第42話

 アドルに名前を呼ばれてステファンは体をびくっと震わせた。

 彼女の傍に立っているモグルとティアは信じられないというように目を見開いたまま無意識に一歩後ろに下がる。


「何を言っているのかしら。意味が分からないわね。もしかして冗談を言ったつもりなのだとしたら残念。何も面白くないわ」

「冗談を言っているつもりはない。わしらが見極めて、調べて、そう結論に至ったんだ。フェイカーの製作者であり今回の襲撃事件を起こしたのはステファン、おまえさんだとな」


 鋭いアドルの視線が仮面のように貼り付けた笑顔を浮かべているステファンに向けられる。

 その傍らでクラエスとトールがどこか悲しそうな目で彼女を見た。


「わしらが何のためにここにきて二週間近くも時間を掛けたと思う? 何より、わしらが一度として自分の考えが間違っていてくれと願わなかったと思うか。どうしてわしらが何故このタイミングでおまえさんに話をしたと思うんだ。本当に、わしらが何も知らないとでも思っているのか?」

「だから意味が分からないと言っているでしょう。こんなおばあさんを苛めないでちょうだい」

「私達はまた間違えたのかも知れない。そして時間を掛け過ぎたみたいだ」


 自分を責めるようにクラエスが呟く。すると一瞬だけステファンの表情に変化が見られた。穏やかな笑みを浮かべていた彼女の瞳に強く暗い光が浮かんだのだ。


「二人とも、何が言いたいのかしら」

「既に、もう一体完成しているのだろう」

「何のことかしら」

「フェイカー」


 短く、明確に断言されたその単語はこの場にいる全ての人に衝撃をもたらした。しかしその意味合いは個人によって少しだけ異なる。事情が理解できていない若者達には困惑、ラナには驚愕、クラエスたち元技術開発部隊の面々には後悔。そしてステファンには静かな怒り。


「偽物なんかじゃないわ」


 はっきりとした否定の言葉が彼女の口から囁かれた。

 トールがステファンを気遣い近付こうとして立ち止まる。ステファンが浮かべている穏やかな笑顔の向こうに紛れるようにして仇を見るような目で自分達を睨み付けていることに気付いたからだ。


「あれはジュラが残した設計図と理論を元にわたしが作り上げた、本物よ」


 ゆっくり首を振ったステファンが笑みを崩して悲しそうな顔で告白した。その瞬間、アドルがそれまでにないほど激昂して声を荒らげた。


「だとしても人を傷付けるために使えば偽物以下の代物に成り下がると何故分からん!」

「わかっているわ。でも、だめね。あれを完成させることができた時に彼が言っているよう思ってしまったのよ。自分を殺したやつらに罰を与えて欲しいってね」

「殺した…だって……?」


 過去を後悔しているように話すステファンの言葉にクラエスが愕然と驚愕している。


「彼が死んだのはただの事故じゃないわ。わたしたちが何も話さなかったから、彼が代わりにアルカナ軍の人達に追い詰められて、そこから逃げ出した時に車に轢かれたの」

「なんだそれは……わしは聞いてないぞ」

「彼のお葬式の後、わたしが少し調べただけで簡単にわかったことよ。なのに誰も真実を明らかにしようとしない。警察もアルカナ軍もね。だから今も彼を追い詰めた人はのうのうと逃げ伸びていて、このアルカナのどこかで平然と生きているの」


 つうっと彼女の頬に一粒の涙が流れた。

 ステファンが抱く静かな怒りの矛先はクラエス達だけではなく、この場にいる唯一のアルカナ軍の関係者であるラナにも向けられているようだ。


「だから自分で犯人を裁くというのか。それをジュラ・ベリーが望んでいたことだと本当に思っているのか!?」

「思ってなんかいないわ。ただのわたしの感情よ」


 説得しようと語りかけたアドルをステファンは静かに拒否した。


「彼はもういない。だから、彼の本当の気持ちなんて誰にもわからない。わたしがわたしの感情で彼を追い詰めた人を追い詰めようとしているだけね」

「そのやり方がこれか」

「そうね」

「馬鹿者が」


 ステファンを責めるのではなくただ心の内を吐き出すようにアドルが目を伏せて呟いていた。

 目の前で行われた自白も同然の告白を冷静な面持ちで見ていた神住と天野の二人がアイコンタクトをしてステファンを確保しようと動きかけた時、不意に神住の携帯端末が振えた。

 タイミングがタイミングなだけに出るべきかどうか悩んでいると突然ステファンが神住に話しかけてきた。


「一つ聞いても良いかしら?」

「必ず答えるとは言えませんが、それでも良いのなら」

「あなたが使っているあの光の動力炉。あれはあなたが作ったのかしら?」

「そうです」

「ふふっ。あなたはどうやってあれを作り出せたのかしらね」


 ステファンが少しだけ神住を嘲笑するかのような視線を向ける。


「わたしはあれに見覚えがあるのよ。彼が亡くなる直前まで研究していたものと良く似ているの。そしてそれは彼が亡くなった後に何者かによって盗まれてしまったデータの中にあった」


 ステファンの言葉にクラエス達は一斉に神住を見た。当の神住は意味が分からないと言うように肩を竦めるだけで敢えて肯定も否定もしてはいなかった。

 神住に代わりクラエスが問う。


「彼が盗んだと言いたいのかい?」

「どうかしらね」

「彼の年齢を考えてみるんだ。あり得ないだろう、ジュラが死んだのは二十年も前のことだ。その時点で彼は…」

「二十年前なら御影は一歳か二歳だな」


 天野がクラエスの言葉を補足するように告げる。


「そんな子供にジュラのデータを盗むなんて出来ると本当に思っているのかい?」

「別に当時盗む必要なんてないわ。実際に彼のジーンが完成したのはいつなのかしら」

「ノーコメント」

「二年前だ」

「おい」

「それくらい隠すようなことではないだろう。ここで変に隠せば妙な疑いを持たれかねないぞ」


 何も答えようとしない神住に代わり天野が答えていた。


「ねえ。電話に出た方がいいんじゃないかしら。多分とても大事な連絡よ。そう、とても」


 クラエス達から疑惑の眼差しを向けられながらも神住は平然とした様子でステファンに促されるままに携帯端末を取り出した。

 画面に映し出されているのは真鈴の画像。

 ボタンを押して応答すると電話越しに真鈴の声が聞こえてくる。


『神住さん、聞こえてますか?』

「ああ。何があった?」

『フェイカーと同種と思われるジーンが突然現われてニケーが停泊している待機港区画を襲撃してきました』

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