第32話
昔を懐かしむように告げるステファンに神住は無言で耳を傾けていた。
二十年。言葉にすると短いその単語も実際には限りなく重い単語だ。
ジーンに限らず技術の世界は日進月歩。突然のブレイクスルーが起きて急激に進歩することもあるが、そうでなくとも研究者達は日々今日できなかったことを明日にできるようにと研究しているのだ。
そんな世界での二十年というのは出来なかったことがそれ以上に出来るようになるまでの時間としては十分に考え得る時間だった。
重い沈黙を破り天野が問い掛ける。
「実際には作られなかったとしても、その技術の研究データはどうなったんですか? 皆さんが解散した後に破棄されたのですか?」
「軍がデータを抹消したなんてことはありえないわ。何故ならあの時、データを消したのはあたしたちの部隊の専属テストライダーだったジュラ・ベリーなんだもの」
「えっ!?」
思わず声が漏れたラナにステファンの視線が向けられる。
ラナは「失礼しました」と言って素早く視線を下げ、手元のメモで顔を隠した。
「何故、ジュラ・ベリーはそのようなことを?」ラナの代わりに天野が訊ねる。
「そうね。もう二十年も経ったのよね。それくらい話しても構わないのじゃないかしら」
ステファンが目を瞑り考え込んでいるクラエスに聞くと、クラエスはゆっくりと目を開き「そうですね」と呟いていた。
目の前のラナに視線を送り告げる。
「ちょうどアルカナ軍の関係者もここに居るようですから」
目を伏せてメモで顔を隠しているラナに向かってそう言ったクラエス。今度は天野が驚きの表情を浮かべていた。
「気付いていたのですか」
「こう見えて私はまだ軍と太いパイプがありますからね。全員の顔とまではいきませんが、今回の事件の重要人物の顔くらいは記憶していますよ」
自分では隠居した老人と称していたクラエスがあっけらかんといた口調で言い放った。
責めるでもなく事実を告げただけという顔をするクラエスに神住が聞く。
「クビになったというのは語弊が?」
「いいえ。私達は正しくアルカナ軍をクビになったのです。ジュラ・ベリーが起こしたデータ消失事件の責任を取る形でね」
「部隊全員がですか? 失礼ですが、データが消えた以上はそれを復元することが可能である皆さんをクビにするメリットなんて無いように思えるのですが」
「普通ならそうでしょう。しかし私達全員が口裏を合わせて復元することはできないと言ったのです。ジュラ・ベリーが消したデータは唯一無二。復元することも、同じ物をもう一度作ることはできないと。頑として意見を変えない私達に当時の上層部はそれを受け入れるしかなかったのです」
「どうしてそのような嘘を」
「天野さん、それに御影さんでしたね。お二人が感じていることと同じですよ。当時は光学迷彩技術の使用に関する国際条約なんてものはありませんでした。ですが、私達はそれを完成させてすぐに直感しました。これはあってはならない技術なのだと、確実に争いの種になると。
今でこそアルカナが完成して百年ほどが経ちましたが、当時はまだ八十年ほどしか経ってなかった。アルカナが完成する前の人同士の大規模な争いを知る人もほんの僅かですが生きていた時代です。彼らにとってジーンは自分達を守る存在でありながら、他を脅かし自身を優位に立たせることができる武器でもあったのです。
ジーンの姿を完全に隠すことができる技術ができてしまった。
強力なジーンの武器が開発される度に極々僅かですが現われるのです。それを使い他のアルカナを襲撃して自分達を豊かにしようと考える馬鹿な人達が。そんな人達が完璧な迷彩技術を放っておくと思いますか?
姿が見えなければ襲ったのが自分達ではないと
仮にその技術を両方の陣営が獲得したとき、起こるのは昼夜を問わない争いです。
それでは一世紀を遡り、再び人の最大の敵は人になってしまう。曲がりなりにもオートマタという共通の敵が現われたことにより表立った人同士の争いが減少したこの時代に」
長く真剣なクラエスの言葉に神住と天野は深く頷いていたがラナだけはどこか信じたくはないというように顔を伏せてしまっていた。
「だから隠したというわけですか」
「ええ。当時はそうすることが一番だと部隊にいた全員で決めました」
「ジュラ・ベリーさんが死亡したのは何故ですか?」
「それは単純な車の事故ですよ。ジュラは退役後、街で車の送迎の仕事をしていました。当時は今ほど自動運転が普及していなかったために、今よりも自動車の事故というものも多かったのです」
「その事故が事故では無かった可能性は?」
「どうでしょうね。当時調べていれば何か分かったのかも知れませんが、生憎と全員が軍を離れて新たな人生を歩み出したばかりの頃でした。軍にいたときのような本格的な調査を行う余裕は時間的にも金銭的にも体力的にもない時でしたから」
まるで過去を悔いているような口振りのクラエスの隣に並び座っている三名もまた同じように過去を思い出しているようだ。
重い沈黙を破るように神住は再び資料にあるフェイカーの写真を指して問い掛ける。
「もう一度だけ聞きます。本当にこのフェイカーというジーンに関して、皆さんが知っていることはないのですか?」
さっきと同じ質問だが、今度は単純に聞いたのではない。クラエス達が研究していたことを知り、それをフェイカーというジーンに結び付けて問うたのだ。
言外に秘められた意味合いを感じ取ったのかクラエスは脱力したように椅子の背に体を預けた。そして目を瞑り、組まれた手に力を込めながら答える。
「このフェイカーというジーンは知りません。しかし、このジーンが搭載していたとされる技術は当時、私達が開発していたもので間違いないでしょう」
元技術開発部隊の四人を除く神住、天野、リタの三人が同時に息を呑んだ。
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