第16話

「それはさておきだ」


 会話の流れを一度遮って天野が切り出す。


「二人を呼び出したのはこの映像を見せるためだけではない」

「だろうな」知っていると神住が頷く。

「御影は勘付いているみたいだが、敢えて言わせてもらう。御影神住、怜苑美玲、いや、トライブ、ニケーにギルドから正式に仕事を依頼する」

「依頼?」

「君達にはこの事件の解決に力を貸して欲しい」


 天野の言葉に美玲が表情を険しくする。神住は少し考えたあと、確認するように問い掛けた。


「それは襲ってきているフェイカーの迎撃という意味でか?」

「いや、言葉の通り。事件の解決という意味でだ」

「つまり犯人の確保だけじゃなくて、事件の解明もってわけか」

「前者はそうだが、後者に関しては警察とアルカナ軍で行われるはずだ。ギルドには捜査権なんてものはないからな」

「それを言うならさ、逮捕権なんてものも無いだろ」

「今回の犯人と判明している人物に限り拘束することは許されている」

「珍しいな」

「とはいえ誰も彼も捕まえるわけにはいかない。疑わしきは罰せずというように、ただ怪しいというだけでは誰も捕まえることはできない。私達にとって確実なのはフェイカーのコクピットから直接ライダーを引きずりだして確保するといった手段になるだろう」


 天野は淡々と告げているが、それはかなり困難な仕事であることは間違い無い。そもそもの話、以前の襲撃ではフェイカーの迎撃にすら失敗しているのだ。


「どうして俺達なんだ? この前は他にも当てがあると言っていたじゃないか」

「逆に聞くが、御影はこの事件を解決できそうな人物に心当たりはあるか? あるのなら教えてくれると助かるのだが」


 挑発するように訊ねた神住に天野は冷静に言葉を返す。


「御影は失念しているようだが言っておくぞ。ニケーはこのギルドでは最上位の実力を持っているトライブだ。それと同等の実力を持つトライブとなると両手で数えられるくらいでしかない。秘密厳守を絶対に守れるという条件を加えると半分以下だ。条件に該当するトライブで今現在アルカナにいるのはニケーだけだ」

「他の人達はどうしているの?」

「タイミング悪くも他のアルカナへ遠征中だ」

「全員がか」

「立て続けに救援要請があってな。受けるかどうかは各トライブに任せていたが、珍しく全員が受けたというわけだ。まあ、完全にアルカナをからにすることせずに最低限の人員と戦力は残しているだろうが、ニケーのように少数精鋭のトライブも珍しくはない。

 何よりオートマタの急襲に備える必要もあるからな。残された戦力を今回の事件に総動員するというわけにもいかないのはギルドもアルカナ軍も同じということだ」

「まあ、それはそうだろうけどさ」

「というか、自分達の駐屯地が襲われているっていうのにアルカナ軍は本気で迎撃するつもりはないのかしら?」

「場所が待機港区画なのが問題なんだろう。アルカナ軍の最大の持ち味はその圧倒的な物量による殲滅戦だ。だが曲がりなりにもアルカナの内側ではその物量を完璧に生かすことなどできるわけがない。限られた戦力で対応を求められることになるが、それには駐屯地基地に配備している数で対応するのが効率的だと判断していたようだ」

「だから増援も無かったってこと? それでやられていたら意味がないでしょうに」


 美玲が信じられないというように嘆息混じりに言った。

 天野は「そうだな」と肯定するも続け様にアルカナ軍側にある理由を自分の予想も含めて話すことにした。


「別の基地までの距離が障害になったのだろう。そもそも当初は駐屯地基地にある戦力でどうにかできると考えていたんだ。であれば別の基地が襲撃を受けたとして、その時点で救援に向けて準備をするとは考え難い。襲撃を受けてから準備をして向かうのでは間に合わなかったはずだ。何せフェイカーの襲撃は全て短時間で切り上げられているのだからな」


 資料に残っているフェイカーの襲撃に掛かった時間は長くても二時間程、短いと一時間足らずしか掛かっていなかった。

 仮に素早く準備を終えて、近隣の駐屯地基地からジーンの走力を持ってして向かったとしても、その僅かな時間では到着した時には既に戦闘が終わっていたとしてなんら不思議ではない。

 何よりも移動によってエネルギーを消耗した状態では満足に戦うことすらできない。それを補うために戦艦があるのだが、それも駐屯地基地以外の拠点や戦艦が停泊している待機港では思うように移動することなど不可能。

 結局は各駐屯地が用意していた当初の戦力で対応するしかないのだ。


「だから俺達ニケーか」

「部隊ではなく、単機で強力な戦力が求められるからな」


 天野の視線が美玲に向けられた。

 美玲は腕を組み、目を瞑って考えて、はぁと溜め息を吐いて覚悟を決める。


「仕方ないわね」


 危険な仕事は積極的に関わりたくはない。元々オートマタと戦う仕事である以上は多少の危険は織り込み済みだったとしても、美玲は自分の娘を、仲間を、必要のない危険に巻き込むわけにはいかないというのが真鈴の母としての信念であり、ニケー艦長としての信条でもあった。

 しかし、時にはそれに反してでも行うべきことがある。それは、より大きな危険を退けるために、目の前の危険に立ち向かうこと。

 フェイカーの襲撃は現状そこまで大事にはなっていない。けれど、もしフェイカーが待機港区画より奥に侵入したら。そこで何かしらの破壊行動を行ったら。

 考えれば考えるほど浮かんでくる最悪の事態を避けるべく動くことがこの時の自分達に求められているように美玲は感じられた。


「分かりました。次の襲撃があればその時に私達ニケーも迎撃に参加します」

「感謝する」

「仕事として受けるわけだからさ、ちゃんと報酬は用意しておけよ」

「わかっている。そもそも今回は最初から御影達ニケーに頼むつもりだったからな、既に十分な報酬は用意してある」

「準備がいいことで」


 ギルドが発行している契約書を取り出しながら天野が答えた。

 手渡されたそれに目を通して内容に不備が無いことを確認すると美玲がニケー艦長としてのサインをして神住に渡す。神住はトライブの代表としてのサインを記して天野の前にそれを置いた。

 二人のサインが記された書類を天野が水戸に渡すと、水戸はそれを持ったまま一礼して部屋を出て行った。


「ところでさ、さっきの映像以外には新しい情報はないのか」


 再び資料に目を通しながら神住が訊ねる。


「流石に昨日の今日だからな。対峙した女王蜂クイーンビィの二人やアルカナ軍の面々から聴取したことを纏めたものに目を通したが、あの映像以上に役立ちそうなものは無かったはずだ」

「犯人と睨んでいるのは相も変わらずジュラ・ベリーという男のままなの?」と問い掛ける美玲。

「ああ。それは変わってはいない」

「だけど亡くなっているのよね」

「墓荒らしをしたわけじゃないから死体までは確認したわけじゃないが。そもそも二十年も前に安置された遺体など確認のしようがないと思うが」

「そりゃあそうだ。ちなみに昨日の戦闘ではその男の姿は確認できたのか?」

「いや。フェイカーが逃走して見失うまでの映像も確認したが、ライダーの姿までは確認できていない」

「それじゃあ、実際は誰が乗っていたのかわかっていないってことか」

「フェイカーを拿捕だほできていれば違ったのだろうが、相手の強さが此方の想定を超えていた」

「俺達はまずフェイカーを倒すことに集中すればいいんだよな」

「ああ。ライダーの確保をするにしてもフェイカーが動いている状態ではどうすることもできないだろう。まずはフェイカーを討伐することに集中してくれ。何より御影が倒されるようなことがあれば、今のギルドにはフェイカーをどうこうする戦力が無いことになる。無理をしろとまでは言わないが、無理をしてでもどうにかしてくれとは思っているぞ」

「なんだそれ。まあ、やるだけやってみるさ」


 ジーンの戦闘は常に命の危機が付きまとう。どんなに安全装置が施されていようとも絶対の安全などあり得ない。

 ジーンに関わる者として天野もそのことを理解しているからこそ曖昧な言い方で応援することしかできなかった。

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