第19話

 肩で息をしながらテントに駆け込んできた男は呼吸を整えるために深呼吸を繰り返している。

 くたびれた警察の制服に身を包み、額に汗を滲ませている若い男は上着の胸ポケットから自身の身分証を取り出した。


久留米大亀くるめだいき巡査です。今回の事件の捜査を担当することになりました! 若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします!」


 ズレてい被り直し被り直し、ピンッと背筋を伸ばした久留米は見事な敬礼を披露していた。


「これで作戦会議に出席する予定の人が揃いましたね」


 どことなく頼りなさげに見える久留米の到着をもってラウルが朗らかに告げる。

 久留米の遅刻には触れずラウルは作戦会議を進行することにしたようだ。


「まずこちらの戦力の確認ですね。アルカナ軍からはデルガル三機構成の小隊が五つ。それが第七駐屯地に常備されている戦力となります」

私達ニケーからは彼が出ます」

「なるほど。だとすればあなた方から参戦するジーンは彼の一機だけということですか」

「ええ」

「では、彼の配置は僕が考えても問題ないですね」


 ラウルの把握しているアルカナ軍のデルガルがこの駐屯地における最大数の戦力であることは確か。ならばそれに指示を送る立場にある自分が全体の戦力を把握して命令することが当然なこと。

 ニケーの戦力がアルカナ軍と同等だったのならば誰が指揮を執るのか決める必要があっただろうが、ニケーの戦力は御影神住のジーン一機だけ。ならばやはり全体に指示を送るのは自分がした方がいいだろうと、ラウルはさも覆らない決定事項であるかのようにそう形式だけで問い掛けたのだった。


「あの、ラウルさんもライダーなんですか?」


 神住達にとっては繰り返しになる質問を遅れてきた久留米が素直に投げかけていた。

 一瞬流れる微妙な空気。

 「あれっ、あれ? 何かまずいこと聞いちゃいました?」と言いながら皆の顔を見回している久留米にラウルは態とらしく咳払いをして答えた。


「本来はそうなんですけどね。先程も言ったように、僕のデルガルは修理中です。なので僕は今回、ここで指揮と情報解析に集中するつもりです。尤も作戦指揮もデルガルのコクピットよりも全体を見下ろせるここにいた方がやりやすいですからね」

「なるほど。確かにそうですよね」


 返答したラウルに久留米は目を泳がせながら「わかりました」と言っていた。

 するとラウルが神住と美玲の方を向いて訊ねる。


「どうでしょう? あなた方も何か意見があれば事前に言って頂きたいのですが」

「だったら」と神住がテーブルに広げられた第七駐屯地周辺の地図を見ながら言った。


「俺は前線に、というか最もフェイカーが来る可能性が高い場所に配置してもらえませんか」

「前線ですか? しかし、失礼ですが、貴方は単機ですよね」

「ええ」


 神住の申し出を訝しむ素振りを見せたラウル。これにはラウルの後ろにいるラナや久留米も同様の表情を浮かべていた。

 返答に困っているラウルを見て神住はある種挑発するかのような物言いで問い掛けた。


「事前に確認しておきたいのですが、ラウル中尉、いえ、アルカナ軍はフェイカーの性能を何処まで把握していますか?」

「把握、ですか。そうですね。単機でアルカナ軍駐屯地の戦力を相手に圧倒することが可能なジーンであるということ。それにはギルド所属のトライブの戦力が相手でも同じだったということ」

「他には?」

「他ですか。そうですね、ラナ少尉は何かありますか?」

「これまでの情報を鑑みれば姿を消す能力があることと、反対に離れた場所に自在に姿を現わすことが可能であるということでしょうか」


 敢えてラウルが言及しなかったフェイカーの性能について代わりにラナが言葉を選びながら答えていた。


「その仕組みはどの程度把握しています?」

「えっと、それは……」

「言い方を変えましょうか。ギルドとの情報共有はどこまでできていますか?」


 神住の鋭い視線が言い淀むラナに向けられた。

 ジーンとの戦闘であるために門外漢であるはずの久留米はこの時点で質問の対象から外されていた。


「反対に聞かせていただきたい。ギルドは何処まで知っているのですか?」


 聞き返してきたラウルに思わず口を閉ざしてしまう神住。

 一触即発となった空気に耐えられなくなったのか、久留米が大袈裟に机を叩き身を乗り出して涙目になりながら四人の顔を見渡した。

 ギョッとする四人に久留米が声を張り上げて言う。


「あー、もう! いまさら腹の探り合いは止めましょうよ!」


 事情をわかっていないのか、あるいは分かっていてそれを無視しているのか。どちらにしてもここで中立の立場にいる久留米の一言で場の緊張は弛緩したのだった。


「みなさん! 今はここの襲撃をどう迎撃するのかが大事なんじゃないんですか」

「そうですね、我々にはそれぞれ秘匿すべき情報もあるでしょう。ですのでそれを除いて共有することができる情報は共有するということでどうですか?」

「ええ。私達もそれで構いません」


 一種の予防線を張ってからのラウルの提案を美玲は受けることにした。

 

「ではまず我々アルカナ軍から情報を開示しましょう。それで良いですか? 久留米巡査」

「あ、はい。おねがいします」


 思わず頷いた久留米にラウルは笑みを向けながら所持していた端末を操作し始める。

 いつの間にかぱらぱらとテントの天幕を弱い雨が打ち付け始めていた。


「これが現時点でアルカナ軍が持っているフェイカーに関する情報です」


 テントに設置されたモニターに映されている周辺の映像から切り替わり、フェイカーの画像に付随した推測された性能の一覧が表示された。

 各種項目の一部は黒塗りにされており、正確なことは把握できないが、そのスペック表は紛れもなくフェイカーのものである。

 画像を見つめている神住をラウルは一瞥して言葉を続ける。


「正直、正確な所は何も分かっていないも同然なのですが」

「では、単刀直入に聞きます。アルカナ軍にフェイカーの光学迷彩を打ち破る手段は用意できているのですか?」


 ラウルが微かに頷いて視線を送るとそれに促されるようにラナが口を開いた。


「残念ながら明確な対抗手段はまだ確立されていません。しかし、相手が光学迷彩技術を使用しているのだとすれば、それを破る為のセオリーのようなものは存在しているはずです。先の戦闘でも地形による汚れの付与みたいなもので迷彩に対して対応できかけていたという報告があがっています」

「今回もそれを狙っていく、と?」

「はい」

「分かりました。それでしたら尚更、俺は前線に行くべきだと思います」


 はっきりと断言した神住をラウルは眼光鋭く見る。


「御影さんはその手段を持っていると?」

「残念なことに検証することはできませんから、確実とまでは言いませんが」

「それは事前に報告をしてていただきたかった。作戦も変わってくるのですが」

「できたのがつい先日のことだったので。それに結構簡単なことですよ。実際はラナ少尉が言ったようにフェイカーに目印を付けるだけですから」


 神住は自分が行おうとしていることの詳細を明確な仕組みを除いてラウル達に説明していった。

 単純な手法であるからこそ神住が行おうとしていることは割とすんなりと受け入れられた。

 残る問題はそれに対する成否。しかしそれは本番にならなければ分からないこと。


「わかりました。そういうことでしたら、ニケーにはフェイカーの来る確率が最も高い場所で待機していただきます」


 今回の戦闘におけるそれぞれの役割を確認し終えて、神住達は各々の拠点へと戻っていく。

 駐屯地基地の周囲に待機しているアルカナ軍の面々はデルガルの最終調整と作戦の共有を行い、単独でこの第七駐屯地に来た久留米は繋がったままの携帯を片手に駐屯地基地の中を走り回っている。

 神住と美玲はニケーに戻り事前に準備していた装備の最終確認に入っていた。

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