第12話

「無事ですか?!」


 コクピット内部の音声が拡声器を通して周囲に響き渡る。本来は無線で話をしているのだが、この時のテレスは植戸の声が届いているとは思えないほど一心不乱にマシンガンで撃ち続けていた。その為に外部にも届くようにマイクの音量を最大にまで上げて声を掛けることでようやく届いた。


「テレス!」

「あ、ああ、すまない」


 植戸の声を聞いてはっとしたようにテレスはマシンガンの乱射を止めた。


「落ち着いてください。熱くなりすぎてますよ」

「だが、あいつが」

「状況は分かっています。ですが、こうも視界が悪いと手を出すことすら難しくなってしまいます」

「――くっ。そうだな。私は冷静さを欠いていたようだ」


 降り止まぬ雨の中、ジーンの挙動によって飛び散る泥と舞い散る薬莢と漂う硝煙によって向こう側にいるはずのフェイカーはその姿を隠してしまっていた。

 植戸のホーネットとテレスのデルガルはそれぞれ探すように頭を動かす。二機のジーンの頭部にあるのは同タイプの単眼カメラアイ。それが頭部の内側で拡大と縮小を繰り返しながら視界のノイズを自動的に除去していく。

 自動補正が働いたことで視界がクリアになっていくが、それでも雨の残滓は残ったまま、足下に転がっている薬莢も消えることはない。

 冷静さを取り戻したテレスが手掛かりを求めてぶつぶつと呟きながら忙しなく視線を巡らせていた。


「どこだ…どこにいる……」

「泥濘みを辿れば位置が掴めるのでは?」

「いや、不自然なほど足跡は残されていないようだ。目立つのはどれも我々が付けたものばかり。奴がいた痕跡は何処にも」

「見つけた」

「どこだ!?」

「前方左斜め。景色に僅かな違和感がある場所があります」


 ホーネットの横に並ぶとデルガルのカメラアイが植戸が示した方を拡大した。


「あそこかっ!」


 カメラの補正が働いたことで最初の頃よりは幾許かマシになっていた視界の先に植戸が見つけた違和感が色濃く現われている場所がある。

 この場で隠れた何かがあるのならそれがフェイカーであることは疑いようがない。

 姿は捉えられないにしてもフェイカーを見つけたと判断した途端にテレスのデルガルは再びマシンガンの銃口を向けていた。


「待ってください。今度は私が先に攻撃を仕掛けてみますからテレスさんは後方から支援をお願いします?」

「しかし……」

「私の武器は突撃槍これです。つまり、前に出るのは私が適任です」

「確かにそうですね。わかりました、貴方に任せます」

「では、行きます。タイミングを合わせてください!」

「応!」


 ホーネットが突撃槍ランスを構えてフェイカーに向かって駆け出した。

 突進を仕掛けた瞬間、背部に備わるブースターが炎を噴き急加速していく。

 船が海を移動する時に水面を割るように、ホーネットは前に進む度に泥濘んだ地面を切り裂いていく。


「捉えた!」


 勢いに任せて突撃槍を突き出す。

 超重量の武器から繰り出されているとは思えないほどの素早い攻撃はこれまでにも狙ったものを的確に、且つ確実に貫いてきた。

 動かずに植戸の攻撃を待ち構えているフェイカーは突撃槍ランスの刺突を受ける直前にゆらりと上体を揺らした。

 水面に小石を投げ入れた時のようにフェイカーの全身に波紋が広がっていく。すると突然ホーネットのカメラアイは捉えていたはずのフェイカーの姿を見失ってしまった。


「――何っ!?」

「止まるな!」


 ブースターを逆噴射することで急ブレーキを掛けて立ち止まろうとするホーネットをフォローするようにテレスのデルガルはフェイカーがいた場所に目掛けてマシンガンを撃ち出した。

 しかし撃ち出された弾丸は一つとしてフェイカーに届くことはない。


「ぐうぅ」


 まるで蜃気楼を射貫いたかの如く、着弾すると思われた弾丸は後方へと過ぎ去りその代わりとでもいうようにあらぬ方向から衝撃がテレスのデルガルを襲った。


「馬鹿な、後ろから?! まさか、あり得ない!」


 テレスはコントロールステックに掴まることで全身を揺らす衝撃を堪えてみせるも機体はそうはいかない。自重を支えるバランスを崩してしまったデルガルは泥濘んだ地面に足を取られ、正面から倒れ込んでしまった。


「くっ、だが、今なら! 植戸さん!」

「わかってます!」


 咄嗟にホーネットが振り返り、突撃槍ランスの先をテレスのデルガルが倒れた場所に向ける。

 再びブースターを噴かして突撃を試みる植戸。しかしそれよりも先にフェイカーは矛先を向けたホーネットを一瞥すらすることなく、またしてもゆらりと全身を歪ませてその姿を消してしまっていた。


「くそっ。また消えた……」


 飛び出すことが出来ずにその場に立ち続けていたホーネットは攻撃を諦めて、倒れているデルガルを抱え起こすことを優先した。

 ボタボタと全身の装甲から垂れて落ちる泥。

 頭部にまでかかった泥がカメラアイを塞ぐも、デルガルは乱暴にそれを掌で拭ってみせていた。


「動けますか?」

「問題は無い……と言いたいところですが、先程の衝突で左腕に異常が出たみたいです。左手は指先一つ動かせません」

「戦えますか?」

「この程度ならまだなんとか。それに撃つくらいでしたらどうにかしてみせますよ」

「では、どうにかしてあいつを倒しましょう」

「植戸さんに作戦はあるのですか?」

「いえ、正直何も思いついていません。それにあの姿を消す仕組みが分からないことにはこちらの攻撃が当たらないでしょうね」

「同感です。ただ、これまでの感じから確実なことが一つ」

「それは?」

「奴が攻撃を仕掛けてくる瞬間だけは奴も姿を消すことができないはず」

「攻撃を仕掛けてくる瞬間って……まさか、何か変なことを考えるんじゃないでしょうね」

「別に変なことなんて考えてませんよ。ただ、片腕が動かない私は囮にするには最適だと思いませんか?」

「危険すぎます」

「私はアルカナ軍の軍人です。アルカナの危険を取り除くのは私が負うべき役割であり、私にはそうするだけの責任がある。だが、私では手が足りないのは明白。だからこそ、植戸さん。私に力を貸して頂けますか?」

「わかりました。でも、死なないでくださいね」

「元より自殺願望など持ち合わせていませんよ」


 テレスのデルガルが片手で弾丸を撃ち尽くして空になったマシンガンのマガジンを射出して新しく腰の装甲に装備されている予備の弾倉を装填してみせた。

 二人が息を殺して待ち構えているとまたしても二機のジーンが向いているのとは異なる方角からフェイカーが姿を現わした。

 予め出現に備えていたためにテレスは即座に現われたフェイカーにマシンガンの銃口を向けることができた。

 そのままテレスは躊躇うことなくに引き金を引く。

 断続して聞こえてくる短い銃声と共に無数の弾丸が撃ち出された。


「やはり照準が狂っているか。だが私の役目は果たさせてもらう」


 狙いとは異なり地面を穿つ弾丸も予想していたというようにテレスは構わず撃ち続ける。

 乱雑にばら撒かれる弾丸の何割かはフェイカーに当たる軌道を描いて飛んでいく。だが、その何割かですら姿を揺らめかせたフェイカーに当たることはなかった。


「――来い」


 突撃槍ランスを構えるホーネットのコクピットで植戸が小さく呟く。

 姿を消して攻撃を躱した後には必ずフェイカーの攻撃がある。

 一連の挙動がパターン化しているのだとすれば、その一瞬こそが二人が狙っている瞬間だ。


「――来いっ」


 自ら囮になると言い出したテレスは自分が攻撃される瞬間を狙い防御するために神経を研ぎ澄ましていく。その後ろではホーネットが急加速に備えてバックパックのブースターを限界まで稼働させていた。

 ホーネットのカメラアイが捉えているフェイカーがいる場所とは異なる、テレスのデルガルがマシンガンを乱射している場所の近くで空間が揺らめいた。

 目に見えているものは信じることはできない。

 それがフェイカーとの戦いで学んだこと。注意するべきは僅かに起こる変化の兆しだけ。そう念じながら目を凝らしていた植戸だからこそ、その一瞬を逃すことなく捉えることができた。


「そこかっ」


 ホーネットは素早く体の向きを変えて、突撃すべく身を屈める。

 揺らめきの中から姿を現わして攻撃を仕掛けてくるフェイカー。いつの間にかその腕には巨大な杭を撃ち出す工事用のパイルバンカーみたいなものが装備されていた。


「あれがフェイカーの武器なのか」


 工事用の機械の一つである杭打ち機を転用した武器を振りかざしたフェイカーはマシンガンを撃ち続けているテレスのデルガルに攻撃を仕掛けてきた。

 既にダメージを負っている左腕を犠牲にして防御しようと身体の向きを変えるテレスのデルガル。しかしそんな行動を嘲笑うようにフェイカーの腕の上から打ち込まれた杭はデルガルの左腕を砕き、そしてその胴体の外部装甲アウターメイルまでもを貫いた。


「今だ! やれええ!」


 テレスのデルガルがマシンガンを落とした。手を離れてマシンガンが足下に落ちるのと同時に砕かれ切り離された左腕が宙を舞った。

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