第37話
山々に囲まれた場所に建造されたアルカナ。
いつものようにアルカナ周辺で行われているオートマタ撃滅戦。
数多のトライブとアルカナ軍が参加し、そこに所属している多種多様なジーンが活躍を見せている戦場に、それは突然に現われた。
場所は戦場で最もアルカナから離れている外縁部。
一部のトライブのジーンのアイカメラに映る巨体。
鼻先に剣のような巨大な角が備わり、他のオートマタを軽く踏み潰せるほどの巨躯。左右に三つずつ、計六つある瞳は無機質に何も映してはいない。ぶ厚い鎧のような表皮を持つ超重量級のオートマタ。
太古に生きたとされる恐竜を模したオートマタすらも平然と踏み潰して進行する圧倒的な質量を持つオートマタ。その巨躯の周囲に無数の地を這う蟲のようなオートマタを引き連れて現われたそれはこの日、オートマタ撃滅戦に参加していたいくつかのトライブを殲滅してどこかに姿を消していた。
それに与えられている呼称は【トラムプル・ライノ】。
巨獣の進路にある全てのアルカナに訪れた逃れられぬ脅威である。
「これはいつ起きた出来事なのかしら」
ニケーのメインブリッジにてモニターに映し出されている映像を見ながら真剣な面持ちで美玲が誰にというわけでもなく問い掛けた。
「先週の水曜日。場所はアルカナ【NJ135606】の外縁部のようです」
手元のコンソールを操作しながら真鈴が答えていた。
この時、真鈴の口から出た番号はそれぞれのアルカナに割り当てられた識別番号。神住達が暮らすアルカナに付けられた番号は【NJ147922】となる。しかし会話のときには大抵その番号は省略されただ単にアルカナと呼ばれているのだった。
「先週というとちょうどこちらでもオートマタ撃滅戦があったわよね」
「はい。わたしたちは参戦しませんでしたが」
「トラムプル・ライノの出現に反応してここでもオートマタが襲ってきたなんてことあり得ると思う」
「全く無関係と言いきれるだけの証拠は今のところ確認されていません」
「…そうよね」
美玲と真鈴の会話は普通の親子の会話とは少し異なっている。聞く人にとっては事務的としか捉えられないそれも当人達からすれば特別変わったことでも何でも無い。何よりニケーのメインブリッジに乗員として席に着いている以上は例え親しくてもある程度は態度を弁えるべきと真鈴は常々考えていた。美玲や神住達はそんなことする必要はないと言っているのだが、真鈴は頑なに態度を変えようとはしなかった。
二人のそんな会話を耳にしながら陸はぐっと背筋を伸ばして後ろの席に付く神住を見た。
「なあ。ところでさ、この【NJ135606】ってどんなアルカナなんだ?」
「そうだな。確か、こことは違って一昔前の農村みたいな風景が広がっているって感じだったような」
「神住は行ったことがあるのか?」
「残念ながら一度もないな。だけど前にそこのアルカナの写真を見たことがある。それにアルカナの風景くらいの情報ならすぐに調べることができるし、ここのアルカナで一部の区画を使って行っている農業や畜産のモデルとなっているのがそこのアルカナだったはずだ。その兼ね合いもあって実はそれほどここと縁遠い場所ってわけでもないんだ」
すらすら答える神住に関心したように陸が唸る。
「ってことはさ、そこのアルカナが何か特別なことをしてトラムプル・ライノを引き寄せたってわけじゃないんだな」
「どうかな。仮に何か特別なことをしていたとしてもだ、そんな情報は公開されたりはしないさ。とはいえだ。まあ、いくらなんでも特定のオートマタを引き寄せる“何か”なんて危険な代物、アルカナの内部では研究したりもしないだろうからさ、杞憂だと思うぞ」
世界に広がっているネットワークに掲載されている情報はあくまでも公開されている情報だけ、秘匿されている情報なんてものは当然そこには載っていない。それぞれのアルカナが独自に秘匿している情報というものは大抵のアルカナが持っているものだ。それを咎めることは誰にもできるはずもなく、またその真偽を確かめることさえも誰にもできないことだった。
「あー、もう。フェイカーの件すら片付いていないのに、何で次から次へと面倒ごとが起こるかなー」
嘆息混じりに天井を仰いだ陸がいう。
それを聞いて美玲が真剣な顔をして呟いていた。
「今はまだ離れたアルカナで起きた事だとしても無視するわけにはいかなさそうね」
「だろうね。トラムプル・ライノ程の巨大なオートマタが接近するようなことになれば全てのトライブに対してギルドから出撃命令か、少なくとも待機命令は出るはずだからさ」
「命令、ですか?」
「ああ。命令だ」
神住の何気ない言葉に戸惑う真鈴。それもそのはず。ギルドは活動を基本的に各トライブの自由意志に任せている。なのにオートマタとの戦闘に半ば強制的に参加させられることを意味する“命令”という言葉。
それを当然のことのように口に出した神住はおろか、ニケーに参加してから数多の戦闘に参加した真鈴達にとってもそのような事態は始めてのことになる。
「トラムプル・ライノというのはそれほどまでの相手なの?」
「以前に同型のオートマタが確認されたのは五年ほど前。場所は北欧圏の山陰のようです」
記録を確認しながら真鈴が答える。
「その時はどうやって倒したのかしら?」
「当時、周辺のアルカナがかなりの戦力を投入することでどうにか討伐することに成功したみたいです。ただし、その時にはトライブとアルカナ軍にかなりの被害が出たみたいですが」
「もし、ここにトラムプル・ライノが襲ってきた場合、同じくらいの被害が出ると思う?」
美玲が訊ねるのも当然のこと。通常オートマタに呼称は与えられない。あくまでもそれが模した動植物名を取ってなんとか型のオートマタと呼ばれているに過ぎない。固体名で呼ばれているということはそれだけ被害をもたらした記録が残されているのと同義だった。
「過去にトラムプル・ライノが出現した時とここが持つ戦力が同程度なのか正確な所は分からないので言い切ることは出来ませんが、少なくない被害が出るのは確実だと思いますよ」
「トラムプル・ライノが接近したアルカナの現状はどうなっているのかしら」
「そういやそうだ。実際に被害が出たってなら記録が残されているんじゃないか」
「過去の記録ではトラムプル・ライノはそのアルカナの外縁部を通過しただけで、直接アルカナに攻撃を加えてはいないようです。しかしそれだけでも被害は甚大で、アルカナの外郭の一部が崩壊し、トライブとアルカナ軍に人的被害も多く観測されたようです」
「先週はどうだったの?」
「先週のトラムプル・ライノとの邂逅では対峙したジーンの大半が破壊され、少なくない死傷者も出たようですが、相手がトラムプル・ライノだったと考えればアルカナの損傷は軽微なものだったと言えるのでは」
データ上にある被害状況を読み取りながら真鈴が言うと美玲は殊更わからないといった表情を浮かべた。
「何か疑問が?」
「どうしてトラムプル・ライノはそのアルカナを襲わなかったのかしら」
「トラムプル・ライノにとっては移動しただけだったってことじゃないか」
陸がトラムプル・ライノの進路が記された地図を見ながらいった。
「まさか、トラムプル・ライノの進路に偶然にトライブやアルカナ軍のジーンがいたから襲っただけだっていうの?」
「これを見る限りは本当に襲ったかどうかすら怪しい気がするな。人間が炉端に転がった石を何気なく蹴り飛ばすように、トラムプル・ライノは意識せずジーンを踏み潰しただけなのかもしれない。まさに“歩く災害”だな」
いつの間にか真鈴が見ていた過去に出現したトラムプル・ライノのデータを覗き見ていた陸がそこに記されている言葉を関心したように読み上げていた。
「やり過ごすことは出来そう?」
「いや、トラムプル・ライノの進路から推測するとここのアルカナに直撃コースだ。先週それと邂逅したアルカナは運良くその直撃コースから外れていたってことになるな」
「そして俺達のアルカナは進路上にあるってわけか」
「運が悪くもな」
地図を睨みながら口にした陸の推測はそれほど的外れではないだろう。ニケーの操舵手を任されている陸の言葉だからこそ信憑性が高いと美玲達に緊張が走った。
「問題はいつトラムプル・ライノが接近するかよね。いずれは確実にギルドが命令を出すとしても私達も何か情報くらいは集めておいた方がいいはずよね」
美玲の言葉を受けて真鈴が手元のコンソールを操作して広大なネットワークの海から有益な情報を探し集め始める。
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