第34話
「どうしてですか?」
データの復元を望んだ神住を警戒するような声色でステファンが聞き返している。
「俺個人の目的としては答え合わせですね」
「答え合わせ?」
「正直な話、俺は目の前で見たフェイカーの光学迷彩やホログラム投影に関してある程度の予測が出来ていますし、それほど間違っていないとも思っています」
「ではあなたはこれと同じ物を作り出せるというのかしら」
「実際にするかどうかは別として、可能かどうかだけで言わせてもらうのならば、可能です」
「なっ!?」
きっぱりと言い切る神住に一番大袈裟に驚いて見せたのは天野だった。
「聞いていないぞ」
「言ってないからな。そもそもオッサンはどうして俺にそれが出来ないと思ったんだ?」
「あ、いや、アルカナ軍でも再現しようとして手間取っているという話だったし」
「俺とアルカナ軍の技術者ではモノが違う。アルカナ軍では再現不可能だとしても俺なら可能だ」
当然の事実であるというように言い切った神住に驚く面々。
神住のことを知らなければ大層な自信家だと感じるのだろう。しかし、この場において天野だけはその力量の程を知っている。決して神住が大言壮語なわけではないことを。
言葉に出すことはなかったが、神住ならば大元にあるエネルギー不足という問題もクリアしていることもすぐに天野は勘付いた。
だとすればどう返すべきか。
確かに可能なのだと後押しするように告げれば彼らは何か情報を明け渡してくれるのだろうか。それとも危険だと判断して今よりも厳しく情報を隠そうとするだろうか。
悶々と堂々巡りをする思考を気取らせないように努めながら天野は深く息を吸い込んでいた。
「彼が言っていることは本当ですか?」
言葉に詰まっている天野にクラエスが問い掛けてきた。
自分の返答次第ではこの話し合いが終わってしまう。そんな風にプレッシャーを感じながらも天野は誤魔化すことのほうがリスクが高いと判断して、軽く頷いた。
「では、私は尚更、私達が知る情報をあなた方に伝えることはできません」
「何も知らない人に渡るよりはいいのでは?」
「かも知れませんね。ですが、あれはこの世にあってはならない争いの種になるものです。今ならまだそれに似た何かだとしてしまうことができるのではないですか?」
クラエスの言葉に神住は「できるでしょうね」と答えた。
「ですが、その場合アルカナ軍はこの技術の再現により執着しますよ。今なら皆さんのようにするべきではないと考えている人がこの再現の結果はどうであれ、失敗だったと結論付けて再現は不可能だったとして闇に葬ることは可能です」
「しかし…」
「まあ、俺はそれだけでは足りないと思っているのですけど」
「はい?」
素っ頓狂な声を出す天野。
何でも無いように付け加えた神住に全員の視線が集まる。
「失敗の結論も重要でしょう。しかし、本当に重要なのはそれが実現されたとしても確実に打ち破る手段が予め用意されているという事実です」
「打ち破る手段?」
「それは貴方が作ったものじゃだめなのかしら」
「結果として俺が作ったものに似たのならば構いません。ですが、ここで重要なのはそれを作った人が俺ではなく、当時それを作っていた人達が既に対処法までも確立していたという事実です」
この場にいる大抵の人が神住の言葉の意味が分からず眉を顰める。唯一それを理解したのはアドルという畑は違えど現役の技術者だけだった。
「当時実現可能だったかどうかは関係ありませんよ」
にっこりと笑みを浮かべて告げる神住。
それに反して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアドル。
相反する二人の男の間に音に乗らない視線だけで行われた会話のようなものがあった。
「今更わしらにそれをやれというのか?」
「言ってしまえば当時のやり忘れていた宿題ですね」
「生意気なやつだ。先程までの口振りはわざとか。自分の方が腕が優れていると言葉の節々に匂わせおって」
「どうでしょうね」
にやりとしてやったというように笑う神住に、アドラは観念したと呻りを上げた。
「自由に使える作業場が必要だ」
「ギルドを使えば問題はないでしょう。秘密裏に作業ができる場所の用意は出来ているよな、オッサン」
「ああ、すぐに用意させよう」
「他に必要な物は?」
「当時の人員に声を掛けたい」
「任せますよ」
「フェイカーの正確な情報を見せてくれ」
「ラナさん。どうですか?」
敢えて本名を呼んで問い掛ける神住。
ラナは自身が偽名を名乗っていることなど忘れたように「それは…その……」と返答に困り言い淀んでしまう。
そんな彼女の様子を見かねて天野が代わりに答えた。
「ギルドからアルカナ軍に話をつけましょう。しかし、当然部外秘の情報も含まれますので、その取り扱いには重々注意して頂きたいのですが」
「わかっておるわ」
急に乗り気になったアドルに戸惑う他の三名は互いの顔を見合わせてどうしたものかと悩んでいるようだ。
「どこまで作ればいい?」
「最低でも理論の完成までは。妨害装置の完成品は今回は必要ないと思いますが、実験機程度は用意してもらいたいですね」
アドルの問いに答える神住。そんな二人に困惑しているトールが言ってきた。
「だったらあなた方がやっても良かったんじゃ…」
神住がそれに答えるよりも先にクラエスが聞いていた。
「最低でもというからには別にやることがあるというわけですね?」
「ええ。光学迷彩に対抗する技術の理論が完成した後、皆さんにはそれとは別に、それらしく見える失敗作の設計図の製作も行って貰います」
「おい、それって…」
「ああ。オッサンにやってもらっている奴を引き継いでもらおうと思ってさ」
「どういうことだ?」
今ひとつ要領を得ない神住の発言にアドルが反応した。
「私達は今回の事件の解決策として決して成功しない、完成したデタラメの設計図を用いることを決めました」
「成功しない完成品、だと?」
「ええ。それを今回再現を企てているアルカナ軍の上層部に渡るように手配し、それを作らせることで失敗させようと考えたのです」
「それはまた、随分と面倒な手段を選びましたね」
驚いたというよりは感心したという口振りでクラエスが言った。
「自分の頭で考えて確実に失敗させたほうが確実でしょうから」
「技術者泣かせだな」
「ですが、失敗を検証していけばいずれは成功するのでは?」
「だからこその成功しない完成された設計図なんです。どこかを改良したとして確実に成功には至らない、言うなればゴールがデタラメなマラソンをさせるようなものですね」
「趣味が悪いぞ」
にこやかに告げる神住にアドルがポツリと呟いた。
「ですが、必要でしょう。そして本当の設計図は、そうですね。皆さんが管理してください」
「私達が?」
「今度こそ本当に闇に葬ってもいいですし、皆さんが何らかの方法で世に出しても構いません」
「いや、世には出さんさ。そんなことをすればジュラ・ベリーがしたことが無駄になってしまう」
「そうですか」
しんみりと答えたアドルに神住は微笑んで答えていた。
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