第21話

「大体の位置は掴んだ」


 誰にも聞かれないような小声でそう呟いた神住は右手のライフルを構え銃身に取り付けらたアタッチメントを狙撃をしているフェイカーがいると推測した方へと向けた。

 ロケットランチャーの弾ほど大きくはないが、デルガルが使っている一般的な銃火器に転用するには大きすぎる弾丸が装填されているそれをフェイカーがいると考える方角の上空に向けて狙い撃つ。

 突如打ち上げられた花火のように一直線に飛んで行き、空中で弾けた弾丸から降り注ぐキラキラと煌めく極細の無数の何か。

 雨に混じって降り注ぐ小さな欠片は神住がフェイカーの光学迷彩を打ち破るために作り上げた電波を阻害する特殊な機能を持つ金属片である。一応目に見える変化もあったほうが良いと考えて金属片が触れたもの全てに簡単には落とせないインクが付着する機能も付けていた。そのために、降り注ぐ金属片が当たった範囲は全て自然本来の色から異なる、明度の高い紫色へと変化していった。

 それにより浮き彫りになるフェイカーの機影。

 事前に見た映像の通り、元々デルガルに酷似しているその外見が紫色に染まったことでよりアルカナ軍のデルガルとは異なる印象がもたらされた。


『あれは――型落ちのライフルを使っているみたいですね』


 モニターに映るフェイカーを見つめながらラウルが忌々しげに呟く。

 フェイカーが持っている武器がパイルバンカーからアルカナ軍が採用している長距離ライフルへと変わっていたのだ。

 アルカナ軍が使っている武器の多くは特別な機能を持つ特注品というわけではなく、どの機体が装備しても問題がないような量産品である。しかしそれらは基本的にアルカナ軍とメーカーが独占契約を結ぶことで一般に流出することは滅多にない。

 管理を容易にすること、外部に自分達と同等の装備を使われる危険性を減らすことがその目的とされており、事実その全てが管理できていることが理想だが、どうしても少数の漏れは出てしまう。そういった流出品の一つがフェイカーが装備している長距離ライフルなのだろう。

 トライブのジーンが使っている銃火器もアルカナ軍が使用していたものである場合がある。しかし、それは大抵次世代の武器が採用されて使われなくなったものを開発したメーカーがそれぞれ独自にトライブに向けて販売しているものであり、手に入れたあとにそれぞれのトライブによって独自の改良が施されているものが大半だった。

 まだらな紫色が機体に付着したフェイカーをその目に捉えて、ラウルが叫ぶ。


『今です。再び姿を隠される前に攻撃を行ってください!』


 雨に濡れ、泥を被っても効果を失うことがなかったフェイカーの光学迷彩がこの瞬間には破られている。千載一遇の好機であることを知っているからこそ、素早く指示を送るラウルだった。

 いつ光学迷彩が復活するかわからない。そんなラウルの心配は杞憂に終わる。再び光学迷彩を発動させて姿を消そうとしたその瞬間にフェイカーの全身にノイズのようなものが走ったのだ。

 インクや金属片が付いていない指先や頭部から背景と同化していくが、紫色のインクが付着した箇所に差し掛かった瞬間、それまで変化していた部分も全て迷彩が解かれる。


「フェイカーの光学迷彩が全身に鏡面のような薄い膜を発生させているのだと、あるいはホログラム投影の技術を流用して機体表面に別の映像を投影しているのだと仮定しても、機体に付着したその金属片にはそういった変化を阻害する効果を持たせた」


 口元に笑みを浮かべながら神住が独り言ちる。

 シリウスが無線通信を繋いでいるのはニケーとアルカナ軍のデルガルとラウル達がいる駐屯地基地だけ。フェイカーには届かないと知りつつも説明口調でそう告げたのはラナ達に金属片の効果を正しく理解してもらうためだった。


「雨で洗い落とそうとしてもそう簡単にはいかない。剥がすには削り落とさなきゃな」


 姿を消すことができないことに戸惑っているように見えるフェイカーに向けてシリウスは役目を終えたアタッチメントを排出したライフルで狙いを定める。


「ダメ押しだ」


 神住がコクピットで引き金を引く。

 撃ち出されるのは実弾ではなく青色の光線。

 シリウスの全身を血のように駆け巡っている光粒子を圧縮した熱線は多少の雨くらいでは影響を受けることなく違わず狙い意通りの場所を撃ち抜いた。

 ノイズの走るフェイカーの装甲の表面を今度は激しい火花が迸る。

 照射するのではなく単発の射撃だったが故に完全にその装甲を貫くことはできなかったが、それでもその一部は焼けるように焦げて砕けていた。


「すごい……」


 たった一回の射撃で戦況を優勢に導いてみせたシリウスを目の当たりにしてラナは思わずというように声を漏らしていた。

 自分達アルカナ軍が使っている実弾を撃ち出す銃火器とは一閃を画す性能を持つシリウスが使うライフル。もしそれをこの瞬間に自分も使えていたなら、同じような成果を作り出すことはできただろうか。思わずそんなことを考えずにはいられないほどの衝撃がその一度の射撃にはあったのだ。

 とはいえ火花が迸るのは一瞬の出来事。

 付着している金属片すら焦がす高温に晒され紫色に染まっていたフェイカーの胸部装甲の一部が砕け、剥がれ落ちた。


「やはり素体はデルガルとは違うみたいだな」


 胸部の外装が剥がれ落ちてその内側に見えたフェイカーの素体骨格コアフレームはデルガルの素体骨格コアフレームとして採用されているものとは形状が異なっていた。

 デルガルのそれは自身の厚い装甲の重さにも耐えて活動出来るように耐久力に長けた素材を使用した、比較的どっしりとした印象のあるものが使われている。それに対してフェイカーのものは外見の印象とは異なりかなり細い。どちらかと言えば高速戦闘を得意とする類のジーンに使われている素体骨格コアフレームが使われているようだ。

 素体骨格コアフレームの形状やサイズを鑑みるにフェイカーが纏っているデルガルを模した装甲はやはりサイズの合っていない服を着ているようなもの。ただし、当初神住が予想していた通りに素体骨格コアフレーム内部装甲インナーアーマーの間にある空間に何らかの装置が嵌め込まれているのだとしたら、それは隠蔽に適した装甲を選んだともいえる。

 映像にあるフェイカーから神住は光学迷彩を可能にしている装置の場所をある程度予測していた。かなり小型化されているとしてもそれは頭や腕、足のような頻繁に動かすことになる場所に取り付けることはないだろう。あるとすれば胴体。胸か腹、背中だ。


「やはりコクピット前の胸部に隠していたか」


 一番安全性が高い場所の近くというのは理に適っている。そもそも犯人を逮捕することが目的ならば、死なせてしまう危険が伴うコクピットは狙わない。そんな意識を逆手に取った場所であるといえる。


 アルカナ軍の人達には悪いが、神住はそもそも自分達の前に現われたとされているフェイカーが本物かどうかを見極めることから始めなければならなかった。

 光学迷彩を解くために用意した弾頭は今撃った一発以外にも三発分は準備してある。しかし、想定以上に巨大な弾丸になってしまったが故にライフルにアタッチメントとして取り付けられるのは一発が限度だった。加えて初撃を外してしまうとフェイカーにこちらの狙いがばれてしまうだろう。

 次弾装填の為にシリウスはニケーに設置してある武装の予備を収めたコンテナに向かう必要が出てくる。そんなことをしていたのでは姿を隠すことができるフェイカーのほうが有利なまま戦闘を進めなければならなくなってしまう。それを避けるためにも初撃を外すことだけは避けなければならなかったのだ。

 だからこそ神住は無情にも思えるが最初はデルガルが戦う様子を見ていることしかできなかったのだ。その上でフェイカーが装備している光学迷彩の装置がどこにあるか正確に見極めなければならなかった。

 姿を隠すことができるといってもそれは常時姿を消すことが可能であるというわけではない。

 少なくともフェイカーが攻撃を行う瞬間には姿を現わすことは事前の映像からも判明していたためにその一瞬を狙ったというわけだった。

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