第18話

 次の襲撃予測日。

 待機港区画は曇天。空はぶ厚い灰色の雲に覆われているが雨が降り出す気配はない。風も穏やか、少しばかり肌寒いがそれを除けば比較的過ごしやすい日だ。

 アルカナ軍第七駐屯地。

 過去に襲撃のあった第十二駐屯地、第三駐屯地、第六駐屯地に次いで四ヶ所目となる襲撃が予測されている駐屯地である。


「それにしてもよ、どうやってここまで正確に日時を当てられるんだ」

「それだけ優秀な戦況分析官がいるのでしょう」


 第七駐屯地基地の近くに停泊しているニケーのメインブリッジで陸が独り言のようにして問い掛けていた。

 答えたのはメインブリッジにあるモニターに今回とこれまでの襲撃の情報を映し出して再確認の作業を行っている美玲。彼女はモニターから視線を動かさずに淡々とした口調で告げた。


「優秀な分析官ね。それって、アルカナ軍にか? それとも」

「そうね。ギルドにいるのかも知れないわね。まあ、面識のない私にはわからないことだけど」


 誰がどのようにして今回の襲撃を予測しているのか。それはニケーの面々には伝えられていないことだった。

 再び陸が浮かんだ疑問を口にして、それに答えたのもまた美玲だった。


「あのさ、単純な疑問なんだけどよ」

「何かしら」

「襲撃がある日が分かっているのならさ、どうしてそれ相応の対応をしないんだ?」

「相応の対応って?」

「例えば、そうだな。雨が降らないように天候操作システムを調整するとか。他にも襲撃を思い止まらせるために程度に戦力を揃えるとかさ」


 襲撃が起こらなければ被害がなくなる。犯人の確保を別の機会に行うのならば、至極真っ当な意見だった。

 確認作業の手を止めて美玲が言う。


「私もよくは知らないのだけど、何かを予測する時に実際の要因が大きく変わると当然結果も変わるの。だから出来るだけ不確定な要素は排除する必要があるってわけね。それこそ今回のような襲撃を正確に予測する必要があると時には予測に使わなかった要因を増やすわけにはいかないみたいなのよ」

「なるほどなー。よく分からないけど、そういうもんかー」


 椅子の背もたれに体を預けて陸は腕を組みながら考えを放棄したかのように頷いていた。


「皆さん。そろそろ作戦会議の時間です」


 陸と美玲の会話に入ってこなかった真鈴が告げる。


「予定では神住さんと艦長が会議に参加することになっていましたよね」

「いつもみたいにお母さんって呼んでくれていいのよ」

「今は仕事中ですから」

「あらあら、残念ね」

「それよりも、神住さんはどこにいるんですか?」


 メインブリッジにその姿は見受けられず、真鈴は若干困ったような顔をして訊ねた。


「多分、シリウスの所だろ。これから先、戦闘になるのは確実だからな。機体の整備をオレグさんと一緒にやっているんじゃないか」

「ああ、それもそうですね」


 内心サボっているわけではないと事に安心しながら、それを悟らせないように平然と、当たり前のことであるように真鈴は然もありなんといった顔で手元のキーボードを操作した。

 メインモニターの一つに格納庫の様子が映し出される。

 そこには案の定というようにシリウスを前にして真剣な表情で機体の整備に励んでいる神住とオレグの姿があった。


「こちらに呼び戻しますか?」

「いいわ。私が直接声を掛けてそのまま一緒に作戦会議に向かうから」

「分かりました」


 メインブリッジから出て行く美玲を見送って残った真鈴は一人で調べ物をするために手元のコンピュータに向かい、陸は万が一の事態に備えて自分の席に着いたまま待機し続けることにした。

 それから五分ほど経過した後、美玲と神住の姿は駐屯地に併設されたテントの中にあった。

 ならした地面に直接置かれた長テーブルと複数のパイプ椅子。しかし、この場にいる全員がその椅子に座ることなくテーブルを囲んで立っていた。


「とりあえず自己紹介を済ませてしまいましょう」


 温和そうな笑みを浮かべてそう口火を切ったのは短く切り揃えられた黒髪に首元まできちんとボタンが留められている軍服を着ている男。薄いレンズの丸眼鏡が特徴的な背の高い男が胸のネームプレートと自身の端末にある個人のIDを見せる。


「僕はこの第七駐屯地中隊所属のラウル・ハワード中尉。今回の作戦の指揮と情報解析を任されています」

「私は怜苑美玲。トライブ、ニケーの艦長です」

「俺は御影神住。ニケー所属のジーンライダーです」

「私は――って、おや? 貴方は、確か。以前商業区でお会いしたことがありますよね」


 ラウルから少し後ろに下がった位置に立っていた女性が横にずれて一歩前に出る。

 薄暗いテントに差し込む太陽の光に照らされてその姿がはっきりと浮かび上がる。ラウルと同じように着崩すことなく軍服を身に纏い、肩まで伸ばした淡い栗色が光を受けて煌めいている神住にとって比較的新しい記憶にある女性だ。


「えっと、確か、ラナ・アービングさん、でしたよね」

「はい。今回の作戦にてデルガル小隊の小隊長を任されることになったラナ・アービング少尉です。どうぞよろしくお願いします」

「彼女はこの基地のエースなのですよ」

「そうなのですか?」と驚くように言う美玲。

「まあ、はい。自分で言うのは恥ずかしいのですが」


 照れながらも肯定していたラナはすぐにキリッとした表情に戻り、フォローするように言葉を続ける。


「ですが、ラウル中尉も腕利きとして有名なのですよ」

「ではラウル中尉はどうして今回は情報解析を?」


 当然の疑問を投げかけた美玲にラウルは困ったような表情を浮かべて答える。


「えっと、実は僕のデルガルは修理中でして」

「なるほど?」首を傾げながら頷く美玲。

「アービング少尉はそう言ってくれていますが、元々僕の操縦技術は並みでしてね。戦力としてはあまり当てにならないのですよ。ですので今回の敵機、ええっと、フェイカーでしたっけ。それとの戦闘ではあまり役には立てなかったと思います」

「…はあ」

「他の人はどこにいるんですか?


 納得したのかしていないのか、曖昧な返事をする美玲に代わり神住がテントのなかを見渡しながら問うた。


「ここにはいませんよ」

「はい?」

「あ、いえ。正確には作戦会議には直接参加しません。一応ここの様子は基地内に中継されているので、見ているとは思いますが、アルカナ軍からは僕とアービング少尉がこの作戦会議に参加することになっています。あまり人が多いと話も進みませんからね」

「は、はあ」


 思わず聞き返していた美玲に答えたラウルは変わらぬ笑みを浮かべている。


「すいませーん。遅くなりましたー!」


 微妙な空気が漂い始めた頃、開かれたままだったテントの入り口から一人の男が飛び込んで来た。

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