第15話
「尤もそれだけが理由ではないがな」
ポツリと小さく呟かれたその言葉が意味することは光学迷彩技術の兵器流用の危険性だ。
根本的にジーンは兵器である。その力が振るわれる対象がオートマタという存在にであるためにそれほど忌避感はないが、その使い方を誤れば容易く多くの同胞の命を奪うことができるものであることには変わらない。
姿を消して急襲することができる技術など、その最たるものの一つだ。
オートマタ戦でのメリットの少なさはそのまま対人戦におけるメリットの多さに繋がることがある。
いくつもの可能性を考慮して作られたのが光学迷彩技術の使用禁止という国際条約だった。
「とにかくだ。フェイカーが光学迷彩を搭載しているのは確実と思っていた方が良さそうだ」
「まあな」
肯定する神住に天野は話題を変えることなく浮かんだ疑問を言葉にする。
「姿を消している時に攻撃を仕掛けないのは何故だ?」
「搭載されている武装があの外付けのパイルバンカーだけということを考慮すれば、光学迷彩の装置やホログラム投影の装置はそこまでの小型化はできていないんだろ」
「なるほど。だからこそデルガルの姿を使っているというわけか」
「おそらくな」
「どういうことなの?」
納得したように呟いた天野に対して、同じ話を聞いていた美玲はわからないと疑問を投げかけていた。
神住は静止した映像に映るフェイカーを拡大しながら説明を始める。
「アルカナ軍で正式採用されているデルガルの外見的特徴は頭部の単眼のカメラアイと全身の丸みを帯びたぶ厚い装甲にある。それに対してこのフェイカーが纏っているデルガルを模した全身の装甲はおそらくだけど本来のデルガルの物に比べてかなり薄く作られているはず。
防御力を高めるための装甲の厚みを削ってできたスペースには光学迷彩とホログラム投影のための装備があるはずだ。
杭の発射にもそれほどエネルギーを使わないパイルバンカー以外の武装がないことを鑑みれば、フェイカーが消費するエネルギーは機体を動かすことを除けば光学迷彩とホログラム投影に使われている可能性が高いってことだ」
「冷静になれば攻撃力はそこまでじゃなかったってことか?」
説明を聞きながら抱いた感想を声に出した天野に神住は「それはどうかな」と即座に否定していた。
「姿を消して接近して攻撃することができる以上、武装の威力はそこまで攻撃力に影響していないと思うぞ。それにパイルバンカーのような機体の性能に左右されない武器を使えばすぐに解決できる問題だ」
「パイルバンカーの最大の欠点である最接近しなければ攻撃が届かないという点も、光学迷彩とホログラム投影の併用でカバーできているってことか」
「そうなるな」
最初に見た時よりも危険な印象を持つフェイカーに鋭い視線を向ける神住は更に言葉を続ける。
「ホログラム投影の技術もさ、高密度、高精細のホログラムをスクリーンではなく何もない空間に投影するにはかなり高い技術力が必要になるはずだ。それこそ外でビルの壁や広げた布に映画を映すなんてこととは天と地ほどの差があるくらいに」
「それに加えて言うなら相対しているアルカナ軍や
神住の説明を受けて浮かんだ疑問を天野は素直に声に出していた。
「俺が思いつくとすれば“水”かな」
「みず?」
「より正確に言うのなら、周囲を漂っている霧くらいに微細な水の粒」
「確かにこの襲撃が起きた日は雨が降っていたな。だが、以前の襲撃の時には雨が降っていない晴れの日もあったはずだ。その時の前日も、前々日も晴れていたはず。それだと空気中の水分を利用するにはホログラムを投影できるほど密度が足りていないんじゃないか?」
「二回目の襲撃の時だな」
「ああ」
神住は手元の資料に視線を落とし、過去の襲撃の記録を確認していく。
天野が言うようにこの日は晴れで且つ風の強い日だったらしい。資料に付随するその日の天気の記述を確認しながら神住は浮かんだ可能性を並べていく。
「俺が想定しているよりも僅かな水分でも十分にホログラム投影ができる技術だという可能性。あるいは乾燥して風が強かったとしたら目には見えない砂や埃が舞っていた可能性もある。それを使って投影していたのだとすれば不思議じゃないさ。
そもそも雨が降っているなかでは普通光学迷彩の性能は落ちるはずだ。なのにフェイカーの光学迷彩は雨によって減衰しているようには見られない。
どっちにしても俺達にしてみれば何周も先を行っている技術が使われていることに変わりはないってことさ」
静止している映像を見ながら意見をすり合わせていく三人。
暫くして疲れたと眉間を抑えながら天を仰ぐ天野が徐に口を開いた。
「厄介だな」
より険しい目付きで天野は映像の中のフェイカーを睨む。
「こいつは私が考えていたよりも随分と面倒な相手だったらしい」
自らの失策を嘆くよりも、次に打てる挽回の一手を必死に考えている。そんな表情で映像を見ている天野に神住はふと浮かんできた疑問をぶつけることにした。
「情報が足りていなかったとしてもさ、事前にもう少し検証することはできなかったのか?」
「この仕事がギルドに回ってきたのは前回の襲撃からだ。それより前はアルカナ軍だけで対処しようとしていた。当初は警察の介入も拒んでいた程だからな。となれば当然資料が送られてきても全てが記載されているわけではない。今御影が見ている資料は前回の襲撃の記録と一応送られて来ていたアルカナ軍の記録を照らし合わせて作ったギルド独自のものだ」
「へえ。それにしてもギルドは一番最後だったってわけか」
「まあな。自分達の手で解決できないと思われるのを嫌ったらしい。大方誰かのプライドの問題だったのだろう。馬鹿げていることだ」
「そう言うなって。自分達で解決できるとアルカナ軍は践んだんだろ」
「その結果がこれだ。まあ、渡された資料にある情報だけではフェイカーが使っている光学迷彩やホログラム投影のことを正確には把握出来なかったギルドにも落ち度はあるが」
「仕方ないだろ。実際に相対してみないと分からないことってやつさ」
「仮に襲撃の度にフェイカーの性能が上がっているのだとすれば、次の襲撃では今よりもフェイカーの性能が上がっているのは確実だ。例えそれがどのようなものであったとしてもな」
「俺には性能の向上というよりは、ゆっくりと完成に近付いているように、俺には見えるけどな」
ジーンの完成は一朝一夕では不可能だ。失敗と成功を繰り返し、少しずつ完成に近付いていく。どんなに優れた腕を持つ開発者だろうともその歩みを止めてしまえば技術者として失格だと神住は考えていた。
そういう意味では今回の襲撃者、延いてはフェイカーの開発者は神住が考えるまっとうな技術者ではあるらしい。
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