第25話

「何をするつもりだ?」


 フェイカーの背部から伸びる複数のワイヤーによってシリウスは巻き取られている。これにより確かにシリウスは一時的とはいえ動きを封じられてしまっているようなものだ。

 しかし、それはフェイカーも変わらない。

 むしろ腕の無い状態で無理矢理にシリウスにくっついているフェイカーの方が動けなくなってしまっているようにも見える。


『ミ、ツ……タ………ヒ、カリ…………ヨ…セ…………オ……ノ………ノ……』


 男とも女とも取れない、それどころか人の声ともどこかが異なって聞こえる機械的な音声がノイズ混じりになって途切れ途切れに聞こえてきた。

 聞き取れた音だけでは何を言いたいのか解らない。聞き返そうにもこちらの声が伝わっているのかもわからない。何を言うべきか解らずに思わず口を噤んでしまっている神住の耳に今度はコクピット内に鳴り響くアラームが聞こえてきた。

 それは何らかの危険を知らせる音。通常は相手がこちらをロックオンしたとシステムが感知した時に発せられる音だが、それ以外にも危険性の高い場所に入ってしまった時などにも鳴るように設定されていた。


「攻撃? いや、それはあり得ない」


 フェイカーに攻撃の予兆は見られない。だとすれば何か危険な区域に入ってしまったというのだろうか。しかし、当然ともいうようにシリウスが戦っている場所はこれまでと同じである。何らかの方法で転送されたなんてことがないのはフェイカーの向こうに見える景色が変わっていないことからも明らかだ。

 だとすれば変化が起きたものは何か。

 考えるまでもない。

 今や満身創痍そのものであるフェイカーだ。

 手元のコンソールを操作してシリウスに取り付いているフェイカーの全身をスキャンする。これはアルカナの外にある天然素材である石材や土などの回収業務を行うためにギルド所属のジーンに多く搭載されている機能であり、ちょっと改造すれば停止しているオートマタなどの内部を調べることも可能になる有益な代物だ。

 当然神住はそれに改造を加えており、オートマタは勿論、触れ合えるほど近くにいるジーンであっても大まかな機体内部の情報が読み取れるようになっているのだ。

 それによればフェイカーの素体骨格コアフレームの一部、ワイヤーが打ち出されている背部の内側から異常なほどの高熱が感知された。

 感知された場所、それに繋がっているとされるもの。

 全てを考慮すると、どうやらフェイカーの動力部が過暴走を起こしているらしい。


「まさか、自爆するつもりだってのか!」


 常に高まり続けている内部温度はフェイカーという機体に異常な負荷を掛けているのは明らか。それに機体が耐えきれなければ当然のように自壊する。その時に発生する爆発はフェイカー自身は勿論のこと、本来最も守られているはずのコクピットですら吹き飛ばすほどの威力があると推察される。

 ジーン一機の爆発程度では駐屯地基地そのものを吹き飛ばすことはできないだろう。

 組み付かれているシリウスも確証は持てないが、自分が作り上げた機体の耐久度を考えればいくつかの外部装甲アウターメイルは破壊されるものの最重要機関である【ルクスリアクター】が組み込まれている素体骨格コアフレームまでは影響がないと判明した。

 無駄な自爆。シリウスの性能を知る者からすればフェイカーが取ろうとしている行動はまさにそれだった。

 しかしそれではフェイカーのライダーを捕まえることはできなくなってしまう。

 犯人がこの襲撃事件を起こした理由も不明なまま。

 それでは解決したなどとは口が裂けても言えやしない。


「そんなこと……させてたまるかっ!」


 神住は即座に行動に移る。

 シリウスの背部シールド翼に備わる四本の剣の刀身が仄かに光を帯びたその瞬間、鳥が翼を広げるかの如く展開したのだ。

 全身を巻き付けていたワイヤーは刀身に触れていた所から切断される。

 拘束が緩んだその瞬間にシリウスはあろうことか右手に持たれていたライフルを手放し、同時に左腕にマウントされているシールドまでをも強制的に取り外したのだ。

 盾を捨て、ライフルを捨てたことで身軽になったシリウスは素早くその場で垂直に高く跳躍した。

 フェイカーの頭上を越えて十分な距離にまで飛び上がったシリウスはシールド翼を可動させて自身の前へと持ってくる。横に傾けたシールド翼の展開されている剣を右手と左手で一つずつ掴むとその瞬間に剣のロックが外れた。

 刀身が備わっているライフルではなく、細身の二振りの剣を持つシリウスは滞空しているその場所で縦に旋回してフェイカーに向けて急降下を始める。

 フェイカーの単眼がシリウスの挙動を捉えるよりも速く、フェイカーの後ろに回り込むと最初にシリウスはその背部にあるワイヤーを打ち出す装置を切り裂き破壊してみせたのだ。

 これにより迎撃されることは亡くなった。地面に機体を着地させることなく僅かに浮かび滞空したまま、続け様に破壊したとしてまだ誘爆の危険性が低い両脚を太股から下で切り落とす。

 バランスを崩した状態でほんの一瞬宙に浮いたフェイカーに素早く左手で持つ剣を突き立てて機体を固定すると、今度は右手の剣でコクピットを外すようにして過暴走している動力部を本体から切り離した。


「まだだっ!」


 それだけではフェイカーの自爆は止まらない。

 乱暴に剣に突き刺さっていたコクピットがあるフェイカーの残骸を投げ捨てるのと同時に全身を回転させて背中のシールド翼を使い、器用にもフェイカーの動力部に対してシールドバッシュを行う。

 いつ爆発するかも知れないものに衝撃を加えることは自殺行為にも等しい。しかしこの瞬間に神住が取れる手段で最も成功率が高いのがそれだったのから仕方ない。

 幸いにも爆発することなく天高く打ち上げられたフェイカーの動力部は程なくして自身の暴走に耐えきれずに爆発したのだった。

 破損したジーン一機が引き起こす爆発にしては規模の大きなそれは凄まじい衝撃波を生み、待機港区画の一部にある第七駐屯地周辺に強い突風を巻き起こした。

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