第29話
「今のアルカナ軍では事件の真相を解明するよりもフェイカーが使っていた技術の再現の方が重要視されているんです」
意気消沈したままのラナが言い放った。
「いや、だが……」
先程の自分の言葉を思い出しながら神住が天野の顔を見ると頭を振りつつ目を伏せていた。
「技術者でもなんでも無い軍の上層部は御影ほど理解が良くないということだ」
「だとしても、技術者達は不可能だって言わなかったのか?」
「軍は完全な縦社会だ。上の者が白だと言えば黒いものでも白くなる。それに技術者の全てが不可能だと言うとは限らない。そのうちの何名かでも可能だと、あるいはその可能性があると言えば、上層部が取り合うのは大抵がそういう言葉の方だ」
断言する天野に神住は大きな溜め息を吐いた。
「幸いなのは神住の見立て通りなら再現の可能性が低いということか。いや、彼女にとってはそれも不幸か」
「どういう意味ですか?」
ラナに代わって隣に座っている水戸が聞き返した。
「ライダーとジーンの制作者が違うのは一般的なことだ。そうなのだとしてもライダーは自分が乗るジーンについてある程度の知識があるのが普通だ。つまり逮捕されたルーク・アービングが何かしらの情報を持っている、あるいは隠していると思われても仕方ないというわけだ」
「でも…」とラナが表情を曇らせる。
「軍が光学迷彩の再現に躍起になっているのだとすれば、そんな人物を易々と見逃すわけがない。何かしら理由を付けて拘束し続けることになったとしても何も不思議はないな」
淡々と答えた天野をラナが心細そうに見る。
自分の言葉を否定する素振りを見せないからにはラナも同じように思っているのだろうと判断して天野は話を続ける。
「ルーク・アービングを解放する手段はただ一つ。彼が今回の襲撃に関与していないと誰の目にも分かるように明らかにすること。それにはフェイカーの情報を持っていないとアルカナ軍に分からせることも含まれる」
「その技術というのをアルカナ軍に再現させてはいけないのですか?」
やりたいのならばさせてしまえば良いのだと水戸が問う。
「仮に再現させたとしてもルーク・アービングの開放には繋がらないだろう。仮にルーク・アービングの証言によって再現したとすれば、彼が秘匿情報を持っているとされてより長期間拘束されることにもなりかねん」
「真犯人を確保すればいいのでは?」
「それだけでは足りない。今のアルカナ軍が欲しているのは光学迷彩技術の再現に繋がる情報だ。だとすればもはや真犯人の正体などそこまで重要視していないだろう」
「そんな…」
驚く水戸の隣でラナが暗い表情をして微かに頷いていた。
「尤も、真犯人がその情報を持っているという確証があれば別だろうがな。とはいえだ。こちらにとって真犯人の確保は最低限クリアすべき条件であることには変わらない」
何かを訴えるように天野が神住を見た。
「まだ受けるとは言っていないんだけど」
「御影は受けるさ」
「どうかな?」
「御影は自分が関わった事件をこんな所で投げ出したりはしないだろう」
確信しているかのように言い切る天野に神住は微笑み返す。
「真犯人の確保が目的の一つであることは確かだが、その道中にはフェイカーについて調べることも必要となってくるだろう。そうだな。敢えて御影を挑発するように言うのならばだ、御影が気になるのはそっちじゃないか?」
「気にならないといえば嘘になるけどさ」
「それにこの依頼主はアルカナ軍だと言っただろう」
天野がラナに視線を送る。
「そ、そうです。私の上司からもこうして書状を預かってきています」
ラナが上着の内ポケットに仕舞っていた一通の封筒を神住に手渡す。
「読んでください」
「あ、ああ」
事前に天野達にも見せたのだろう。既に封が開けられている封筒から折り畳まれた便箋を取り出して広げる。
習字のお手本のような綺麗な文字で記されたそれを読んでいく。
文字を追って目線が動く神住の隣で天野が要点を言葉に出した。
「アルカナ軍の上層部には例の光学迷彩を是としない者も少なくはないようだが、執着しているのがアルカナ軍副長官であるが故に一部隊の上官程度が表立って反対したとしても潰されてしまうらしい。だからこそ外部に副長官を止めるだけの根拠を集めて貰いたいとのことだ」
「その一歩目が真犯人の確保ってことか」
「後は光学迷彩技術の再現が出来ないという証拠だな」
「それならオッサンが作っているデタラメな設計図が使えるんじゃないか?」
「いや、それを使うにしてはフェイカーの残骸がアルカナ軍にあることが良くない。仮に私が作ったそれを真犯人の元から手に入れたとするのならば、そこにあるであろう現物との差異は無視するわけにはいかない」
「すぐに偽物ってバレるってわけか」
「その可能性が高いということだ」
神住は更に手紙を読み進めていく。
すると神住は次第に表情を曇らせていき、几帳面にも折り目の通りに手紙を畳むと封筒に戻してラナへ返した。
「知りたくなかった」
手紙の最後の方にあったのはアルカナ軍の勢力図の概要と光学迷彩技術を再現してしまった場合に予測されるアルカナ軍の行動に対する危惧だった。
その最たる理由がこの再現に躍起になっている副長官の思想。上昇志向といえば聞こえがいいが、その人物は他から見ても野心が高い人物であったらしい。その野心によってアルカナ軍の副長官にまで上り詰めることはできたが、当然のように上には上の人がいる。
現実を目の当たりにして打ち拉がれてくれれば良かったのだが、何故が彼は更に自分が上に行くための手段を集め始めたらしい。とはいえそれは現実的なことではない。夢想事だと軽視されていた所に今回のフェイカーが現われた。それは燻っていた思想に火を付けるには十分な燃料で、間が悪いことにそれに賛同する人もちらほらと現われたのだという。
早々に何らかの理由を付けて対処すれば間に合ったのかもしれないが、困ったことに副長官らの行動の方が早かったらしい。
斯くして無視できない脅威に繋がる可能性がアルカナ軍の内部に生まれたのだ。
それを阻止するためにはっきりと副長官の意思を折る必要がある。
自分達の手でそれをすれば内部の政治により行われたと考えるだろう。それでは意味が無い。あくまでも外部によってもたらされた偶然の結果によって意思を折る必要があるのだと。
「自分達のことは自分達でどうにかしろよ」
言わずにはいられなかったその一言にラナは「すいません」と深く頭を下げていた。
「まあ、何がともあれだ。これで御影も知った以上、無視するわけにはいかなくなっただろう」
「あのなあ、俺達はあくまでもジーンを使った戦闘屋だぞ。真犯人の確保とか、誰かの意思を折るとかそういうことは門外漢だ」
「わかってます! 私も手伝いますから…その……」
「極秘裏に警察にも協力は取り付けてある」
言い淀むラナに代わり天野が告げた。
「仕込みは終わってるってことか」
「御影にこの話を持っていくと決めた時にはな」
「これで俺が断ったらどうするんだ?」
「全部無駄になってしまうな。そうなるとアルカナ軍や警察に対するギルドの印象も悪くなるだろう」
「俺のせいでか?」
「そう聞こえたのならそうかもな」
シニカルに笑う天野に降参としたというように神住は両手を挙げた。
ほっとしたようにラナが密かに胸を撫で下ろしている。
既に準備を終えているのか、水戸が流れるような動作で鞄から書類を取り出した。
「では皆さん。こちらに署名をお願いします」
規定の書式で記された書類に神住、天野、ラナの署名が書き込まれていく。
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