第31話

「それで、私達に聞きたいことがあるとのことですが?」


 全員が席に着き最初に話したのはクラエスだった。他の三人は表情一つ変えず、神住達の返答を待っている。

 天野が隣に座る神住に視線を送ってきた。どうやらここでの会話を主導するのは神住の役割だと捉えているらしい。ギルドの役員である天野が話を聞こうとすれば先程までの繰り返しに取られかねないと考えたようだ。

 それならばと神住は敢えて事件の真相の調査よりも自分が知りたいと思っていることを聞くことにした。


「では俺からいいですか?」


 念の為に了承を取ると、四人は構わないと頷いて応えた。


「まず、皆さんはここに映っているフェイカーというジーンに見覚えはありますか?」

「えっと、アルカナ軍が使っているデルガルという機体ではないのですか」


 所持している自身の端末にフェイカーの画像を表示して、それを見せながら神住が問う。

 神住の質問は四人の老人にとって最初の質問と予想していたものとは違ったのだろう。一瞬だけ戸惑うような表情を浮かべるもすぐに元の表情に戻りクラエスが代表して答えていた。


「違います。皆さんが見ても一目瞭然だと思いますが、これはデルガルではありません。その皮を被った全くの別のものです」


 持参してきた資料の一つ。数枚のフェイカーの写真を見せながら断言する神住に一際大きく反応したのはアドルという男。しかし何かを言うのではなく、他に比べて大きく表情を変えただけでそれ以上何も答えなかった。

 とはいえ次の質問を投げかけるでもなく、四人の返答を待っている神住を見て、トールはわざとらしいほどにあどけた様子で、


「いやはや、流石に現役を退いてからジーンというものには触れてこなかったものでね。写真を見ただけじゃわからないよ。そりゃあね、ニュースやなんかでは見ることはなくは無いですけどね。繰り返すようだけど、こんな写真を見ただけじゃさっぱりですよ」

「ですが、貴方達は優秀な技術開発部隊だったと聞きます。全くの一般人というわけでもないでしょう。どんなに小さなことでも構わないんです。これを見て何か気付いたことがあれば教えてもらえませんか?」


 飄々としたトールに知らないと言われるも神住は穏やかながらも強い口調でさらに問うていく。


「……何が知りたい」

「アドルさん?!」


 不意に口を開いたアドルにステファンが驚いたというようにその名前を呼んだ。


「トールが言ったように、わしらは現場を退いて長い。きみ達が知らず、わしらが知っていることなど殆どないようなものだ」

「それでも構いません。俺も技術者の端くれ。自分が知らないジーンについては興味があるんですよ」

「ほう。技術者というか」

「俺が使っているジーンは自分で作り上げたものですから」

「なるほど。だが、一人で作り上げたわけではあるまい」

「そうですね。勿論、トライブの整備チームの人の手も借りていますよ」


 神住の発言の真偽を理解している天野は表情に出さないまま心の内で「嘘だな」と断じていた。確かにトライブの整備員の手を借りているのは事実。しかし、実際に神住が乗るジーンであるシリウスを製作したのは神住一人。それを可能とする特別で大掛かりな設備がある施設の存在も天野は知っているのだ。

 アドルと神住によるジーン談義が続いている。

 その中にはジーンの根幹に関することも含まれていたが、確かに本人達が言うようにアドルの指摘する部分や知識は少しだけ古い。流石に二十年も前のままアップデートしていないというわけではないようだが、それでも最新の技術には追いついていない。

 二人の話を聞きながらこの人達が関わっていると考えたのは間違いだったかと思い始めた矢先、神住は会話のドサクサに紛れて別のことを聞いていた。


「わしらが技術開発部隊で行っていた研究だと?」

「はい。今もこうしてジーンに対して造詣が深い皆さんです。以前に行っていた研究はそれはもう当時最先端のものだったのでしょう。よろしければそれを俺に教えてはもらえませんか?」


 そう言い切った途端、クラエスの表情に変化が見えた。

 言おうかどうか迷っているというよりも、そんなことを聞いてくる神住を警戒しているかのような表情だ。


「いや、それは…」

「時間が経っているとはいえ、軍での研究は口外してはならないことになっているのよ。ごめんなさいね」


 歯切れの悪くなるアドルをカバーするようにステファンが助け船を出してきた。


「そうですか。では、俺の話を聞いてはもらえませんか? 内容は、そうですね。このフェイカーに対する俺の私見では如何ですか?」


 困ったような笑みを浮かべているステファンとバツが悪そうに下を向いたアドル。変わらぬ警戒を向けてくるクラエスと冷や汗を描き始めたトール。四者四様の態度を見せながらも、誰一人として神住の話を止めようとはしなかった。

 人知れず神住の瞳に獰猛な獣のような光が宿る。


「まずこのフェイカーが持つ特別な機能。それは高精度な光学迷彩と場所を選ばない高精細なホログラムの投影」


 ギルドだけじゃない。アルカナ軍や警察が持つ資料にも記されていることでありながら半ば箝口令が引かれているも同然の情報を平然と口にする神住に天野を挟んだ向こうに座るラナがギョッとした表情を浮かべた。


「正確なシステムの詳細までは分かっていませんが、それこそがこのフェイカーというジーンがアルカナ軍の駐屯地を襲撃する際に使用していたものであり、フェイカーの持つ機能で最も警戒すべき機能なのは間違いないでしょう」


 そこで区切り神住は目の前の四人に視線を向けた。

 一度息を吸い込んでから再び言葉を続ける。


「おそらくアルカナ軍はその再現を試みるはずです。例え国際条約によって禁止されているとしてもそれ自体が存在するならば、それに対して無知のままでは自衛することすら叶いませんからね」

「自衛、で済むのでしょうか?」


 重く、そしてどこか怯えたような声色でクラエスが問い掛けた。


「そうはならないと?」


 天野がそっと聞き返す。

 被りを振ってクラエスが続ける。


「人は愚かではありません。ですが、賢くもない。目の前に置かれた誘惑を確実に断ち切れる者などそうはいないのではないでしょうか」

「確かに。解析の結果、再現できると判明した段階で開発を止める確証はありません。しかし、一度作られてしまったものは作られる前には戻せません。“ある”と前提した上で考えることが重要だと私は考えています」

「やはり、皆さんが技術開発部隊で研究していたのはこのフェイカーが搭載している光学迷彩とホログラム投影だったのですね」


 ゆっくりと確証を得たというように言い切る神住に、目の前のクラエスは項垂れるように首を縦に振った。


「完成させていたとは驚きです。それも二十年も前に」


 本心から出た天野の一言に今度はトールがそれまでの飄々とした雰囲気とは異なる重々しい雰囲気でぽつりと呟くように答える。


「残念ながら完成には至りませんでした。まあ、だからこそ俺達は技術開発部隊をクビになったんですけどね」

「それはどういうことですか?」


 予想外の一言に天野が思わず聞き返している。


「言葉の通りですよ。理論はできたんです。しかし、それを作り出す技術は当時の俺達にはありませんでした」

「そうね。あの時代は今ほど技術が発達してはいなかった。ましてジーンという巨体全てを覆うほどのホログラムの投影も、その全身を隠してしまうほどの迷彩技術なんてものも、実際に作ることなんてできなかったのよ」


 抱いているのは後悔か、それとも安堵か。ステファンは声のトーンを落として言ったのだった。

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