第41話

「これでもう、例の光学迷彩が用いられたとしても対処することは可能になりました。そもそも当時私達が作り出したあの技術は欠陥品もいいところ。決して世に出してはいけない失敗作だったんです」


 自嘲混じりに言い放ったクラエスにこの場に居た全ての人の視線が集まる。

 ある者は同意の意を込めて。

 またある者は驚愕の意を、

 そしてある者は――。


「この装置はどうするのですか?」


 完成した電波塔を見上げながらラナが問う。

 答えたのはクラエス。厳しい視線を塔に向けながら、さらに厳しい口調で告げる。


「フェイカーという存在が確認された以上、事件が解決したとはっきりするまでは残すつもりです」

「貴方は捕まったライダーが犯人ではないと思っているのですか?」


 その質問はモグルからだった。

 モグルがこの開発に参加するに当たって父から聞いていた話では自分達が過去に作った技術を不正に利用され、襲撃事件が起きたということ。その話を聞いてからモグルが自ら調べた情報では既に犯人と見られるライダーは捕まっており、その切っ掛けになったのがモグルの目の前にいる御影神住という人物であるらしい。

 言うなれば自分達の開発は過去の後始末。それこそ父親の世代からすればまさに自分達のやり残しをようやく果たせるようになったようなもの。

 そう考えていたからこそ、モグルにはクラエスの言葉が理解出来なかった。


「答えてください!」


 思わず声を荒らげてしまった。そう後悔する間もなく、クラエスは「そうだ」と答える。それからちらりとラナを一瞥して、クラエスは口を開く。


「掴まったライダーには光学迷彩の技術を作り出すことはできないでしょう。彼にはそんな知識も技術も無いことは明白です」


 確信めいたその一言にラナは息を呑んで俯いてしまう。

 微かに震える彼女を見ない振りをして神住はクラエスに問い掛けていた。


「どうしてそれを警察やアルカナ軍に言わなかったのですか?」

「私個人の意見など大して意味を持ちません。それに、軍にはどうも早々に事件を収めてしまいたいと考えているようでしたので。下手に通報しても握り潰されるのが関の山。違いますか?」

「いえ、確かにクラエスさんが言うとおりです。気付いていたんですね」


 天野が肯定して聞き返している。


「事件の収拾を急すぎているように思えましたから、私も独自に調べたのです。その結果、掴まったライダー、ルーク・アービングにはジーンを作り出せるだけの技術がないことが分かりました。そうですよね? ラナ・アービングさん」


 クラエスが名前を呼ぶと事情を知らない人達の視線がラナに集まった。

 彼らの視線に怯む事なく、顔を上げ真っ直ぐに彼等の方を見てラナはしっかりと頷いてみせた。


「では、誰が犯人か。あいにく私はそれを知る術がありませんでした。しかし、こう言っては何ですが、その大まかな正体に心当たりはありました」


 まるで告白のようなその一言に神住達は驚き息を呑んだ。けれどトールとステファンだけは表情を曇らせるのみで、動揺した素振りは見せなかった。

 おそるおそるといった様子でラナが問い掛ける。


「それは誰ですか?」

「犯人は間違い無く、我々元技術開発部隊にいた人物の関係者です」

「お願いします! 貴方が浮かべている人の名前を教えてください! それが弟を助ける唯一の道なんです!」


 断言するクラエスにラナが食いかかる。

 しかしクラエスは目を伏せたまま決して口を割ろうとはしなかった。

 張り詰めた思い空気が流れる研究所の奥から唯一顔を出さなかったアドルが姿を見せた。彼もまた他の人達と同様に油や煤で汚れた作業着を纏い、一際険しい表情を浮かべていた。


「出来たぞ」


 アドルが天野にデータが収められたメモリディスクを投げ渡してくる。


「要望通り、絶対に成功しない完成した設計図だ」

「ありがとうございます」と素直に礼を述べる天野。

「それをアルカナ軍に提出すれば再現実験は確実に失敗に終わるだろうよ」

「でも、それだけじゃ駄目なんです」

「クラエスから話は聞いている。おまえさんの弟が捕まっているんだったな」

「はい」

「こう言っては何だが、おまえさんの弟がジーンに乗って襲撃したのは紛れもない事実だろう」

「ですが、それは騙されて、本人もそんな自覚は――」

「自覚が有ろうと無かろうと、しでかしたことは事実だ。それに対してはちゃんとした裁きを受けるべき、違うか?」

「そう、ですね」

「だが、必ず正しく裁かれなければならない。そうだな」


 返す言葉も無くラナはただ頷く。


「ですが、彼が実際に襲撃に関わっていたのは最後の一件だけで、他の三件は全て別の人物が犯人であることは間違いありません」


 天野が淡々と事実を告げる。するとアドルもまた「だろうな」と肯定の意を表わした。


「おまえさんは言ってたな。コクピットの中にいるライダーにまでホログラムを投影する意味が分からないと」

「まあ、犯人の正体を隠すとかそれらしい理由は想像できますけど、わざわざホログラムを投影する必要は感じられません」

「だが、それが目的の一つだったとしたらどうだ」

「目的ですか?」

「フェイカーが倒された時、誰かがコクピットに乗り込んで来るだろう。その時にライダーがジュラの姿をしていれば、犯人はジュラの関係者なのだと知らしめることができる」

「それに何の意味が?」

「さあな。そればかりは当人じゃないと分からん」


 アドルがどかっと近くの椅子に座った。

 目を細めモニターに映し出されている実験の様子を見つめる。


「どんな信念でそれをすると決めたのかわしには分からん。だが、本人にはそうするだけの理由があった」

「…理由」


 物悲しそうに語るアドルにラナは思わず問い掛けていた。


「誰もが納得していたわけじゃなかったってことだな。こればっかりはわしらの失態だ。そうだろう、クラエスよ」

「ああ。かも知れないな」

「何としてもわしらは止めるべきだったんだ。少なくともそれを知った時には」


 アドルの視線が神住達に向けられる。だが、実際にはアドルのそれは神住達を超えてその向こうにいる人物に向けられていたのだ。


「この開発を行うと決まってわしらは真っ先におまえさんたちを呼びつけた。何故だかわかるか?」


 わからないと首を傾げる康太、モグル、ティアの三名。しかし、彼等を見ているステファンとトールの表情は曇ったままだ。


「おまえさんたちがわしらの系譜で唯一ジーンを扱える技術を持つ者だったからだ」


 アドルがそう告げるとすぐに康太が気付いた。


「まさか、アドルさんは僕達の中に真犯人がいると疑っていたのですか!?」

「可能性の段階だったがな」

「あり得ない」

「――そんなっ」


 顔を引き攣らせてそう断言するモグルと言葉を無くして目に涙を溜めているティア。

 縋るようにティアがステファンを見るも、ステファンは申し訳なさそうに目を伏せるだけだった。


「ジーンを扱える技術っていっても一つじゃない。例えばジーンを作り出す技術、整備する技術、装備を作り出す技術もあれば、ライダーとして戦う技術なんてのもある。その全てを一人で賄える奴はいない。言ってしまえば本来はそれぞれのスペシャリストが集まり、それぞれの役割を担うのが普通だ。だが、今回のフェイカーでは全ての技術が個人に必要になってしまった。とはいえ操縦技術は一朝一夕に身につくもんじゃない。別の誰かに任せた結果、最初の一件はまさに光学迷彩に物を言わせて襲撃していただけのように見える」


 神住達の知らぬ間に集めた情報を分析していたようで、アドルは確信を持ってそう言い放った。


「二件目と三件目はその反省を生かしたのか、より腕の良いライダーを用意したみたいだが、おそらくおまえさんの弟のように何も知らされぬまま利用されただけだろうな」

「えっ」

「探せば他にも見つかるだろうよ。おまえさんの弟の供述通り、ただの戦闘シミュレーションをしていたと思い込まされいた可能性が高い。死人も出していないみたいだからな、ライダーにとってはただのバイトの感覚なんだろうよ」

「だとしても」

「そう。だとしてもだ。罪は正しく裁かれるべき。わしも長い年月生きていたが、そればっかりは間違いないと言えるよ。その方が罪を犯した当人に対しても救いになるのだからな」

「アドル。君はあの時のことを言っているのかい」

「ジュラの奴に全てを任せた、任せてしまったのがわしらの罪だ。本来はそれをわしら全員で背負うべきだったんだ」

「こんなことになるまで目を背け続けてきてしまったせいなんだろうね」


 アドルの言葉にトールが自戒するように呟いていた。


「だからというわけじゃないが、これはわしらの手でどうにか収めたかった。そしてそれからは法に委ねるつもりだった。だが、だめだな。そう心に誓いながらも、いざとなれば躊躇い、先延ばしにしてしまう。そうして割を食うのはいつだって知らぬ若者だと知っていたはずなのにな」


 後悔と自責の念、そして謝罪の意など様々なものが込められた視線がアドルが若者と呼ぶ三人、その先へと向けられる。


「そうは思わんか? なあ、ステファンよ」

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