第40話
昔を懐かしむように塔を見上げて答えるクラエス。そんな彼の後ろから神住やラナには見慣れない四十歳ほどの男が現われた。油汚れが目立つ作業着を着た穏やかそうな男性だ。
「それだけではありません。ホログラム投影に対しても一定の効果が確認されています」
「貴方は?」
関係者ではあるのだろう。しかし知らない相手がいきなり参加しているという事実にラナが訝しむように問い掛けていた。
「僕は
「失礼ですが、西郷矢貴さんご本人は来られなかったのですか?」
「流石にもう歳が歳でしたので、細かな作業は無理とのことで僕が代わりに。安心してください、こう見えて僕は父の技術を全て受け継いでいますから」
「そうでしたか」
納得したというようにラナはそれ以上追求することはしなかった。
「そういえば、お二人にはまだお伝えしていなかったですね。残念ながらこの開発には当時の人員全てが参加しているわけじゃないのです。個人的な事情の他にも当時のことはもう思い出したくもない、という人もいましてね。流石に強制できることでもありませんから」
「事情は分かります。それで彼が代わりに参加したということですか」
「ええ。彼は現在とあるメーカーに勤めてジーンの装備開発を行っています。私達よりも余程現在の開発事情に詳しい人物ということですね」
「しかし、ここで作った物に関してはデータを持ち出すことも、技術を流用させることも禁止されているのでは?」
「ええ。そういうことは事前に誓約書にしっかりと書かれてましたね」
「宜しかったのですか? ここで関わらなければいつかご自身の手でかの技術と同様のものを開発できたのかもしれないのに」
実際にそれを作りあげるかどうかと研究することは別のこと。技術者、研究者として既に出ている答えを与えられながら、それに繋がるようには開発も研究もしてはならないというのは殊の外強い制限であるように神住は感じていた。
本当ならば受けなくてもよい制限を自ら受けること受けることを選んだ康太に神住は何気なく訊ねていた。
「父がやり残したことですから。それに、この話を受けるに至って父から当時のことは聞いています。ジュラ・ベリーという人がどういった思いでそれを破棄したのか、そして今、現在に何が起こっているのかも」
「事件に関しては私が伝えました」とクラエスが捕捉する。
「襲撃事件のことはニュースで知ってはいましたけど、まさかこのようなことになっていたとは。正直想像もしていませんでした。ただ、事件の遠因に自分の父が関わっていて、それを僕が知ったからには無関係だという顔をしているわけにはいきませんから」
決意が滲む瞳で電波塔を見上げながら康太が言った。
「康太くんと同じように今回の開発に手を貸してくれている子たちを連れてきたわ」
その後ろに二名の男女を引き連れてステファンがやってきた。
「こちらが当時の技術開発部隊にいたショルト・フレッドの息子さんの…」
「モグル・フレッドです。父は数年前の怪我で片腕が満足に動かせなくなった為に自分が参加することになりました」
白衣を纏い、度のキツそうな眼鏡を掛けた短髪の男性が神住とラナに訝しむような視線を向けながらも手を差し出してきた。
最初にラナが握手と共に名前を告げてから次に神住がそれを握り、自らの名前を告げるとモグルは小さく「あなたが…」と呟いていた。
一瞬モグルに鋭い視線を向ける神住の様子に勘づいたのかステファンがもう一人を紹介してきた。
「そしてこっちが、えっと……シルビア・ベンダリスタさんのお孫さんで」
「ティア・ベンダリスタと言います」
人懐っこそうな笑顔を浮かべて名乗った女性は他の二人に比べても若く見えた。それこそ神住と同年齢くらいだろうか。あるいはもう少し下なのかもしれない。
綺麗に整えた黒髪は三つ編みに。着ているのはモグルと同じ白衣だが、その中には作業服のようなものが着込まれている。
身に付けている赤い縁の大きな丸眼鏡が殊更印象を幼くしているティアは神住達に対して礼節のある態度で最初の挨拶を終えていた。
「ティアさんが参加している経緯は康太くんと似たようなものだったわね」
「ええ」
「はい。お父さんもお母さんも機械関係は全く駄目なんで。アタシがおばあちゃんの代わりに来ました」
「すごく助かっているのよ」
まるで自分の子や孫を見ているかのように暖かな視線を向けているステファン。そんな彼女にモグルは素っ気ない態度を取りながらも邪険にすることはなく、ティアはストレートに好意を受け取って嬉しそうにしていた。
「実験のデータを送ります」
三人の自己紹介の合間を縫ってクラエスは用意していたデータを天野が持つ端末に転送して、それと同じデータを研究所のモニターに映し出して説明を始めた。
映し出されている映像には電波塔を使った実験の様子も含まれている。
派手な色で塗られている一メートルほどの金属板に施された光学迷彩の装置。その電源を入れることで金属板は瞬く間にその姿を消していた。
ラナの驚く息が聞こえてくる。
神住はクラエスの方を見て変わらぬ態度で、「光学迷彩技術は再現することができたのですね」と言った。
「一メートルくらいの大きさならば、といったところでしょうか。流石にここの電源ではジーンほどの大きさのものに対して迷彩を施せる装置は作ることはできませんでしたし、そもそも作ること自体が憚れましたからね。ですが、これまで何度も実験に使っていても何も異常は検出されなかったので、装置の規模を大きくすれば実際にジーンにも使えるとは思います」
クラエスが話していると映像が電波塔の試作機のようなものに切り替わった。
神住達の目の前にあるものよりも簡素かつ内部が剥き出しの状態のそれに電源が入ることで消えていた金属板の一部に元の色が浮き上がってきたのだ。
続いて更に改良が施された塔が映し出される。外観は先程のそれとあまり変わらないが、よくよく見れば一部の配線や使われている基板等に違いが見受けられる。
塔に電源が入る度に、消えていた金属板はその一部の元の色彩を出現させたことも、反対に消えたままであることもあった。
成否問わず実験を重ねる度にその精度と効果範囲は確実に高まっていく。
何十、何百回に渡る実験を経て、ようやく映像に映し出されている塔の姿が神住達の前にあるそれと同じになった。
姿を消す金属板に施される光学迷彩の装置は変わっていない。が、これは進歩がないのではなく、これで完成しているということなのだろう。
映像の中にある塔に電源が入る。
目には見えない電波が放出され、姿を消していた金属板が完璧にその姿を現わした。
「ホログラム投影に対しても同様の実験を繰り返しました。結果は成功。俺達は過去の自分達が作り出した光学迷彩の装置を破ることに成功したんです」
トールが喜色を織り交ぜながら高々に宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます