第13話

「間に合ええぇぇぇぇ!」


 ホーネットが突撃槍ランスを構えて突貫する。

 デルガルに杭が打ち込まれたことで左側から破壊されていく様子が鮮明にホーネットのコクピットに映し出される。

 フェイカーが行った攻撃の刹那。植戸とテレスが狙い定めていたその一瞬を正確に捉えて攻撃を命中させたというのに機体を通して伝わってきた感触は水の塊を貫いたかのように軽いなもの。

 攻撃に失敗したと直感した植戸はすかさずホーネットを後退させようとした。

 だがその瞬間、突撃槍ランスが何かに引っかかったみたいに動かなくなった。


「何?!」


 空を切った突撃槍ランスの先を見ると、そこには突撃槍ランスの先を掴むフェイカーの手があった。


「掴まれた!? まさか、罠に掛かったのは私達だったというのか?!」


 驚愕する植戸が見ているモニターには遂にテレスのデルガルが倒れて動かなくなった様子が映し出されているが、今はそれどころではない。

 植戸はテレスの無事を確認するよりも前に自分の身に襲い掛かった危機の気配に息を呑む。

 グンッと想定していない方向から機体が引っ張られる。

 重量級の突撃槍ランスという武器を使っているホーネットは不測の事態に姿勢制御を失いバランスを崩して両膝から跪いてしまう。


「くうっ」


 コクピットに映し出されるデルガルとそれと酷似したフェイカーの単眼が怪しく光を放つ。

 既にパイルバンカーには新たな杭が装填されている。

 フェイカーは腕を伸ばして跪くホーネットの頭部に狙いを定めた。


「しまっ――」


 ガクンッと大きくホーネットの体が揺れる。

 右肩から斜めに機体に撃ち出された杭が深く食い込んできたのだ。頭を撃ち抜かれなかったのは偶然にもホーネットが泥に滑り体勢を崩したからに過ぎない。

 結合部から破壊され落ちる右腕。

 胸部の外部装甲アウターメイルが破壊され、コクピットがある腹部に杭の先端が迫る。

 頭部のカメラが歪み、コクピットの360モニターにノイズが走ると一瞬にして闇に包まれた。


「やられる――!?」


 植戸が覚悟を決めたその瞬間にホーネットの頭部をも貫いた弾丸がフェイカーの肩を撃ち抜いた。

 突然の衝撃を受けてフェイカーが怯んだことでホーネットの体から杭が外れて地面に落ちて転がる。

 それでもフェイカーがホーネットにとどめを刺そうとパイルバンカーに新たな杭を装填して再びその先を向けた。

 新しい杭が発射されるギリギリのタイミングで一発の弾丸が二機の間を切り裂いた。


「何が起きた?」


 コクピットが闇に包まれたことで外の様子を知ることのできる手段は音だけ。それも鮮明な音とまでは言えず、植戸は自分の経験をもとに聞こえてきた音がなんなのか想像することしかできないでいた。

 続けて聞こえてきたのは大きな銃声。フェイカーの武器はパイルバンカーだけだった。ならば銃器を装備しているのは別のジーンということになる。


「誰だ?」


 銃声に混ざって聞こえるのはブースターが炎を噴きだしている音とジーンの足音。徐々に大きくなってくる足音は何者かが接近していることを如実に物語っていた。


「無事ッスか!? やっぱり心配になってこっちに来ちゃったんッスけど、ちょうど良かったみたいッスね」


 オープンチャンネルで聞こえてくる声は植戸にとって聞き慣れているものだった。

 自身の無事を伝えようと声を出すもホーネットの頭部が破壊されていて拡声器を失っている状態ではコクピット内部の音声を外に届けることができない。それならばとライダースーツのヘルメットに搭載されている通信機を使おうと植戸はそれを起動させるも聞こえてくるのは耳障りなノイズのみ。


 舌打ちをしてコクピットハッチを開こうとするもロックが外れて僅かに外の光が漏れて差し込んできた段階で動かなくなってしまった。

 体ごと開きかけのハッチに体当たりして強引にコクピットを開くと人ひとり分の隙間から這い出るようにして外に出たのだ。

 ヘルメット越しに外界の風が吹き付けてくる。

 微かに感じられる金属や剥き出しの地面が焦げた臭い。

 頭上で瞬く閃光は合流してきた楢のホーネットによって繰り返されるライフルの射撃によるものだった。


「楢か。すまない、助かった」


 壊れたホーネットのコクピットから抜け出たことで障害が減ったのか、ノイズ混じりだったとはいえ自身の声を楢に伝えることができた。


「それよりも…これは全滅したってことッスか……」

「そうなるな」


 悲痛そうな声色で呟いている楢は半壊状態のホーネットを庇うように立つことで生身の植戸も守っているつもりなのだろう。

 その手にある武器は戦闘が始まった当初使っていたショットガンではなく、アルカナ軍が使っている中距離ライフル。

 植戸の指示を無視して仲間の救援に向かうと決めた段階で広範囲に向けた射撃武器ではなく、より射程の長い別の武器を使うことを決めていた。しかし近くには代わりになりそうなものはない。困っている楢に手を差し伸ばしたのは駐屯地基地でオペレーターの手伝いをしていた叶上だった。

 駐屯地基地に置かれている予備の武器を使えば良いと告げられた楢は持てる限りの武器を携えてこの場に現われたのだ。

 弾を撃ち尽くした中距離ライフルを投げ捨てて楢は別の同型ライフルを構えるとそのまま数メートル前方に移動して植戸のホーネットから離れていたフェイカーに放つ。


「気を抜くなよ楢。あれは私とアルカナ軍をたった一機で殲滅してみせた奴だ」

「――っ、了解ッス」


 同時に二つのライフルを構える楢のホーネットは地面を滑るように移動しているフェイカーに攻撃を行った。

 パイルバンカーを携えている腕を下げて水平移動しながらまたしても全身を歪ませたフェイカーを追いかけるように地面に着弾するライフルの弾丸。

 等間隔で弾ける水柱は姿の見えないフェイカーの軌道を浮き彫りにしていた。

 本来狙撃が得意なライフルでは逃走するフェイカーを捉えることができない。それならばと楢は弾がまだ残っているライフルを棄てて次なる銃に持ち替えた。

 両手に持たれたマシンガンで撃つ。銃声に続いて排出される空の薬莢が地面にばらまかれた。


「逃がさないッスよ!」

「――待て!」


 連射速度が増したマシンガンを撃ち続けながら逃げるフェイカーを追いかけようとする楢のホーネットを声を張り上げた植戸が静止した。

 思わず楢のトリガーを引く手が止まる。

 銃声が止み静寂が訪れるとそこにはまるで最初から何もいなかったというように自分の攻撃の痕以外の痕跡は残っていない。

 フェイカーは煙のように忽然と姿を消してしまったのだ。


「どうして止めたんッスか?」

「追わなくていい。これ以上は無駄だ。私達は、あれに負けたのだ」

「そんな……」

「楢、まだ動けるのなら生存者の確認と救助を頼む」

「分かりましたッス」


 自らの敗北を受け入れてはっきりと告げた植戸に楢は渋々といった様子で従った。

 程なくして第十二駐屯地基地から飛びだしてくる救援の人員。

 専用の重機とトレーラーによって回収されていくガラクタと化したいくつものデルガル。

 それと同時に多くのライダーが救助されているのだった。

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