第38話
「できればトラムプル・ライノが接近する前にフェイカーの事件を解決してしまいたいわね」
真鈴が調べている姿を見ながら美玲がしみじみと呟いていた。
すると神住が「ああ、そろそろだと思いますよ」と何気なく言った途端、彼の持つ携帯端末が震えた。
「ほらね」
画面に表示されているメッセージの送信元は東条天野。その内容は『準備が整ったらしい』という簡潔なもの。
続いて別のメッセージが届く。
送り主はラナ・アービング。内容は今日これから神住が向かうべき集合場所と時間を記したものだった。
「とりあえず行ってくるよ」
「そうね。何か分かったら私達にも報告お願い」
「わかっています。ああ、そうだ。陸、少し良いか?」
「何だ?」
「いつでもニケーを動かせるようにしておいてくれるか」
操縦桿のある自分の席に座っている陸に近付いて行き、神住はメインブリッジにいる全員に聞こえるように言った。
「何かあるのか?」
「念のためさ」
確証は無いが予感のようなものはあると告げる神住に陸達は皆一様に「わかった」と頷いていた。
とりあえずトラムプル・ライノのことは横に置いておくことにして、慌てることなくゆっくりと準備を始めるニケーの仲間達を頼もしく感じながら神住は自分が出掛ける準備をした。といってもわざわざ何かを用意する必要はない。いつでも連絡が付くように個人の携帯端末と最低限のお金を持って行くだけで十分だ。
ニケーに搭載されている中型のバイクに跨がって神住はメッセージに記されていた場所を訪れていた。
時間は指定されていたのよりも一時間ほど早い。
「使われなくなった廃工場か。オッサンも随分急いで用意したみたいだな」
随分と長い年月使われていなかったのだろう。外壁は至る所にヒビが入り、割れずに残っている窓ガラスはホコリか何かによって曇りまるで内側が見え無いように加工がされた磨りガラスのようになってしまっていた。
アルカナというある種閉鎖的な場所において使われなくなった建物は比較的早いスパンで建て直されてすぐに別の使用者が現われる。この廃工場もその流れに沿うはずだった。
しかし、それをギルドが止めたのだろう。時を止めたように残された廃工場がクラエス達に宛がわれたということのようだ。
半開きになっている入り口の扉の向こうは荒れ果てた有様。壊れて動かなくなった何かの機材が乱雑に置かれ、外から舞い込んできたであろう草花の種が芽を出してぽつぽつと生息している。
「あれ? 御影さん、早いですね」
神住の到着から遅れることおよそ十分。神住の後ろからラナが声を掛けてきた。
ラナはいつものアルカナ軍の制服ではなく、汚れても良いような上着とシンプルなシャツにデニムのパンツといったラフな格好をしていた。
「ラナ少尉は以前にも此処に来たことがあるんですか?」
「いえ、私がここに来たのは今日が初めてです。私も彼等がどこで開発しているのかは知らされていなかったので」
「意図的に隠したってわけじゃないはずですけど、誰かに聞かなかったのですか?」
「そういう御影さんも知らなかったみたいに見えますけど」
「まあ、知ったところで俺が手を出すわけにはいきませんから。わざわざ様子を見に来る必要も、ね」
「私も似たような感じです。仮に私がここに先に来ていたとしても何も手伝えることはなかったと思いますし。その代わり私は今回の真犯人について調べていました」
建物の周囲を神住と並んで歩いているラナは持っている鞄から携帯端末を取り出して調査したメモに視線を落とす。
「何か分かったことは?」
「少なくとも最後の一件以外はルークが犯人ではない証拠が出てきました」
「証拠ですか」
「過去三件の該当する時間、ルークは知り合いの工場で修理されたジーンの機動実験に臨時のライダーとして同席していたんです」
「そんなことすぐに調べが付きそうなものですけど」
「アルカナ軍も警察もまともに捜査していなかったということですよ」
悔しそうに俯きながら小さく言ったラナが勢いよく顔を上げた。
「ですが、これは信頼できる私の上官にも報告済みです。後はルークが巻き込まれただけという証拠と真犯人の確保だけです」
「でしたらこの先で大きく進展するかも知れませんね」
「はい?」
首を傾げているラナに微笑みを返して神住は廃工場の中へと入っていった。
慌ててラナが追いかけると所々壁の隙間から漏れ出している光が工場の中に漂っている埃を煌めかせている。
切れた蛍光灯と剥き出しになった天井の鉄骨、朽ちた壁や砂と埃まみれの床などありとあらゆる要素が不気味な空気を醸し出していた。
「誰も居ませんね?」
「ギルドが秘密裏に用意した工場ですからね。一見しただけでは何もないように作っているはずです」
辺りを見渡しながら歩を進める神住は工場の奥にある小部屋の前で足を止めた。
「元は休憩室だったみたいですね」
扉の上にある掠れて文字が消えかけているプレートを見上げながらラナが言う。
小部屋の壁に立て掛けられているのは錆びた折り畳み式のパイプ椅子。
留め具が外れて地面に落ちている薄汚れたホワイトボード。
さっと見た限り使われなくなって長い年月が経過しているかのような様相でありながら、神住はそこに微かな違和感を感じ取っていた。
壁をなぞりながら歩き、注意深く辺りを見る。
すると神住の視点が自身の足元で止まり、その場でしゃがみ込むと舞い込んできた風が薄く積み重なっている砂埃を微かに動かした。
顔を上げて何かを探す神住。
程なくして見つけたと言わんばかりに口角を上げた神住は真っ直ぐその場に向かい、指先に付いた砂を払って迷うことなく手を伸ばす。
壁に残る空になった二つの棚。その間にある僅か十センチにも満たない隙間に手を突っ込み、その指先が何かに触れると不意にカチリという音がした。
「御影さん、棚が動いてます」
ぎょっと驚くラナが見たのは神住が手を突っ込んだ棚があるのとは対面にあたる壁に現われた下へと続く階段だった。
「降りてみましょう」
躊躇することなく進む神住の後に続いてラナも階段を降りていく。
最初の方こそ薄汚れた壁や床の名残が色濃く残っていた階段だったが、降りて行くに連れて徐々に真新しいものへとなっていた。
作られたのはそれほど昔ではない。
むしろこの設備があったから誰の手にも渡ることなく廃工場として残されていたように思えるほど。
ぼんやりとそのようなことを考えながら階段を降りていると神住達は閉ざされた金属製の扉の前に辿り着いた。
金属製の扉はニケーなどの戦艦に用いられているものと良く似ている。
壁にある切れ目の入った操作盤はこの扉を開けるための鍵を通すための装置のようだ。
「鍵は持っていますか?」
「いや。俺は持ってませんけど、問題はないはずです。そうだよな。オッサン」
神住は振り返り自分達よりも遅れてこの場にやってきた天野に声を掛けた。
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