第8話

 自ずと真鈴と天野の視線が神住が指差した先に集まる。


「ここに映っているジーン。俺は見たこともない機体だ」


 そう言った途端、二人はまたかといった顔に変わった。


「外装はツギハギだらけ。だがその中には見たことも無いパーツが混ざっている。こいつの調査なら俺が個人的に受けるぞ」


 にやりと笑いながら告げる神住に天野はふんっと鼻を鳴らして「断る」と言い切った。


「今この瞬間にもそれぞれのトライブでは自らのジーンを改良し続けている。御影が知らない機体があったとておかしな話じゃ無い。何よりも御影のジーンの方が特異なんだ。お前が言うなという話だ」

「特にここ。ここが気になるんだ」


 天野の言葉を無視して神住はじっと写真に写るジーンを見つめていた。


「調べたかったら勝手にしろ。ただしギルドから報酬は出さないし、御影に何か常軌を逸した行為が報告されれば絶対に罰則を加えるからな」

「だ、だめですよ、神住さん。罰則はだめです。ニケーにはライダーが神住さんしかいないんですから、もし資格停止にでもなったりしたら困ります」

「だそうだぞ」

「わかった。俺はコイツを調べたりしない。それでいいか?」

「ほんとうですね? 信じますよ」

「俺を信じろって。嘘は付かないからさ」


 真鈴を宥めるように優しい声色で言った神住は天野に視線を移した。


「次の襲撃場所の予測は付いているのか?」

「ん?」

「できるだけそこに近付かないようにしようと思ってさ」

「ああ、それだったら」


 ページを捲る天野の手がファイルの後半、犯人の行動予測と書かれたページで止まる。


「襲撃は現状三日間隔で起きている。次に起こる場所はこの丸で囲まれている場所だと予測されている」

「アルカナ軍の駐屯地の傍か。それで前の襲撃はいつだ?」

「昨日」

「つまり次の襲撃は明後日というわけか」

「そうなるな」

「わかった。俺達はそこに近づかないようにするよ」


 襲撃されるとされている場所。ファイルの地図に大きく赤いペンで丸が付けられる所を見て神住が言う。

 ファイルを天野に返してから神住は立ち上がる。

 無言の天野に見送られて部屋を出た二人はそのまま来た道を帰っていった。


「それでは、またいつでもお越し下さい」


 エレベーターを降りた二人を待ち構えていた水戸に見送られて神住達はそのままギルドを出て行った。

 ギルドを出た二人の次の目的地は真鈴の用事を済ませるための商業区。

 商業区というのは様々な商店、そして様々な会社が数多く存在する場所である。居住区の近くにあることで利便性に長けた食料品店の他に商業区のみに建つ大型の商業施設もある。そこで売っている商品の数も種類も豊富だが、戦艦やジーンのメンテナンスに使用する物資、弾薬の類を売る店は商業区にはない。それがあるのは待機港区画だけ。それは荷の配送と扱っている品物の安全面を考慮した上で自然と商業区と分けられるようになった結果だった。


「ここです」

「いつもの店だな」

「一番品揃えがいいですから」


 真鈴の用事は買い物。その内容はニケーで消費する食料や生活用品など。一度に大量の品物を購入する時に使う店は商業区でもある程度限られてくる。普通の店では戦艦用の物資を補給するには在庫の量が足りず、そのため専用の店というものがある。

 真鈴が選んだ店では客が商品の見本を見て選び、購入する時は専用の端末を使用するようになっていた。

 次々と商品を買い物カートに入れていく。

 一通り店舗を見て回った後にはカートに多くの品物が追加され、購入額はかなりの金額になっていた。


「それで全部か」

「はい。綺麗にぜんぶ揃いました」


 手ぶらながら満足そうな真鈴とあからさまに疲労を滲ませている神住は大きな倉庫のような店舗の前にあるカフェで休憩していた。

 買い物に掛かった時間は3時間。それが短いとみるか、長いとみるか、感想は個人によるがこと神住にはとてつもなく長い時間に感じられた。

 それでも必要なことなのは理解しているから文句を言うことは無かったが。


「つき合ってもらってありがとうございました」

「構わないさ。自分で見ることが大事だったな」

「そうなんです。こうして実際にお店に来て見てみないと値段が変化しているのもありますから」


 無駄な出費は許さないと、しっかりとした金銭感覚の真鈴に神住は苦笑しながらも頼もしさを感じずにはいられなかった。


「これからどうする? まだ時間はあると思うけど」

「えっと…」

「真鈴が行ってみたい店とかはないのか?」


 遠慮がちに真鈴が自分の携帯端末を取り出した。そこに映し出されているのは表通りの端にあるとある店の写真。


「実はとあるブランドの新製品が発売しているはずなんです。いつか見に行きたいと思ってたんですけど」

「だったらこれから行ってみればいいさ。俺も一緒に行っていいか?」

「は、はいっ! もちろんです!」


 喜びの表情を浮かべた真鈴に引っ張られながら神住は表通りを進む。

 カフェやレストランが並ぶ通りの奥には映画館やゲームセンター、向かいの通りには服や雑貨が売っている店。

 老舗の店舗を除いてこの商業区にある店舗は奥に行くほど人気が無い商品を売っている店になっている。

 真鈴と神住の二人が目指しているのは最奥に近しい場所にある店だった。店の外観に特出すべきものはなにもない。小さな建物の中にある棚に乱雑に並べられた品々。軒先にある店名が記載されている古めかしい看板。薄暗い店内とそれが醸し出している雰囲気は少なくとも十三歳の少女が自ら好んで足を踏み入れるような場所には思えない。

 何より店に客が訪れたというのに店主は店の奥から姿を見せることもなく、奥のカウンターに引っ込んだままだった。


「見てください神住さん。これ、フロンティア社製の新製品ですよ。あ、こっちにはギャラクシー社製のもありますっ」


 目を爛々と輝かせた真鈴が見せてきたのはいくつもの小さな部品が組み込まれた基板。およそ普通の少女が喜ぶ代物ではないが、それを見つけ喜んでいる様は決して嘘をついているようには見えなかった。


「欲しいものはあったのか」

「はいっ! でも、うーん、どうしましょう」

「別に遠慮することはないんだぞ。さっきの戦闘で臨時収入もあったからさ、買うなら今だろ。ほらどれだ? 俺が買ってくるから渡してくれ」

「ええっ!?」

「量があるならそこのカゴに入れて纏めてでいいけど」


 店の入り口に積まれた買い物カゴを指差して言う。


「あ、いえ、悪いですよ。わたしもお金持っていますから」

「いいんだよ。でも、そうだな、気になるっていうなら、さっき天野の所で俺が勝手に仕事を受けそうになったことを黙っていてもらう代わりってことで」

「何ですかそれ」

「いいから。好きなだけ選んでこいよ」


 カゴを渡して促てくる神住に真鈴は最初こそ遠慮がちだったが、何度も構わないと言っていると次第に目に付いたパーツををカゴに入れ始めた。

 真鈴がブランドと呼んでいるのは各種電子機器パーツメーカーのこと。ジーンに使うパーツに比べて小さなそれは一般的に自作コンピュータなどに使われているもので、真鈴にとっては趣味で作っている子犬や仔猫、小鳥を象った愛玩用のロボットに使う部品だった。

 程なくして満足そうにカゴ一杯のパーツを持ってくる真鈴。


「それでいいか?」

「はい。でも、本当に良いんですか」

「もちろん。少し待っててくれよな」


 申し訳なさそうにしている彼女から少し強引にカゴを受け取った神住は未だに顔を出してこない店主の下へと向かった。

 カウンターの奥で座っているのは使い古されたエプロンを纏った初老の男性。


「会計をお願いします」


 モノクルのように付けられたルーペを通して何か手元の部品に集中している店主に声を掛けてカゴをカウンターの空いている場所に乗せた。

 ちらりと神住の顔を一瞥した店主は直視線をカゴの中へと移す。


「全部で十七万だ。端数はまけといてやるよ」

「わー、ありがとうございます」


 思わずというように真鈴が身を乗り出してお礼を言った。


「ただし」


 モノクルを外してカウンター越しに立つ真鈴に視線を向ける。


「次に来る時お嬢ちゃんが作ったものを何でもいいから見せてくれないか? 儂の見る目が鈍ってなければ、これを使うのはそこの兄ちゃんじゃなくお嬢ちゃんだろ」

「えへへ。そうですよ」


 店主はカゴを持ってきた神住ではなく、付き添うように後ろに立っていた真鈴が使用者であることを一発で見抜いていた。

 店の中は静かといっても常に何かしらの音楽が流れている。開けっぱなしになっている店の入り口からは外の雑踏の音が入ってくる。どんなに人気がないといっても表通りを行き交う人はいる。外からの音と店の中の音楽に掻き消されて客の話し声は聞こえてなかったはず。

 余程大声で騒いだりしていれば別だが、二人の話し声は常識の範囲内。つまり店主は二人の印象と己の勘だけで正解に辿り着いたということのようだ。

 渋い初老の男性が優しげに微笑んでいる。

 真鈴は頷き「いいですよ」と答えていた。


 それから神住は言われた代金を支払い終えると、真鈴はカゴの中のパーツを入れる為に持ってきていた折り畳みの買い物袋を神住に手渡してきた。

 神住が袋にパーツをパズルのように詰めている最中、始めて訪れる店ながら真鈴は店主と気が合ったのか楽しそうに談笑している。

 話が終わるのを待って、頃合いを見計らい真鈴に声を掛けた。


「そろそろ帰ろうか」

「あ、はい。わかりました」


 外が暗くなり始めた時間。

 店の中から見える通りには帰宅する人がちらほらと見受けられ、行き交う人の数が増えていた。


「おっと、これ以上引き止めるわけにはいかんな」

「また来ますね。おじいさん」

「楽しみにしておるぞ。お嬢ちゃん」

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