第36話

「おそらく彼らは真犯人について何か知っている」


 突然の神住の一言にラナが驚きのあまり「えっ?!」と予想外に大きな声を出していた。


「だけど確信が無いから隠しているって感じかな」

「どうしてそれが分かるんですか?」

「考えてもみろよ。自分達が作っていた技術が悪用された襲撃事件が起きたんだ。普通なら誰が犯人なのか気になりそうなものだろ。それこそ一応とはいえ犯人が捕まっているんだ。自分達よりも事情を知っていそうな俺達に誰が犯人だったのかくらいは聞いてきてもおかしくはないさ。なのに誰一人としてそれを聞いてこなかった。つまりは知っているってことだろ。それか勘付いているのかもな。彼等なりの真犯人の正体ってやつをさ」

「それは事前にギルドから聞いていただけなのでは?」

「どうなんだ、オッサン」


 再び空になったコップを水差しの隣のお盆に置いてから神住は机の先に軽く腰掛けるように立って話しの矛先を天野に向けた。


「どうせオッサンのことだ。最初に彼等に応対していたのが自分の部下ではないといいながらもここであった会話くらいは盗聴しているんじゃないか?」

「えっ」

「勘が良いな」


 驚くラナを余所に天野が平然と肯定してみせた。


「流石に会話の内容までは指示できなかったがな。実際にここで行われていたのは通り一辺倒な説明だけだったようだ。掴まったルーク・アービングという名前は当然にしても、その写真すら見せてはいない。フェイカーの情報も大して開示されてなかったようだ。だからこそ彼らは私達と話すことに応じたのだよ。私の言葉通りに伝言したのならこう言われたはずだ。『自分達よりも今回の事件に対して詳しい人が話をしたがっているので、話をするつもりがあるのならここでもう暫くお待ちください』とね」

「だから俺達を待っていたってわけか」

「それだけ彼らも知りたかったのだろう。ギルド、延いてはアルカナ軍がどのくらい真実を突き止めているのかをね」

「それがわかっているのに、フェイカーの情報を渡したのですか?」


 なんてことも無いように言ってのける天野にラナは疑問をぶつけた。


「いや、私は渡していないぞ。渡したのは御影だ」


 キッと睨むように神住を見るラナ。追求しようと決めているその目からは逃れられそうもない。


「彼らが真犯人について何か知っていることは間違いないだろうさ。それと同時に彼らの中にが真犯人がいることも間違いないと思う」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「俺を前にして一切態度を変えなかったからさ」


 あっけらかんと神住が答えた。


「あの戦闘でフェイカーのライダーが、ああ、一応言っておくけどルーク・アービングではなくて真犯人の方ね。それが俺に興味を示した。ここで彼等と話をするまではその理由が全く分からなかったんだけどさ、今は何となくだけど予測が付いている」

「理由、ですか?」

「俺のシリウスはアルカナ軍のデルガルや、他のジーンとは根本的に違う。それが何故か分かるか」

「いえ」

「動力源に【ルクスリアクター】を使っているからだ」

「るくす、えっとそれは……」

「端的に言って高出力な新型動力炉ってところかな」


 始めて耳にする単語にラナの頭にはいくつもの疑問府が浮かんでいるようだ。


「ギルドにも、他のトライブにも、当然アルカナ軍にも公表していないそれは、あのフェイカーのライダーにとって喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。何せそれがあれば光学迷彩の装置やホログラム投影の装置を搭載したとしても何の問題も無くジーンを稼働させることができるんだからさ。まあ、あの感じはそれだけじゃ無さそうだったけどな」


 最後の方は誰にも聞こえないくらいの小声になっていた。


「真犯人はそれを知っているからこそ、敢えて御影を前にして何も様子を変えなかったと言いたいわけか。だが、それだけで彼らの中に真犯人がいることにはならないだろう」

「隠しているだけでなのは? 次の機会に探りを入れれば良いと考えていたのだとしたら、どうですか?」


 二人の疑問に神住は即座に答えてみせる。


「わざわざ時間を置く意味なんてないさ。それに俺から情報が渡された時、彼らはそれを軽くではあるけど目を通していただろ。その時に言っても良かったんだ。俺がフェイカーと戦った時の情報が欠けているとね」

「はい?」

「俺が渡したのはあくまでも俺が予測したフェイカーの武装や機体そのもののスペック表。一応デルガルを流用した簡単な設計図も付けてあるし、光学迷彩を破ったときに使った道具に関する情報も付けてある。だけど、ことシリウスに関する情報は一切載せていない」

「なるほどな。真犯人ならば一番欲している情報だけが欠けているということか」

「そういうこと。その反面フェイカーを解析しようとしている人にとっては有益な情報だっただろうさ」


 一応の説明を受け納得した素振りを見せるラナ。天野は何か懸念が残っているようで、険しい表情を浮かべたまま問い掛けてきた。


「真犯人もそれを見るのだろう。どうするつもりだ?」

「どうもしない」


 驚くほど簡単に答えた神住。


「俺の予想だけどさ、今回の犯人はこれ以上は光学迷彩技術を改良することができないはずだ。ホログラム投影の技術も同じだな。それに俺が見た限りで言わせてもらうなら、あの光学迷彩技術はあれで完成しているんだよ。敢えて手を加える必要なんてないくらいにさ」

「だから改良されることはないということですか?」

「だが、御影がそれを破ってみせたのだろう。だとすればより強力なものにしようとするのではないか?」

「考えてみてくれ。俺が破らなかったらどうなっていたと思う?」

「それは同じような襲撃が続いていただろうな」


 同感だと頷く神住。それを見て天野が言葉を続ける。


「だけどいずれ破られただろう。アルカナ軍もそこまで無能の集まりではないはずだ」

「まあな。そこら辺は俺も信用しているよ。けど、今回の襲撃の目的は何だったと俺達は考えている?」

「そうか。実験だったな」

「ああ、いずれ破られる。それは間違いない。だけどその頃には実験が終わっていてもおかしくない。仮に最終実験が行われるより先にアルカナ軍に破られていたとしても、既に十分な実戦データは蓄積されているだろうさ。後はそれを使って好きなようにすればいい。金が目的ならそれを他のアルカナに売り込んでもいいし、謎の襲撃者を気取るのなら襲撃の対象や頻度を変えてもいい。オートマタとの戦闘に役立てようとするのならいずれギルド内部でも噂が出てくるはずだ。最近姿の見えないジーンが凄まじい戦果をあげているってさ」


 あり得る未来を並べ連ねていく神住に天野はより険しい顔を浮かべていた。


「たかだか一機のフェイカーに随分と好き勝手されるな」

「量産の目処がついているならフェイカーの大群かも知れないぞ」

「やめてくれ。冗談でも考えたくもない」

「だとしても襲撃してきたフェイカーは俺が確実に破壊した。すぐに同じ機能を搭載した別のジーンを用意することはできないだろうさ」


 だから暫く襲撃はない。断言した神住の言葉を証明するかのように、フェイカーが討伐されてからの数日間は静かなものだった。

 事件が起きたのは神住がクラエス達に会談してから二週間後。

 月が代わり、どこかの部屋のどこかの壁に掛けられているカレンダーが新しいページになって間もなくのことだった。

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