第28話

「どう思う?」


 モニターから視線を外さずに神住が問い掛けた。


「この青年を捕えたことで昨日の襲撃は起こらなかった。それは紛れもない事実だ」

「だけどそれはフェイカーが破壊されたからだとも言える」

「ライダーの逮捕とジーンの破壊。そのどちらかでも成されたのならば当然、襲撃事件は起こらないか」

「今回はそれが偶然に同じタイミングでできただけなのだとしたら」

「だが、それだけではこの青年が犯人ではないという確証にはならないぞ」

「わかっているさ。だからアルカナ軍が取り調べをしているんだろ」


 穏やかな口調ながらも強固な態度でルークに繰り返し質問するアルカナ軍の男。

 仮にルーク・アービングという青年が真実のみを語っているのだとしても、それを確かめることはその場にいない神住達には出来ないことだった。


「真実を明らかにするにしても時間は掛かる、か」


 モニターを見つめ気の毒そうに独り言ちる天野。

 ルークを捕えたことで次の襲撃が起きなかったという事実がある以上、アルカナ軍はこのままルークを開放するとは思えなかった。


「このルークって人からすれば次の襲撃事件が起きた方が良かったのかもしれないな」


 何気なく神住がそう呟くと天野は一瞬不快そうな顔をしたが、何かを考えるような素振りをした後に頷き「そうだな」と肯定していた。


「意外だな。オッサンがそう言うなんてさ」

「確かにそうなれば襲撃犯は別人だとされた可能性もあるにはある」

「可能性だけなのか?」

「共犯がいたとされることも、模倣犯が出たとされることも十分に考えられるだろう。その場合、彼は釈放されることはない」

「ああ。そうだな」


 ルークが開放されるにはやはり真相が解明されることが一番の近道になるだろう。問題はその為に動く人がどれくらいいるか。

 目を伏せて、思考を切り替える。

 神住じぶんの役目は終わった。ここから先は警察やアルカナ軍の仕事だと思うことにしたのだった。


「で、今日、俺を呼んだ理由は何だ? この仕事の報酬ならいつも通りにニケーの口座に振り込んでくれるだけで良いんだけど」


 変わらずにモニターから聞こえてくる取り調べの声を無視して神住は天野に訊ねた。


「既に報酬は振り込んであるからいつでも確認してくれて構わないぞ」

「そうか。だったら、別の用事ってことだよな」

「ああ。御影、君達ニケーに仕事を頼みたい」

「またか」


 神住の目を真っ直ぐ見つめつつ天野が真剣な面持ちでそう告げた。


「今この仕事が終ったって話をしてたよな」

「わかっているさ。だがな、御影に頼みたい仕事というのはこれと無関係ではないんだ」

「ちょっと待て。まだ俺をこの事件に関わらせようってのか」

「少し違う。俺ではなく俺達ニケーだ。関わる、ではなく、御影達ニケーにはこの事件の解決を頼みたい」

「はあ?!」


 驚愕する神住を余所に天野は立ち上がり自身の机にまで移動してその上にある備え付けの内線機に触れると「呼んでくれ」と告げた。

 暫く後に部屋の扉をノックする音がする。

 「入ってくれ」と天野が答えるとドアが開き、そこに立っていたのはニケーを担当しているギルド職員の水戸ともう一人、別の女性。


「あんたは……そうか。そういうことか」


 見覚えのある女性の来訪に神住は天野が自分に任せようとしていることの大筋を理解したような気がした。


「依頼主のラナ・アービング少尉だ」


 彼女達に入室を促す素振りをしながら神住にそう告げる天野。


「ギルドに依頼が来たってだけじゃないんだな」

「そうだ。ギルドではなく、御影達ニケーを指名した依頼だ」

何故どうしてだなんて、聞くだけ野暮か」

「戦場で御影の戦いぶりを目の当たりにしたからというのも理由の一つらしい」

「それはそれだろ。言っておくが、俺は警察でも探偵でもないんだぞ」

「御影達ならばと思う気持ちはわからんでもないがな」


 然もありなんというように言ってのける天野を神住は軽く睨み付けた。

 天野は掛けてくれと二人を神住と対面するソファに促し、それと同時にモニターの電源を消していた。


「個人でギルドに指名依頼をするなんて随分と思い切ったな。結構高く付いたんじゃないか?」


 緊張しているラナに神住が軽い口調で話しかけた。

 ギルドに仕事を依頼することそのものは個人であろうとなかろうと可能だ。しかしギルドがジーンを用いた事柄に対応する組織である以上、それは一般的な企業に仕事を依頼する時よりも高額になってしまう場合が多い。

 そもそもジーンを用いる事柄というのは大抵が戦闘を含んでいるものであり、アルカナの内部よりも外部での仕事が大半を占めていた。であればこそ個人からの仕事の依頼が稀であることは言わずもがな。

 ギルドに所属するトライブの基本的な仕事であるオートマタの討伐は誰に依頼されるわけではない。報酬を得る手段として討伐し回収したオートマタの売却という方式を取られているのは、依頼が無ければ討伐に行けないなんてことが発生しないようにするという目的があるのと、トライブの運用に掛かる費用がおよそ個人では支払える額ではないことがその主な理由だった。

 それだけにラナが個人で依頼を持ち込んだことは珍しい。何か理由があるのは明らかだというのに、重々しい空気を纏ったラナは何も答えないまま俯いたままだ。


「今回の依頼でラナ・アービング少尉が個人的に支払う金額は無い」

「どうしてさ」

「実際はアルカナ軍からの依頼だからだ。尤も非公式ではあるのだがな」


 神住の隣に天野が座り、ラナの隣に水戸が寄り添うように腰掛けてから話し合いが始まった。


「一応形式的にはラナ・アービング少尉の依頼というように話を進めるが、構いませんね?」

「はい」

「依頼の内容は今回の襲撃事件の真相の解明。間違い無いですね」

「はい」

「だからちょっと待てって。それは警察やアルカナ軍がやるんじゃないのか?」


 小さく答えるラナと淡々と話を進める天野の間に神住が割って入った。


「表面的にはするだろうな。だが、真剣に真相を解明しようとはしないはずだ。少なくとも次の襲撃事件が起こらない限りは」


 はっきりと告げる天野の言葉を聞いてラナは表情を曇らせて頷く。


「アルカナ軍はルークの逮捕で今回の襲撃事件を終わりにしてしまいたいみたいなんです」

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