は何も責任を取ってなんかいない!」


 ステファンに面と向かって言い放つラナ。

 程なくして離れた場所から一台の車が近付いてくるのが見えた。ラナが階段を上っている途中に呼んだ今回の事件を捜査している仲間が運転するアルカナ軍の車だ。


「あなたは、何も分かっていない」


 絞り出すような声で告げるラナにステファンは無言で項垂れた。


「何も分かっていない……か」


 おもむろにステファンが呟く。

 手錠に繋がれた自分の手を見て初めて笑みを崩した。


「そうね。彼が言っていたようにわたしが間違っていたのね」


 隣に立つラナですらも聞き取れないほど小さな声を発した後、ステファンは一筋の涙を流した。

 後悔か、それとも。

 彼女の涙の意味は誰にも分からない。

 ただ、留まることを知らない大粒の涙が乾いた地面にいくつもの跡を作り出していた。

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