第26話

 風が止み、焦げた臭いと舞い上がった砂埃が充満しているなかをシリウスは両手の剣を背中のシールド翼に戻してから着地すると、自ら取り外していたシールドとライフルを再び装備していた。

 シリウスの視点から見下ろした先には両腕と背中、腿から下、そして動力部がある胸部下部までも失っているフェイカーの残骸があった。

 どうにか形を保っているのは辛うじて繋がっている頭部と下りた隔壁かくへきひしゃげて壊れてしまっているコクピット周辺部分だけ。

 全くの無傷とはいかないだろうが、これならばフェイカーのライダーは生きているはずだ。


「何とかなったみたいだな」


 さてどうしたものかと神住が悩んでいると、程なくしてのっしのっしと重い足取りで数体のワーカーがシリウスの元へと駆け寄って来た。

 ワーカーには傷の手当てを受けたであろう頭や腕に包帯を巻いたラナが抱きかかえられるように乗っており、その他にも駐屯地基地で待機していたアルカナ軍の医療班らしき人や救助されたライダーが数名ラナと同様の格好でそれぞれワーカーの腕に掴まっていた。


「シリウスというジーンのライダー。私の声は聞こえていますか?」


 ノイズのないクリアなラナの声が届く。


「ええ。聞こえていますよ」

「まずはお礼を言わせてください。アルカナ軍に代わりフェイカーを討伐してくださり、ありがとうございました」

「気にしないでください。これが俺達ニケーの仕事ですから」

「それで、その……フェイカーのライダーはどうなりましたか?」

「俺はまだ確認してはいませんが、おそらくは生きているはずです。ただ、多かれ少なかれ怪我は負っているでしょうから駐屯地基地に連れて戻るつもりならこの場で応急手当てくらいはしておいた方がいいかと」

「なるほど。わかりました」


 素早くラナは共に来ていたアルカナ軍の医療班の人に指示を送る。

 ライダースーツを着ているわけではないが、一般的なアルカナ軍の制服とは少しだけ少しだけデザインの異なる制服を着た人が前に出てきた。


「開けられますか」とワーカーの装着者に問い掛けるとワーカーの装着者は「やってみます。離れていてください」と告げ、その腕に取り付けられている巨大なペンチでフェイカーのひしゃげて開かないコクピットの隔壁を掴んだ。

 人の力では無理でもワーカーの馬力を以てすれば容易に行うことができる。

 開放に引っかかりそうな部分はその都度ワーカーのもう片方の手に取り付けられている電動のカッターで手際よく切り落とされていった。


「開きました」


 掛かった時間はものの数分。

 強引に開かれたフェイカーのコクピットの周りをアルカナ軍の兵士達が銃を構えて取り囲んでいる。

 一人の兵士が周りの兵士に何か目配せをしてからその一人がコクピットの中を覗き込むと頷き、別の兵士がその中から人を一人抱きかかえるようにして引きずりだした。


「あれがフェイカーのライダーか」


 意識を失い、地面に寝かされている男は恰幅のいい坊主頭の男性。事前の資料にあったジュラ・ベリーその人だ。怪我をして血を流しているとはいえ記憶に新しいその男の顔を神住が見間違うはずもない。

 やはり天野が睨んでいた通りなのだろうか。そう疑いの眼差しで神住が治療を受けているジュラ・ベリーを見ていると、突如アルカナ軍の面々が騒ぎ出した。

 どよめきを上げるその様子に、どうしたのだろうかとシリウスのコクピットを開けて降りていく神住。


「なっ」


 銃口を向けて警戒しているアルカナ軍の兵士達の間を抜けてジュラ・ベリーが寝かされていた場所に辿り着くと、そこにいたのはジュラ・ベリーではなく、顔も知らない全くの別人だった。

 纏っているライダースーツのデザインや気絶している状態なのは同じ。体に受けた傷の場所や流している血の形もさっき引きずり出された時に見たジュラ・ベリーのそれと全く同じ。しかしどう見てもその人はジュラ・ベリーではない。

 その男の年の頃は自分よりも低いか同じくらいだろう。だとすれば青年と称するべきだ。

 気を失い目を閉じている青年の額に血に濡れた茶髪が張り付いている。

 痩身の体躯とその整った顔立ちを見れば見るほど件のジュラ・ベリーとは何もかも異なっているのがわかる。

 それがどうしてジュラ・ベリーに見えたのか。原因を探ろうと神住が周囲に視線を巡らせているとふと機能を停止して電源の切れているフェイカーのコクピットが目に入った。


「もし、ホログラムの投影を使った偽装がコクピットの内部に施されていたとすれば。でもあり得るのか? コクピットから出てもなお続く投影偽装なんて……」


 ぶつぶつと呟いている神住を押し退けるように、傷だらけのラナが飛び出してきた。

 傷の痛みなど忘れてしまったように青年に駆け寄ったラナは目を覚まさない青年の頬におそるおそる手を伸ばす。

 その行動に疑問を感じているのは神住だけではないらしい。ざわざわと他のアルカナ軍の兵士達の間にも動揺が広がっていった。


「その……アービング少尉、この男とお知り合いなのですか?」


 一人のアルカナ軍の兵士が慎重にラナに声を掛ける。

 俯いたまま震える手で青年の顔に触れつつ、震える声でラナが答える。


「彼は…この男の名前はルーク・アービング。私の、弟です」

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