第14話

「これが昨夜起こったことの一部始終。第十二駐屯地基地に設置されている監視カメラとジーンに残されていた無事だった映像だ」


 六十インチのモニターに映し出されている映像を止めて天野が言った。

 場所はギルドの第三管理部部長室。重々しい空気が漂うこの部屋で応接用のソファに腰掛けているのは神住と美玲とその二人をこの部屋に案内してきたニケー担当のギルド職員である水戸の三人。天野は自分の机に浅く腰掛けてモニターのリモコン片手に深刻そうな表情を浮かべていた。

 天野はリモコンを操作しながら件のジーンが映る場面で映像を止めた。


「フェイカーっていう呼称が付いていたんだな」

「この前、御影に見せた資料が作られた後のことだ。それに仮称でしかないからな。わざわざ伝える必要はないと思ったのだが、問題があったか?」

「いや、問題はないさ」


 真新しい資料に目を通しながら呟く神住に天野は自然な様子で答えていた。


女王蜂クイーンビィというトライブの実力は本物。まして、今回参加した二名のライダーは女王蜂クイーンビィでも指折りの実力者として知られている。そしてそれはおそらく第十二駐屯地基地にいるアルカナ軍のライダーも同じはずだ」

「だろうな」

「ということはそれを一機で殲滅したこのフェイカーってジーンが凄いってことになるのかしら」

「認めたくはないが、その通りだろうな」


 嘆息しながらソファに腰掛ける天野はその表情に疲労を滲ませている。


「被害はどのくらい出たの?」

「重傷者と軽傷者を数えだしたらキリがない。無傷な人の方が少ないような状況だったみたいだからな。幸い死者は出ていないが、それも幸運だったと言わざるを得ないだろう。それに出撃したジーンは全滅している」

「今も第十二駐屯地は壊滅状態のままなの?」

「施設自体は無事なものが多かったが何もしないで使える状態にあるとは言い難い。復旧作業は早急に行われているが、問題なのは破損した設備の殆どがアルカナの防衛に使われていて、未だに使えないままであることだ。

 他の駐屯地やアルカナ軍本部にある予備設備を運び入れて使えるようにするにしても、ここよりも前に二つの駐屯地が襲撃されていて現在も復旧作業が行われていることを考えれば、物資が足りなくなることは確実だろう。

 アルカナ軍本部が機能しなくなってはアルカナの防衛も何もできなくなるからな。

 駐屯地基地の使えなくなった施設は破棄するにしても、これから仮設の施設が建設されることになれば、それが完成するまでは物資以上に人手が足りなくなるのは確かだな」


 人員の割り振り方は内々に決まることだろうと付け加えて天野は冷めたお茶を一気に飲み干した。

 天野と美玲の会話を黙って聞いている神住はモニターに映し出されているフェイカーを真剣な面持ちで見つめていた。


「何か気付いたことがあるのか?」


 何か期待するように天野が神住に問い掛けた。


「そうだな。もう一度こいつが姿を消した時を見せてくれないか?」

「ああ。構わないぞ」


 手元のリモコンを操作して天野は止まっていた映像を最初に戻すと暫くしてフェイカーが姿を消した瞬間が映し出された。


「もう一度。今度は姿を消す瞬間だけで良い」

「ああ」


 同じ手順で映像を再生する。


「もう一度、頼む」

「これを渡すから好きに見てくれ」


 二度三度となれば自分で操作させた方が早いだろうと天野は持っていたリモコンを神住に手渡すと今度は神住が何度も何度も同じ映像が繰り返し再生されるのを黙って見守ることになった。

 真剣な面持ちで映像を見る神住。

 幾度となく繰り返される一連の映像。

 程なくして何か納得したようにリモコンをテーブルに置いて神住が頷いた。


「分かったのか」

「ここで使われているのは光学迷彩だけじゃないな」

「どういう意味だ? というか光学迷彩だと、まさかそれが使われていると言うのか」

「可能性が高いのはそうだろうな」

「信じられん」

「いや、フェイカーが姿を消しているのは確かに光学迷彩によるものなんだろうけどさ、この姿を現わした感じはどちらかといえば映像の投影に近いように見える。昨今飛び出す映画の投影などに使われているホログラム投影技術だな。尤もその精度は比べるまでもないが」


 そう言ってまた神住は別の場面で映像を止めた。

 ホーネットが突撃槍ランスを持ってフェイカーに突撃していく場面だ。角度によってはフェイカーを貫いたように見えるが、別の角度からは全く見当外れの場所に突撃槍ランスを突き出しているようにも見える。

 その直後、突撃槍ランスがフェイカーを貫いた瞬間にフェイカーは掻き消えるように霧散してホーネットの直ぐ横から手を伸ばして突撃槍ランスを掴んでいるのだ。


「掴んでいるのは実物のようだが」


 静止した映像を見ながら天野が言った。


「だろうな。流石に投影された映像が実体を持つことはないだろうからさ」

「ではホーネットが狙っていたフェイカーがホログラムによるデコイだったと」

「多分な」

「それにしてもホログラムの投影と光学迷彩の併用か。なるほどな。だから攻撃を受けたはずのフェイカーが目の前で消えたようにも見えるし、遠く離れた場所に出現したようにも見えたというわけか」

「かなり高性能な光学迷彩技術だと思うぞ。それにいくら俺達が光学迷彩技術に対して知見が劣っているとしてもだ。ここまで綺麗に機体を隠せてるのは称賛ものじゃないか」

「冗談でも笑えんな」


 眉間に皺を寄せながらきっぱりと言い切る天野に美玲は深く頷いていた。


「事前に言っておくが、御影もフェイカーを解析するのは構わないが、同じ物を作ろうとはするな。ジーンに光学迷彩を搭載するのは国際条約違反になるぞ」

「わかってるさ。それに対オートマタ戦に限れば光学迷彩は必要はない上に、使用する方が危険だからな」

「そうなんですか?」


 当然のことであるように答えた神住にこれまで沈黙を貫いていた水戸が素直な疑問を投げかけていた。


「基本的にオートマタとの戦闘は複数対複数になる。そこに姿を消すことのできるジーンが参戦しているとしたら。そうだな、仮に水戸君がライダーだったとして考えてみてくれ。もし自分が知らないトライブが高性能な光学迷彩の機能を持つジーンを使っているとしたら、どう思う? いつ激突するかと知れないジーンが共に戦っているのだ。あるいは自分が攻撃を仕掛けたオートマタの近くいるかもしれない。その反対もありえる。自分を狙っているオートマタの傍に姿を消したジーンがいるかも知れない。そう考えると少なくとも普段通りに行動なんて出来なくなるだろう」

「はい」

「事前にそういう機能が搭載されているジーンが参戦していると周知されていたとして、自機が探知できないジーンが近くにいた場合に事故が起こらないと思えるかい」

「いえ」

「では今度は自分が光学迷彩の機能があるジーンに乗っていると想定してみてくれ。誰の目にも映らなくなった自機で戦場の真っ只中に飛び込んだとして、水戸君は満足に戦えると思うかい? 自分の事が見えていない友軍とオートマタが放った攻撃がいつ自分に命中するか分からない。それは姿が視認できている普通の状態であったとしてもあり得る事故だが、姿が見えないとすれば危険性は増すだろう」

「そうですね」


 説明している天野の言葉を受けて水戸は納得したと頷いていた。

 国際条約によって禁止されている技術でありオートマタ戦では使えないとされている技術は一般的なギルド職員である水戸にとっては知らないことだった。知る必要のないことだとも言える。精々そういう技術があるとだけ認知していればいい。公式の記録では実際にそれを使う人などこれまでも皆無だったのだから。

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