第10話

 二日後。昼の十二時を過ぎた頃。

 ドーム型都市【アルカナ】では天候すらコントロールできる。とはいえど夏に雪を降らしたり、冬に真夏の日差しを作り出すようなことは難しい。基本的には外界の天候をトレースしてアルカナで再現するだけだ。

 敢えて外界と異なる天候にする時は台風などの荒天から逃れることが目的であり、例えるなら外が嵐の日にはアルカナでは普段より強い雨が降ったり、外が台風の時にはアルカナでは普段より強い風が吹く等と、ある程度軽減された天気になるのだ。

 この日、アルカナには雨が降っていた。

 つまり外界でも同じように雨が降っている。

 外界の空を投影する果てが見えない天井には曇り空が、風と共に黒い雲が流れる様子が映し出されていた。


 待機港区画に設置されたアルカナ軍の駐屯地の一つ【第十二駐屯地】には普段見慣れないジーンが二機並んでいた。二機のジーンの近くにはアルカナ軍正式採用量産機【デルガル】が何機も整列している。

 見慣れない二機のジーンと複数のデルガルを合わせた総数十四機にも及ぶジーンが野晒しの状態で降り注ぐ雨をその身に受けていた。


「あなた方がギルドからの増援ですな」


 駐屯地基地にある建物の一室でアルカナ軍の制服を着た男とラフな格好をした男達が緊迫した雰囲気で向かい合っている。

 会話の口火を切ったのは屈強な肉体を持つアルカナ軍の男。胸の名札にはテレス・ホーガンと記されている。鍛え上げられた肉体と日に焼けた褐色の肌が殊更健康的な印象を与えているためか到底四十歳には見えないテレスは目深に被った帽子の下から鋭い眼光をテーブルを挟んで正面に立つ二人の男に向けていた。


「ええ。私はトライブ【女王蜂クイーンビィ】所属、植戸泰斗うえどたいとです。副リーダーを務めさせて頂いています。彼は私の直属の部下の」

楢章久ならあきひさッス」


 植戸泰斗は二十代後半の男。着ている服はライダースーツではなく、山登りに行くときに着る水を弾く素材のカラフルな服。髪は短く、髭の剃り痕など微塵も見られない清潔な肌を持つ好青年である。

 人当たりの良さそうな印象の植戸の隣に立っている楢章久は植戸より五歳ほど年下の男性である。植戸とは違い着ている服はジーン用のライダースーツ。派手な黄色と白の生地で作られているそれには様々な形をしたエンブレムがいくつも縫い付けられている。


「二人だけですか」

「不満ですか?」


 思わず溢れたテレスの言葉に植戸は訝しむような視線を返す。


「いえ、そういうわけでは。確認しただけですのでお気を悪くしないで頂けると有り難い」

「そういうことでしたら。事前にギルドから私達のトライブの詳細が届いていると思うのですけど」

「ええ、確認してあります。有力なトライブの方が協力して頂けると言う話でしたからね。確かに女王蜂クイーンビィといえば私でも知っている実力のあるトライブなのは承知していますが」

生憎あいにくと少数精鋭でやっていましてね。それに、リーダーを含めた他のメンバーは現在、別の仕事で留守でして。今回は私と彼が担当することになったのですが安心してください。自分で言うのもあれですけど、彼も私もかなり強いですから」


 名刺代わりに手渡された端末と植戸と楢の二人の顔を確認したテレスは納得したように頷くとアルカナ軍の制服の胸ポケットから携帯端末を取り出した。


「言い遅れました。私はアルカナ軍第十二駐屯地基地中隊長、テレス・ホーガン中佐。そして彼が今回の事件の捜査を担当している」

「自分は叶上駿河かなかみするが警部補です」

「ああ、警察の方でしたか」


 意外だというように植戸が呟く。

 叶上の格好はくたびれたトレンチコートとその下には糊の利いていないスーツ。履いている革靴も何年も同じ物を使っているかのようにボロボロだ。皺が深く刻まれた顔に灰色がかったオールバックの髪。五十歳になったばかりだというのに実年齢よりも老けて見られがちな叶上は淡々と自分がここに来た理由を話し始めた。


「我々は襲撃事件として捜査していますからね。次の襲撃が予測されている場所にはこうして出向して来ているというわけですな。念の為言っておきますが、自分はジーンを持っておりませんがね」


 はっはっはっと笑う叶上に不満を言う人はいない。それは警察がジーンを使わないと知っているからだった。警察が使っているのは工事作業用の強化外骨格パワードスーツ【ワーカー】を暴徒鎮圧用に改良調整した【ローダー】である。

 武器を持った凶悪犯を確保したりするのにジーンは過剰戦力。その巨体は戦力としては申し分ないのだが、それはオートマタなど同程度の大きさや戦力を持っている相手に限ったこと。ジーンでは街の中を逃げ回っている人を捕まえたり、暴れ回っている暴漢に対応したりするのには向かないのだ。

 適材適所、その言葉を表わすようにこの場には叶上が普段使っているローダーはない。襲撃者の対処はあくまでもジーンを扱っているアルカナ軍に任せているということだろう。


「まずは、アルカナ軍を代表して私が皆さんの協力に感謝します」

「いえ、こちらも皆さんには強力して頂くことも多いと思いますので、お互い様ですよ」

「事件の解決は我々警察の仕事でもありますからな」

「そう言ってもらえると助かります。では、取り急ぎ情報の共有をしましょう」


 事前に用意してあった端末を操作して部屋の壁に設置されているモニターにこれまでの襲撃事件の情報が画像付きで映し出される。

 テレスはその画像を示しながら事件の概要を説明し始めた。


「襲われているのはどれもアルカナ軍の駐屯地ばかり。幸いまだ一般人に被害は出ていませんが、これ以上アルカナ軍の戦力が削られてしまえばオートマタ迎撃に支障が出てしまうでしょう。襲撃があるのは現状三日間隔で行われており、次の襲撃が予測されているのが今日。

 犯人だと想定されているのは元技術開発部隊のテストライダーのジュラ・ベリーという男。しかし、その部隊は二十年も前に解散されており、当人も既に死亡しているのが確認されています。よって現状では別人による成り済ましの可能性が高いと考えられます」


 テレスの言葉に誰一人として驚いた様子は見せない。事前に自分達でも今回の襲撃事件について調べてきたことと差異は見受けられなかったからだ。

 承知済みといった全員の様子を受けて叶上がテレスの話を引き継いだ。


「つまり、真犯人の正体は未だに不明というわけですな」

「付け加えるのなら時間までは予測できていないと」


 腕を組み眉間に皺を寄せながら植戸が問い掛ける。それに答えたのはテレスだった。


「残念ながら。しかしこれまでの傾向から襲撃が起こるのは夕方十八時から十九時の間になるはずです」

「だったらそれまでおれ達は待機ってことでいいってことッスよね」

「楢! 口調に気を付けろ」

「あ、すいませんッス」

「構いませんよ。確かにお二人には何かが起こるまで待機してもらうことになるのですから」


 それぞれが持つ情報を互いに伝えると襲撃に備えたブリーフィングを終えた。

 雨が弱くなりだした頃を見計らって、植戸と楢は自身のジーンに乗り込み機体の最終確認を行うことにした。

 テレスは部下にデルガルの調整を始めるように命じた。

 デルガルは単眼のカメラアイが目立つ頭部に丸みを帯びたフォルムのボディを持つ機体だ。機体の色は深い緑。それは自然のなかに紛れることを目的とした迷彩色であり、駐屯地に並ぶ全てのデルガルが同様の色をしていた。その手に持たれているのは全て実際の銃火器をそのまま大きくジーンのサイズにしたもの。特別な機能は無い代わりに使いやすい武器ばかりだ。

 この場に集まった人で唯一ジーンを持たない叶上は駐屯地にある司令室に身を置いて戦闘員以外のアルカナ軍隊員の協力のもと、事態の把握と情報の整理に勤しんでいた。


 襲撃の予想時間は刻一刻と近づいている。

 予測時間になる前にテレスは戦力を二つに分けることにした。一つはデルガルの大半を第十二駐屯地の後方に置いた部隊。もう一つは駐屯地の前面に配置したテレスと女王蜂クイーンビィによる三人部隊。戦力の偏りは否めないがそれでも変に連携を崩すことがないように気を配った上での戦力の分散だった。

 部隊配置を終えるとテレス達アルカナ軍のパイロットは皆、警戒を怠ることなく、それでいて無駄に疲弊しないように心懸けながらそれぞれが乗り込んでいるデルガルのコクピットにいた。


 一時いっときは止みかけた雨もまた一段と強くなった。

 完全防音に近しい構造であるコクピットにいるというのに機体を打ち付ける雨音が生音で聞こえてくるかのよう。

 陽が落ちて、辺りが暗くなる。

 雲が出ているせいで星明かり一つ見られない。外界の空を投影したアルカナの空であろうとそれは変わらなかった。

 弱まる気配のない雨が視界を遮るなか、それは突然現われた。

 敵機の襲来を告げる警告音が第十二駐屯地に鳴り響く。

 それと同時に全てのデルガルのコクピットでも同種のアラームが鳴り出していた。

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