第27話
第七駐屯地襲撃から三日後。
これまでならば襲撃が予測されていたその日、それぞれの駐屯地は何事もなく平穏に包まれていた。
更にその翌日。神住は天野と共にギルドの一室で真剣な面持ちをしてモニターを見つめてた。
モニターに映し出されているのはどこかの部屋の様子。
簡素なパイプ椅子に座らされている青年は後ろに回された手首に手錠を掛けられて拘束されている。その向かいにいるのはアルカナ軍の制服を着た屈強な男。そしてその男の後ろには別の男性が二人、扉を塞ぐように立っていた。
「あれがフェイカーのライダーか」
「ああ」
「想像していたよりも若いな。御影くらいの
天野がちらりと神住を一瞥して呟きつつ事前に用意しておいた青年のデータが記されている資料に目を落とす。
「先々月二十歳になったばかりか。それに一人の隊員の身内でもあると」
「みたいだな」
先の戦場で青年に駆け寄っていったラナ・アービングの姿を思い出しながら神住は答えた。
「それよりも、ここに書かれていることは本当なのか? この男がコクピットから引きずり出された時はジュラ・ベリーの姿をしていたというのは」
「ああ、本当だ。俺も自分の目で見たからな。間違いはないさ」
「どういうことだ? というか、どうやって?」
「多分、ホログラム投影技術の転用だろうな。俺にフェイカーの残骸を調べさせてもらえるのなら何か分かることもあると思うけど」
「悪いな。今フェイカーの残骸を管理しているのはアルカナ軍だ。調査も解析もアルカナ軍の専任の部署がやるだろうからな、こちらが手を出すことはできない。そもそもギルドは今回の襲撃事件では半分外野のようなものだ。後から結果くらいは知らされるだろうが、それもどこまで開示されるかわかったもんじゃない」
天野が手元の資料を捲っていく。そこにはアルカナ軍が回収したフェイカーの残骸を解析した結果が記されている。だが、その多くは“現時点では不明”とされており、性能面についてはっきりと判明した事など何もなく、せいぜい元の形状に近付くように格納庫の床に並べられた破壊されたパーツが映る写真が推測の材料になるかもしれないといった程度だ。
そもそもこの資料自体が極秘書類とされていて、本来ならばアルカナ軍の外部に流出するような代物ではない。天野がそれを平然と所持していることはまだしも、神住に見せているのは彼がフェイカーと対峙した当人であり、また他を卓越した技術者であることを熟知しているからに他ならない。
加えて開示されていない性能面に関しても例え写真数枚であろうとも神住ならばある程度は予測できるだろうと期待していることも確かだ。
「何か分かるか?」
写真を見つめている神住に天野が問い掛ける。
多少の期待が込められていたその問いに返ってきたのは「さっぱりだ」という何とも肩透かしな返答。
虚を突かれたような表情を浮かべる天野を前に神住は資料から写真を取り外すとテーブルの上に並べ始めた。
「写真に映ってる残骸は本物だと思う。けどさ、その中身を撮った写真はここに一枚もない」
「戦闘で御影が破壊したからではないのか?」
「いや、流石にここまで粉々になるまで破壊しないって。それこそコクピット付近は比較的無事だったはずだし。後はそうだな、斬り飛ばした四肢とか」
思い出しながら言葉を選ぶ。敢えて斬り飛ばすことで無事なパーツを多く残そう戦い、事実その通りに戦った神住はトントンとテーブルの上の写真を指で叩きながらいった。
「自爆した動力部は完全に焼失しただろうけどさ、残された残骸を全て並べたのならここまで抜け殻みたいな状態になっていないさ。多分アルカナ軍がギルドに渡す資料用の写真を撮るときに
破壊されて歪む
「アルカナ軍は光学迷彩技術を使うつもりだと思うか?」
天野が危惧していることはこれだ。
他のアルカナとの戦争に繋がる怖れのある危険な技術。出来ることならばそれが存在していたという事実を完全に秘匿したいと考えている天野にとって、一部の事実が隠された写真は抱いた疑惑に真実味を持たせるものだった。
「どうだろな。使うつもりがあるのかは知らないけどさ、実際に使えるようにするにはまだかなりの障害が残っているはずだ」
「障害?」
「そもそもアルカナ軍はそれの仕組みを解明することさえできないんじゃないか」
「どうしてそう思う?」
「あの時に俺が見た限りだと、光学迷彩の装置があったのは
「そうか」
「流石にフェイカーの制作者が同じの機能を持つジーンを作れば再現できると思うけどさ、アルカナ軍が昨日今日でそれを再現することは不可能だと思う。そもそも光学迷彩を使うための動力もアルカナ軍は持っていないからさ」
デルガルという量産機はシリウスのようなワンオフ機みたいに特定の機能を持つことを想定した作りをしていない。量産機にも特別な機能を持つ装備を取り付けることは可能だが、それではワンオフ機の劣化版になってしまうだけ。
今回の光学迷彩が消費するエネルギー量を予想すればデルガルという機体でそれを運用しようとすること自体が無理な話だ。
「動力、か。フェイカーが光学迷彩を使えていたのはその問題をクリアしていたから可能だったのだろう?」
「どうかな」
「ん?」
「フェイカーが積んでいた動力炉は確かにデルガルよりは高出力だったと思う。けど、それが安定しているかと言われれば微妙だった。俺が見た感じだとフェイカーは一度の戦闘で動力炉を使い捨てるつもりだったとしか思えないんだ」
「使い捨てのジーンか。成る程な。確かにそれは現実的な代物ではないか」
「試験的に機能を搭載するテスト機ならばまだしも、正式に使うにはコストが掛かりすぎる。それにさ、最後にフェイカーは動力部を過暴走させて自爆したも同然だったからな。危険すぎるだろ」
「まともな感覚ならば敢えて使おうとは思わないということか」
「多分ね」
だとしても調べてみたいと考えてしまうのは技術者の
いつしか神住も天野もアルカナ軍の技術者を責める気持ちにはなれなかった。
二人共が技術者の端くれ。使う事はない、使ってはいけないと知りつつも目の前にそれがあれば、どんなに駄目だと言われても実際に手を伸ばしてしまったかもしれないのだから。
「再現される可能性はどれくらいだ?」
念のためというように天野が問い掛ける。
「殆どゼロ。まあ、今後何かしら類似した迷彩技術は開発できるかもしれないけどさ、それは今回のフェイカーとは別問題だと思ってもいいんじゃないか」
「そうか」
神住一人に可能性が低いと断定されても実際にアルカナ軍内部には何の影響も及ぼさない。しかし、神住の腕を知っているからこそ天野にとってその言葉は安心を得るに足るものだった。
『もう一度聞かせてください。君があのジーンに乗っていた理由は何ですか?』
写真を見ながら話をしていると不意にモニターから質問する男の声が聞こえてきた。
知らぬ間に現われたスーツを来た四十代くらいの痩身の男が屈強な男に代わり青年に話しかけたようだ。
『何度も言っているだろ! オレはシミュレータに乗り込んだだけだったんだ。なのにどうして――痛っ』
手錠によって拘束されていて腕を動かせない青年は、激昂し前のめりになりながらもスーツの男に反論していた。
その際、頭の傷が痛んだのか、僅かに表情を歪めた。
青年の頭には包帯が巻かれ、よくよく見れば着ている簡素なシャツの袖の内側にも巻かれた包帯がちらりと覗えた。
『その傷が何よりの証拠だろう。君は間違い無くあのジーンに乗り込み、我々、アルカナ軍を襲撃していた』
『嘘だ…』
『君がコクピットから救助された時の画像だ』
『嘘だ!』
『これは君だね』
画像に写るコクピットから青年が救助されるときの様子。それを目の当たりにすると青年は俯いてしまう。
『あ、ああ。そう、だけど、知らない……オレは何も知らない!』
『この時、君のお姉さんであるラナ・アービング少尉もその場に居合わせている。彼女も君を本人だと断言しているよ。ルーク・アービング君』
『う……あ………』
リアルタイムに取り調べの様子を中継しているモニターに映る背中を丸め項垂れるルーク。
彼を見つめている神住と天野はほぼ同時に眉間に皺を寄せていた。
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