第17話

「オッサン。俺にさっきの映像をくれないか。聞いた話だと次の襲撃まではまだ少し余裕があるんだろう。映像からもう少しフェイカーを分析してみるよ」

「わかった、用意しよう。他に必要なものはあるか? 直接的に大金を用意しろと言われると困るが、弾薬やふねで使うような物資なら構わない。そういうものはギルドで用意できるからな」

「随分と気前が良いわね」

「俺達相手じゃなければな」

「ふっ」

「シリウスが普通の弾薬を使わないのはオッサンも知ってるだろ。それにニケー用の弾薬って言っても戦艦戦なんて久しくないし、生活物資に関してもこの前、真鈴と買い出しに出たばかりで減っていてもせいぜい数日分。過剰な物資は腐らせるだけになるから俺が嫌がるのを知っているだろ」

「だとしても、この提案はギルドが次の戦闘で確実に仕留めたいと考えている証拠だと思ってくれれば良い。大っぴらには言えないが、この仕事の依頼主もな」

「そんなに大事おおごとになってるの?」


 驚き戸惑う美玲が訊ねる。天野は首肯で答え手元の端末にとあるグラフを表示して見せてきた。


「襲撃の度に被害が増えているみたいだな」

「迎撃にあたっている人員が増えたからだとも言えるが、フェイカーの性能が上がったからだとも言える。御影はどう見る?」

「最初の戦闘を見てないからはっきりとしたことは言えないけどさ、俺が感じていることを素直に言うとしたら、後者かな」

「やはりか」

「フェイカーのライダーの腕が上がったからとかではないの?」

「確かにライダーの腕でジーンの動きが変わるのは事実だけどさ、それだけでここまで被害が増えるとは思えない。おそらくは襲撃の度に装備やフェイカーの完成度が上がっているんだと思う」

「まるでこれまでの襲撃は性能テストだな」


 苦虫を噛み潰したように天野がいった。


「本当の戦場で行う性能テストか。随分といい趣味をしているな」

「感心していう台詞か。実際に本物の戦場で行われているんだ。確かにそれ以上ない実験場だとは思うが」

「不満か?」

「当然だ」

「こう言ってはなんだけどさ、技術屋としては実際の戦闘で性能テストしたいって気持ち分からなくもないだろ」

「実行するかどうかでは天と地ほどの差があるだろう」

「そのタガが外れているのがフェイカーの開発者ってことなんだろ」

「簡単に言うな」


 神住に危うさを見た気がして天野は静かに目を細めた。


「心配しなくても俺はそんなことするつもりはないし、良識くらいは持ち合わせているつもりだ。それにさ、師匠もよく言ってただろ。“心無き技術は自らも滅ぼす”ってさ」

「ああ、そうだったな」

「ねえ、それってどういう意味なの?」


 通じ合う様子の二人に美玲が訊ねた。


「解釈は人それぞれだけどさ、俺はその“心”っていうのは正しさだと思ってる。どんな物でも、それを作る人も、使う人も、常に最低限の正しさを求められるんだ」

「正しさ?」

「まあ、正しさってのも人によって変わるけどさ。誰から見ても変わらない正しさっていうのは間違いなくあると思うんだ。

 それは法によって決まってるからじゃない。人が人として生きるからこその根底にある感覚みたいなものかな。誰かにこういう理由があるからと説明されて理解することじゃなくてさ、感情や理性よりも先に本能で躊躇ためらうこと。そこで踏み止まれるのが俺が思う正しさかな。

 正直、技術の理論を考えて構成するくらいなら別に問題無いと思う。それこそ紙の上だったり、データ上であれば。オッサンならよく分かるだろうけどさ、机上の空論だったそれを現実にするとき、普通は真っ先にできるかどうか考えるよな。その次に仮にできた場合どうなるかを想像する」

「…ああ」

「今回は光学迷彩技術だな。確かにそれを現実化できたら使い道は無限にあるだろうさ。だけど、それが有るからこそ起こる問題もある。机上の空論はまさに机上の空論だからこそ許されているようなものだ。一度でも現実に作り出せたと知られれば、確実にそれは世界に広がっていく。作り出した本人の意思など無視して」


 思いがけず語ってしまったと恥ずかしくなったのか、神住は自分の前に置かれているコーヒーカップを取ると冷めたコーヒーを豪快に飲み干した。


「と言っても、それはあくまでも俺の考えだからな。今ならまだ対処できる可能性は十分にあるし、そもそも迷彩技術はこれまでだって何度も作られてきた。もしかすると完成していて秘匿されている可能性もある。フェイカーのそれが特別ではないと判明すれば現実はこれまでと何ら変わらないさ」

「だといいがな」


 目を伏せそう呟く天野に心配する美玲の視線が向けられる。


「技術と情報の隠匿は可能だと思うか?」

「どの程度かによるな。完全に無かったものと言い張るには実害が出過ぎてる。犯人が今回の戦闘の様子を流布したならより難しくはなるだろう。少なくともアルカナ軍の駐屯地基地の襲撃に成功した技術ってことでは話題になるだろうさ」


 神住の言葉を聞きながら項垂れるように前屈みになっている天野は深い疲労感をその背中に滲ませていた。


「秘匿することはほぼ不可能。だとしたら俺達に出来ることはただ一つ」


 そう切り出した神住を天野が見た。


「フェイカーが使う光学迷彩技術が欠陥のある技術だったと知らしめること。おそらくホログラム投影はなんとでもなる。高精細の映像投影技術を流用したものとかなんとか適当に言い訳をしながら調整してエンタメ業界にでも流せば出所など気にする人はいなくなるはずだ。メディアも自分達が使っている技術が元々軍事技術の転用であるなんてこと大っぴらに喧伝するワケがないからな」

「ああ」

「光学迷彩技術も大雑把に言えばそういう扱いにすればいい。もちろん実際にこの技術を世に広める必要はないさ。例えば試験的に開発していた技術が盗まれて悪用された。そしてこの技術には問題が多く存在していて対処することも容易だったと、有り体に言えばだったとしてしまえばいい」

「できると思うか?」

「するしかないさ。停止していなければ正常に機能しない、発動する時間もごく僅かに限られていて戦闘には使えない。そんな風に情報を改ざんする事くらいアルカナ軍ならできるだろ」


 天野が言葉を返せないのはそれが不可能では無いことを知っているから。

 美玲が黙っているのはその可否を問わずそうしなければならないと理解しているからだった。


「簡単に言ってくれるな。実際にここまで被害が出ているという事実はどうする?」

「アルカナ軍が手間取ったのは光学迷彩ではなくホログラム投影の方。投影された映像に攪乱された結果だと言えばいい」

「全員がありもしない幻影に惑わされて踊らされたとでもいうのか」

「戦闘に参加していたトライブやアルカナ軍の評判は下がるだろうな。だが今回の事が切っ掛けにここが条約違反の技術を用いて戦争の準備を密かにしていたなんてデマが出回るよりも、マシだろう」

「だが…」

「自分達の手でフェイカーを倒せなかったのが悪い。恨むなら自分達の実力不足を恨めとでも言っておけ」

「言えるか!」

「それは冗談だが、アルカナ軍では情報統制が計られるのは間違いないだろう。女王蜂クイーンビィだって理由を説明すれば納得してくれるだろう。その上で光学迷彩技術に関する情報が漏れた場合を考慮して、予め機能しないが完成している設計図でも仕込んでおけばいいさ。オッサンなら作れるだろ」

「ああ」


 神住と会話を続けていることで天野は少しずつ状況を整理することができたらしく渋々ながらも納得した様子で頷いていた。


「だが、それには大きな問題が一つある」

「わかってるさ」

「どうにか出来るのか?」

「無理なら言わないさ。けど時間が無い。事前に見せることはできないぞ」

「そこは構わん。だが、失敗は許されないぞ」

「誰に言ってるんだ」


 互いに視線を逸らすことなく言葉の応酬が繰り返される。

 目に活力を戻した天野に神住が忘れていたと問い掛けた。


「次の襲撃の予測場所と予測日時を教えてくれ」

「ああ」

「アルカナ軍はどう出るつもりだ?」

「これまでと変わらず駐屯地の戦力による迎撃になるはずだ。配備されているデルガルの数や配置、規模も事前の情報から変化はないはずだが、御影の邪魔になるようならどうにか言って撤収させるが」

「いや、変に配置が変われば襲撃を中止するか、俺達がいない駐屯地に狙いを変えるかもしれない。トライブ一つくらいの増援では予定を変えないのは前回の女王蜂クイーンビィで確認済みだ。だとすれば今回も同程度の戦力しか用意できなかったと思わせておいたほうが良い」

「わかった」


 襲撃の映像データとアルカナ軍とギルドで解析できているフェイカーのデータを受け取り、神住達は部屋を出て行く。

 部屋に残った天野は水戸の前であるというのに憚ることなく、安心したように溜め込んでいた息を大袈裟に吐き出していた。

 そして素早く指示を送る。

 たった今、神住との会話で決まった終着点に辿り着くために。

 天野は一人になった部屋で早速ことに取り掛かることにした。

 デタラメの設計図といってもそれが本物であるように見せなければならない。少しばかりの知識を持つ程度ならば簡単に騙せるように、本職の技術者は正しく読み取れて、それでいて必ず失敗するように。


「全く。中々に面倒なことを簡単に言ってくれる」


 キーボードを叩く手は止まらない。

 見る見るうちに組み上げられていく設計図ファイルには【F】という名前が付けられていた。

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