第39話

「気付いていたのか」


 階段を下りてくる天野が関心したように言った。


「ここは結構足音が反響するみたいだからな。俺やラナ少尉以外の足音があればすぐに分かるさ」

「そうか」

「ってか、俺達に気付いていたなら何ですぐに声を掛けてこなかったんだよ。それに、その手の鉄パイプは何だよ」

「いや、そうは言ってもな。私が到着した時も約束の時間にはまだ少しあるし、上で御影とラナ少尉を待っていても一向に来る気配がない。まさかと思ってこっちに来てみれば何故か隠し階段が出現している。侵入者を警戒するのは当然だろう。まあ、心配のし過ぎだったみたいだがな」


 取り越し苦労だったと肩を竦める天野は近くの壁に持っている鉄パイプを立て掛けた。


「そもそも私を待っていれば良かったというのに、何故先に入って行った? というか、どうやってここの入り口を見つけたというんだ」

「案外簡単だったぞ。見た感じ明らかに寂れた廃工場だというのに砂の下の床はどこも割と綺麗な状態だったからな。それに人が通る動線には通るのに邪魔になるような大きさの物が置かれていなかったし、階段のある部屋は他の場所に比べて砂の積もり方が少なかった。それだけじゃないぞ。階段が隠されているっぽい壁側は不思議と何も立て掛けられてなかったし、地面にはうっすらと他には見られない筋があった。スイッチを隠すためかは知らないが、何も残されていない棚もわざと新しい棚を古く見せかけていると言わんばかりに不自然な汚れや傷が多く付けられていたからな。他にも……」

「あー、いや、もういい。わかったから。バレている偽装工作を淡々と並べられるほど恥ずかしいものはないぞ」

「そうか?」

「そうなんだ。だからやめてくれ」


 壁際に身を寄せた神住と、天野と入れ替わるように立ち位置を変えたラナ。

 天野は胸元のポケットから自身の端末を取り出して閉ざされている扉のドアノブにそれを近付けた。

 ピッという音が鳴りドアのロックが外れると同時に僅かに扉が開かれた。


「これは使わないのかよ」


 一瞥すらすることなく無視した操作盤を指差して神住が言った。


「それはフェイクだ」

「何の意味があるんだよ、これ」

「念には念を入れてだな」

「そもそもこの場所を探しているような奴がいたらあの階段を見つけられた時点でアウトだろ。扉の鍵のフェイクなんて元々鍵を用意して侵入しようとするような奴じゃなければ意味が無いだろ。強引に押し入ろうとするのなら小型の爆弾でも使って扉を破壊した方が早いんだからな」


 扉を押し開けて入って行く天野に続く神住とラナ。

 三人が扉の向こうに入ったのを見届けて天野が扉を閉めるとカチリと音がして鍵が掛かったのがわかった。


「一応言っておくけどな、急拵えではこれが限界だったってだけだからな。それよりもこの先が元技術開発部隊の面々に開発してもらっている研究所兼工場だ」


 長い廊下を抜けて見えてきた新たなる扉。金属ではなく曇りガラスでできた扉の向こうからは十分な明かりが漏れ出ており、時折歩き回っている人の姿が見えた。

 躊躇することなく天野は扉を開ける。

 空調が効いているのだろう。室内から若干涼しい風が吹き抜けてきた。


「あ、東条さん。来たのですね」


 何か図面のようなものが記された紙を丸めていくつも抱えているトールが天野の来訪に気付き声を掛けてくる。


「そっか、もうそんな時間か。ここにいるとつい時間が経つのを忘れてしまう。いやはや、若い頃に戻ったみたいですよ」

「そうですか。それは良かったと言えばいいのですかね」

「今の仕事も悪くないのですが、こうして研究に集中していると自分の本分を思い出したように感じる時もあります」


 感慨深そうに話をしているトールは近くの机に抱えている荷物を置くと天野に「バドソンさんを呼んできましょうか?」と問い掛けていた。


「そうですね。私達はクラエスさんから完成の目処が立ったと連絡を受けて来たのですから、当人から話を聞いた方が良いでしょう。お願い出来ますか?」

「はい、すぐに。それにしても二十年という時間は馬鹿にできませんね。当時はできなかった作業も今の技術を使えば問題無くすることができるのですから」


 などと言いながらトールは手元のタブレット端末を使いクラエスに連絡を取ったようだ。

 程なくして研究所の奥の方からクラエスが顔を覗かせて確認すると神住達の元へとやってきた。


「東条さん。それにお二人も。よく起こしくださいました」


 挨拶代わりに握手を交わして他愛もない会話をする天野とクラエス。

 神住は興味深そうに研究所のなかを見回し、ラナはどこか落ち着かないらしく腕を組んだまま真っ直ぐ視線を固定していた。


「まずは、この度は私達の我が儘を受け入れてくださりありがとうございました」


 クラエスのいう我が儘。それは完成の目処が立つまで自分達以外はこの研究所に立ち入らせないことだった。それが神住とラナに場所を知らせなかった理由であり、天野でさえここに来たのは彼等を研究所に案内した時以来となる。

 しかしそれでは不用心が過ぎるとクラエス達に了承を得た上でギルドは自分達が個有する人員を投じてこの建物に二十四時間態勢の見張りは付けていたのだが。


「いえ、それは別に。それよりも完成したというのは本当ですか」

「ええ。思ったよりも時間が掛かってしまって申し訳ない」

「大丈夫です。幸いにも今のところ新たなフェイカーは出現していないので」

「そうですか。世間話は程々にして完成した装置を見てみますか?」

「お願いします」

「ではこちらへ」


 クラエスに促され神住達は研究所のなかを進む。

 地上にあった廃工場を思えば地下にあるこの研究所はそれよりも何倍も大きい。新造したのではなく元々地下に別の施設があった建物を流用しただけとするのならば、それがどういった施設だったのかなどは神住とラナには知る由もなかった。


「これが例の光学迷彩の装置を無効化する装置ですか」


 天野が目の前のそれを見上げながら言う。

 研究所の奥。謂わば実験場となるその場所に鎮座しているのは先の戦闘で神住が用いたのとは大きく異なる、小型の電波塔のようなものだった。


「ええ。御影さんが使った装置とは異なり、これは光学迷彩の装置に強制的にエラーを引き起こさせる特殊電波を放射するための装置になります」

「電波ですか」

「御影さんが用いた特殊な金属片や塗料では複製や増産の過程でどうしても物理的なコストが生じます。それに実物を保存して使用するには時間の経過で劣化する怖れもあります。だからこそ私達はこのシステムを作成することにしたのです。とはいえ構想自体は当時からあったのですけどね」

「そうなのですか?」

「ええ。実はそうなんです。尤も実際に作ったわけではなく、開発の合間に自分達の間でこの技術を相手にするときにどういう手段が有効かと話し合っただけで、どこかにデータとして残していたわけではないのですが」

「つまり、ジュラ・ベリーが破壊したデータにもそれは載っていなかったと」

「私達の世間話に出ただけでしたから」

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