第30話
テーブルの上の書類に三人の署名があることを確認して水戸は一言「失礼します」と告げてソファから立ち上がり部屋から出て行った。
三人が部屋に残され、真っ先に口火を切ったのは天野だ。
「では、これからの具体的な方針について話し合うとしようじゃないか」
「手掛かりひとつない状況でオッサンが丸投げしてきたわけじゃなさそうで安心したよ」
「と言っても目を惹く新情報が手に入ったというわけじゃないんだがな」
「はあ?」
「やはり今回の一件で一際浮いて見えるのはこのジュラ・ベリーという男だと私は思う。そもそもな話、ルーク・アービングがフェイカーから引きずり出された時にジュラ・ベリーの姿をしていた理由が分からない。自分の姿を偽装することが目的なら何もその男の姿を使う必要は無かったはずだ」
「つまりそこに俺達が知らない必然性があると?」
「でなければ説明が付かないだろう」
「かもな」
神住が嘆息混じりに肯定する。
「とりあえずはもう一度ジュラ・ベリーについて調べてみるってことでいいのか?」
「ああ。安心しろ。それに関しては既に元技術開発部隊だった人達をギルドに呼んで集めてあるぞ」
「はい?」
「流石に全員というわけにはいかなかったがな。それでも話を聞くだけなら十分なはずだ」
「いや、そういうことじゃなくてさ。流石に手際が良すぎない?」
平然と言う天野に神住は首を傾げながら問い掛けた。
「まあ、タイミング良くギルドで面会する予定があったというだけなんだがな」
「……どんなタイミングだよ」
「簡単なことだ。以前、
「ギルドはどこまで話すつもりなのですか?」
つらつらと淀みなく答える天野に顔を顰めるラナが訊ねていた。
「アルカナ軍が秘匿している情報もあるのにか」
「そうです」
「現時点でギルドが秘匿すべきことは何もないと考えている。元々ジュラ・ベリーと同じ部隊にいた人達だ。ニュースで流れたフェイカーの姿を見ただけでそれが何を積んでいるのか大方の見当は付いているだろうさ。変に隠し立てしたところで意味は無い、違うかな?」
「それは、そうかも知れませんけど、しかし……」
「そもそも彼らがギルドに来たのはことの信憑性を確認しに来たと考えて間違いないはずだ。となれば変に隠し立てするよりも、彼らが持ち未だ外部に告げていない情報を聞き出すことの方が大事なんじゃないのかね」
技術者ではなく、ギルドの上層部の一人としての顔で天野が言い切った。
アルカナ軍とギルドで立場が異なっている現時点ではラナが天野の提案を止める根拠を示すことはできない。それでもと、軍の機密に当たる情報は秘匿して欲しいと懇願するので精一杯だ。
互いの立場の違いは天野も理解しているようで、間髪入れず「わかっているさ」と答えていた。
「さて、そろそろ行こうか。連絡入れてあるとはいえ、彼らに応対しているのは私直属の部下じゃないのでね。間違って帰してしまっては二度手間になってしまう」
笑みを浮かべている天野に連れられて神住とラナはエレベーターを使いギルドの別の階層へとやってきた。小規模な会議室と応接室が並ぶ、謂わば来客用の階層だ。その内使用中である部屋には文字通り『使用中』の札が掛けられ、空いている部屋は扉すら閉められていない。
「ここだ」
天野が立ち止まったのはまさに使用中の札が掛けられている第二会議室。その中から数名の話す声が漏れ聞こえてくる。
「失礼します」
数回ノックしてから扉を開けて天野が部屋に入っていく。神住とその後に続くようにラナが第二会議室に入っていった。
この時のラナの服装はギルドの職員の制服へと替わっていた。眼鏡を掛け、黒髪のカツラも被っている。天野曰くアルカナ軍だとバレないための変装とのことだが、それ以外にも目的があるように神住は感じていた。
今回の事件、一応の犯人として捕まっているのがルーク・アービングという青年で、ラナ・アービングはその姉だ。曲がりなりにもここに集まっているのは元アルカナ軍の人達。既に引退しているとはいえ全くの一般人と同じように考えていたのでは足下を掬われるかもしれない。万が一彼らが捕まったルーク・アービングのことを知っていた場合、ラナの顔も知られている可能性もあるのだ。
ラナを見て何か警戒を抱かせてしまうかもしれない。無駄になる可能性が高いとしても警戒せずに不要な確執を生むよりはましということだろう。
「私は東条天野。ギルド第三管理部部長を務めている者です。そしてこちらは今回の事件の調査と解決に協力をして頂いているトライブ、ニケーの御影神住」
「初めまして」
「彼の隣にいるのはレリアという私の秘書です。ここでの会話の記録のために同席することを了承してもらいたいのですが」
ギルド役員としての顔で天野が話を切り出した途端、部屋のなかにいる人の視線が神住達に集まった。
会議室にある備え付けの椅子に腰掛けているのは妙齢の男女が四人。品の良い女性用の礼服を着た穏やかそうな雰囲気を纏った老婦人。休日のお父さんのような服を着た恰幅が良く気のよさそうな笑みを浮かべている男性。気難しそうに腕を組み、まるで神住達を値踏みするかのように睨み付けている作業着を着た男性もいる。
そして残る一人。どこかの会社の重役かと思わんばかりに高級時計や高級そうなスーツを纏った男がすっと立ち上がると「構いませんよ」と言って握手を求めるように手を差し出してきた。
それに応えたのは天野だ。
「有り難うございます」とにこやかに手を握る。
「こちらも自己紹介をした方が宜しいですかな?」
まっすぐ神住達の顔を見てスーツを着た男が言った。
微かに振り向いた天野は神住が頷くのを見て「お願いします」と答えると、男は自身のスーツの胸ポケットから名刺を取り出して天野と神住に手渡した。
「私はクラエス・バドソン。以前アルカナ軍技術開発部隊に在籍していました。今は、そうですね。私が起こした会社を息子に任せ悠々自適な生活を送っているただの老人と言ったところでしょうか」
「あら嫌だわ。バドソンさんがただの老人だなんて言ったらあたしはどうどうなっちゃうのかしら?」
「貴女は」
「あたしはステファン・トルート。今は孫の世話を見るのが生きがいになっているのおばあちゃんよ」
人当たりの良い笑みを浮かべてステファンが言う。
「俺はトール・ガンデファ。大きなパン屋っていうパン店をやっているよ。商業区じゃなくて居住区にある小さな店だけどね、味は間違い無しだから、今度買いに来てよ」
恰幅の良い男性――トールが店のチラシのようなものを神住に手渡した。
「わしはアドル・
ぶっきらぼうにそう告げるアドルに天野は笑みを返しながら「よろしくお願いします」と言った。
全員が自己紹介を終えると天野は四人に再び座るように促してその向かいに神住達三人も腰掛ける。
事前に何らかの話し合いが行われていたのだろう。テーブルに置かれているタブレット端末の電源が入ったまま。
何気ない仕草でそれを取り、表示されている画像に目を向けると神住はタブレット端末を慣れた手付きで操作していた。
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