第33話

「よろしければ今度は私の質問にも答えて頂けませんか?」


 クラエスが神住に向けて言葉を投げかける。


「もちろんです」

「では。仮に私達が開発した迷彩技術が用いられていたとして、アルカナ軍はそれをどうやって破って見せたのですか?」


 クラエスの視線はラナへと向けられている。はっとしたようにラナは何かを言おうとして再び口を噤んでしまった。

 口を開こうとしないラナに代わり神住が答える。


「フェイカーの光学迷彩を破ったのはアルカナ軍ではありません」

「では誰が?」

「俺です。俺が自作の装置を使ってフェイカーの光学迷彩を打ち破りました」

「何と」

「どうやってだ!?」


 驚き目を丸くするクラエスを押しやってアドルが前のめりになり聞いてくる。


「至って簡単なことでした。短時間とはいえその迷彩にエラーが出るようにすればいいんです」

「だから、それはどうやってだ!」

「フェイカーの光学迷彩は機体の表面に周囲の景色と同化する謂わば膜のようなものを発生させるものだと推測しました」

「ああ。そうだ」

「であれば、その膜を傷付けるなり剥がすなりして乱してしまえば良い」

「それがあの塗料と金属片だったってわけか」

「まあね」


 天野が納得出来たというように興奮気味に叫び、それを神住が軽い調子で肯定した。


「実際は今回一度限り、使い捨ての代物でも構いませんでした。しかし、もしそれが犯人の手によって量産されていた場合、再現可能なものでなければならない。だから苦労しましたよ。映像のフェイカーをサンプルにしてそれの表面の変化を推測して阻害する機能を持つ素材と妨害する信号のパターンの検証する必要がありましたからね。とはいえ予想していた通り光学迷彩には電気的なエネルギーが用いられていました。結果として塗料にはその流れを阻害する物質を混ぜ、同時に機体から送られる迷彩の信号パターンを妨害する機能を持たせました」


 苦労したと口では言っているが、別段難しいことではなかったように語る神住に四人の元技術開発部隊の面々は驚きのあまり唖然とした表情を浮かべていた。

 四人を代表してクラエスが口を開く。


「なるほど。確かにそれならば一時的に迷彩の機能を防ぐことはできたと思います。しかし、それではホログラムの投影はどうしたのですか?」

「それに関しては特別何もしていませんよ」

「何だって?」


 どういうわけか今度は天野が驚いていた。


「そもそも迷彩さえ妨害出来ればフェイカーは姿を現わすんです。再び消えるまでの間にフェイカーの外装を大きく破損させることが出来れば、ホログラム投影は防いだも同然」

「どうしてそう言い切れるのですか?」


 神住の言葉を受けてクラエスが更に訊ねてくる。


「あれだけ高精細なホログラムでしたからね。おそらくは現在の機体の状態をそのまま投影したのではなく、事前に取り込んであった映像を投影していると考えたほうが普通です。であれば目の前のフェイカーを投影するホログラムとは異なる状態にしてしまえば無効化したも同然だとは思いませんか?」

「ええ。その通りですね」

「とはいえ、コクピットの内部にいるライダーに別の人物の姿を投影しているとまでは予想していませんでしたけど」


 何てことも無いように付け加えた神住の一言にアドルは眉をピクッと動かした。


「どういう意味だ?」

「皆さんが知るジュラ・ベリーという人物の姿がホログラムによって実際にフェイカーに乗り込んでいたライダーの体に投影されていたんです。しかもそれはライダーをコクピットの外に出してからも僅かな時間は継続していました。ライダーに対するホログラムの投影が切れたのはフェイカーの電源が落ちたからでしょう」

「いや、あり得ない話だ。確かにコクピット内という限られた空間ならばホログラム投影も可能だろう。しかしそれが外部に出ても続くとなると―」

「機体を投影する技術がそのまま使われているのではないのですか?」


 神住の予想を否定したアドルに天野が問い掛けていた。

 アドルは首を横に振り、神住達にそもそもの根底から間違っていると告げたのだ。


「どういう意味ですか?」


 その疑問は当然のことだろう。天野の質問に神住やラナは違和感を抱くことなく、返ってくる言葉を待ち続けた。

 一拍の無音の後、アドラが自身の言葉の根拠を語り始めた。

 それは神住達にとって驚くべきこと。アドラが言ったこと、それは自分達が完成に至らなかった最大の要因のことだった。


「光学迷彩技術も、ホログラム投影の技術も理論として、あるいは極めて小規模な実験の段階では成功していた。しかしそれをジーンの流用することはできなかった。理由は単純だ。ジーンという巨人を動かす上で必要な動力と光学迷彩の装置を動かす動力を合わせた場合、ジーンは巨大なエネルギーパックを装備する必要が出てくる。それではまともな活動などできるはずもない。即ち、わしらはその技術をジーンで使うに至る動力源というものを作り出せなかったというわけだ」


 二十年ほど昔のことであるという事実を差し引いてもそれは現在のジーン開発における最大限の障害と似て重なる部分でもあった。

 高威力、高出力となる装備を作り出すことはできる。しかしそれをジーンが使う装備に落とし込もうとした場合、大抵の技術者はどうエネルギーを工面すれば問題無く機体が動くのかという壁に行き当たる。

 既存の動力炉を用いた場合、それをクリアするための方法は新装備のデチューン、あるいは既存の別の装備の排除が最も効率的な方法となってしまっている。故に実際に新装備として無理なく大抵のジーンに採用されるような武装は年に数えるほどしか世に出ることはなかった。


「だからこそ、私には信じられないのです。フェイカーは光学迷彩の装置を搭載しながら戦闘まで行ったのでしょう。この二十年でそれを可能にするほど高出力で安定した動力炉なんてものが開発されていたなんて話を私は聞いたことすらないのですから」


 未だにアルカナ軍と何らかのパイプが繋がっているクラエスが断言する。

 この場にいるラナという現役のアルカナ軍の兵士も使っているデルガルというジーンは動力源という一点において過去に作られた機体と同規格のものが搭載されていることは少しでもジーンに対する知識があれば知っているような常識だ。


「勿論、当時に比べてエネルギー効率が上昇しているのは確かでしょう。しかし光学迷彩の装置を搭載して戦闘できるほどにまで改善されたとは思えません。それほどまでにエネルギーを消耗するのですよ。私達が作り上げた光学迷彩というものはね」

「では、まるっきり別物であると?」

「先程も言いましたがそれもありえません。見せて頂いた映像や画像で考えれば、使われているのは私達が開発していた技術なのですから」

「つまり貴方は何が言いたいのですか」

「私の立場で言えるのは、過去に私達が廃棄、抹消した技術を現在いまに蘇らせ、なおかつ改良した何者かがいて、それが使われているということだけです」


 今ひとつ煮え切らない言い方をするクラエスに天野が数回詰め寄るも、クラエスは自身の見解を述べるに止めていた。

 淡々と事実を並べていくクラエスを前に天野はどこか納得出来ないというように眉間に皺を寄せていた。

 重い沈黙が流れる。


「皆さんが覚えている当時の技術をデータに起こすことは可能ですか?」


 程なくしてそれを破ったのは緊張感の欠片も無い神住の一言だった。

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