第7話

 話を終えた天野は乾いた喉を潤すためにお茶を飲んだ。


「結局話って何なんだ」


 それまで黙っていた神住が天野に鋭い視線を向ける。

 戦闘中シリウスのコクピットに座っている時と変わらない目をしている神住に水戸は思わず息を呑み表情を強張らせていた。


「私を睨むんじゃない。別に難しい話をしようってわけじゃないさ。いつものように君に仕事を頼みたいだけだ」

「その割には随分と言い渋っていたみたいじゃないか」

「そうかい?」

「俺のジーンのことが直接関係しているような仕事なのか?」

「直接はないだろうね」

「だったらどうして――」

「完遂する実力があると知ってもらうためさ」


 天野はすっと立ち上がり自分の机から一つのファイルを取り出した。


「受けるつもりがあるのなら見てくれ」

「ちょっと待ってください」

「なにかね?」


 テーブルの上に投げ出されたファイルを取ろうとする神住の手を真鈴は慌てて掴み制止した。


「艦長に言われてるんです。神住さんが変な仕事を受けないように見張ってくれって」

「ほう。君のお目付役ということか」

「どうだ。頼もしいだろ」

「全くだ」


 真っ直ぐ自分の目を見てくる真鈴に神住は笑いかけると、自分の手を引っ込めていた。


「悪いなオッサン。そういうわけだ。今回は他を当たってくれ」


 きっぱりと断りを入れた神住はもうファイルに手を伸ばしたりしないだろう。神住が一度決めた事を容易く覆す性格ではないことを天野は十分すぎる程に理解していた。

 仕方ないと出したばかりのファイルを仕舞おうとしている天野に水戸は小声で「よろしいのですか?」と問い掛けていた。


「急を要する仕事ではあるけどね、何も彼じゃなければできない仕事というわけでもない。水戸君、この内容を鑑みて適切なトライブにこの仕事を持ち掛けてみてくれるかい」

「それは構いませんが」

「頼むよ」

「わかりました」


 ファイルを受け取り一礼してから出て行く水戸を三人はそれぞれ異なる表情で見送った。

 三人に戻った室内で天野は姿勢を崩して浅く椅子に腰掛ける。


「何となく断られるような気がしていたんだ。尤もそれがその子によってだとは思わなかったがね」

「だろうな」

「ああ」

「――それで、実際どんな仕事だったんだ? 俺達を帰らさないってことは話だけでも聞かせるつもりなんだろう?」

「ええっ!?」

「心配しなくとも強引に仕事を受けさせようとは思ってないさ。それに君達以外にもこの仕事を完遂できるだけの人員はギルドにはいるからね。ただ……」

「何か気掛かりがあるってことだろ」

「まあね」

「オッサンは分かりやすいんだよ。何かあるといつも本題の前に別のこと言って話を逸らそうとするからな」

「普段はそんなことないと思うんだがな。御影が相手だとどうも調子が狂う」

「君、じゃなくていいのかよ」

「今更、御影相手に畏まる必要などないだろう」

「確かに」


 穏やかに笑い合う二人の間には先程までの剣呑な雰囲気が無くなり、安心したようで真鈴はほっと胸を撫下ろしていた。


「で、あるんだろう」

「ん?」

「さっきのファイルの予備。一応俺も目を通してみるからさ」

「神住さん?!」

「わかってる。仕事を受けるつもりはないさ。けどオッサンがわざわざ俺を呼びつけてまで頼もうとしていた仕事ことなんだ。だったら情報くらい知っていたほうが良いと思ってさ」


 真鈴にそう説明していた神住に天野が先程と同じファイルを差し出してきた。

 ペラペラとファイルのページを捲って目を通していく。

 写真と文字で構成されたファイルのとあるページで神住の目が止まった。


「所属不明のジーンによる襲撃事件、か。言っちゃ悪いけど、珍しくは無い事件に思えるな」

「問題はその先だ」


 促されるがまま神住はファイルのページを捲っていく。


「襲撃してきた機影がアルカナ軍正式採用機に酷似している、か。そしてこれまでの襲撃場所はって…嘘だろ」

「残念ながら事実だ。襲撃場所は待機港区画内にあるアルカナ軍駐屯地。つまり、アルカナの外ではなく内で起きた事件だということだ」


 横からファイルを覗き込んでいた真鈴が驚き言葉を失う。


「外から侵入してきたってわけじゃないんだな」

「わからないが、確率は低いと考えている」

「クーデターの可能性は?」

「ない。それは確認済みだ」

「だったら問題は機体が盗まれたことになるのか」

「それも違う。公になっているアルカナ軍機の総数と現在運用されている機体の総数に差異がないことは確認済みだ。あるとすれば登録外の機体が極秘裏に運用されている可能性だが…」

「それは低いか」

「ああ。根本的な事を言うが、ジーンの兵器流用は他のアルカナに対する戦争行為に該当するからな。言い訳のしようがない程に国際条約違反だ。軍という公的機関がそれをしているとは考えたくはない。

 加えてオートマタという共通の脅威に晒されている現状、不用意な戦争は避けたいと考えるのが普通だろう。それに兵器として使うにしても僅か一機のジーンではたかが知れている。

 そもそもジーン単機で外界を移動して他のアルカナに攻撃を仕掛けることなど不可能に近い」

「ってことは、わざわざ誰かがアルカナ軍機に似たジーンを作って、わざわざアルカナ軍の傍で暴れているっていうのか」

「現状、最も可能性が高いのはそうなるな」

「何のために?」

「さっぱりわからん」


 きっぱりと言い切る天野に神住と真鈴は互いの顔を見合わせた。


「そんなことをするメリットが分からん。そもそもの目的も分からん。一体何のために襲っているというのだ」


 顔を顰めながら疑問を声に出す天野に神住は苦笑しながら思いついたことを口に出した。


「その様子だと犯人の目星はついてなさそうだな」

「いや、一応目星は付いているぞ」

「なんだって?」

「次のページにあるだろう。ジュラ・ベリー。アルカナ軍の元技術開発部隊のテストライダーだった男だ」


 ファイルに張られている写真にはアルカナ軍の制服を着た坊主頭の男が写っていた。


「それがわかっているならその人を捕まえれば解決するんじゃないのか?」

「無理だな」

「どうしてさ?」

「その部隊は今から二十年も前に解散しているからだ。当時の人員も全員がその時にアルカナ軍を辞めている」

「現在の所在は?」

「全員確認済みだ。ちなみに襲撃があった時のアリバイも確認してある」

「このジュラ・ベリーという男もか」

「ああ。その男もだ」

「だったら何故この男が犯人だって言うんだ。それに、これが二十年も前の写真だっていうのなら、今は容姿だって変わっているんじゃないか」


 写真に写る男はこの時既に三十代後半に見える。そこから二十年も経過しているのだとすれば五十代後半になっているはず。大人になってから容姿の変化は少ないといってもさすがにその年月は人の容姿に多大な変化をもたらすはず。


「対峙したジーンが残した映像データには確かにこの写真のままの姿をした男が映っていた。そして当時、開発部隊に居た人に確認をとった所、あり得ないがこの映像に映っている人物はジュラ・ベリー本人で間違いないという証言が取れた」

「それならすぐに捕まえれば良いじゃないか」

「不可能だ」

「どうして」

「あり得ないと言っただろう。このジュラ・ベリーという男の現在の所在だがな、確認が取れたのはその死亡だ」

「は?」

「ええっ!? つまり死んだ人が映っていたってことですか?」

「証言通りならそういうことになるな」

「ジーンじゃなくてゾンビの開発でもしてたんじゃないか」

「そんな報告は残されていない」

「いや、冗談だから」

「わかっている。つまりは誰かがこのジュラ・ベリーという男に成り済ましているということだろう」

「どんな目的で?」

「それも分からん。ただ何らかの目的とカラクリがあるのは間違いないはずだ」


 そう言って天野は大きく溜め息をついた。


「だから御影に頼みたかったんだ。件のジーン討伐は他の者でもできるだろう。しかし、事件の解明は人を選ぶ。そもそも他言されるわけにはいかん。そういう点で御影は信用できるからな」

「オッサンがそこまで慎重になってるってことは依頼主はアルカナ軍か」

「ノーコメント」

「言ってるようなもんだからな。とはいえ、自分の不祥事にもなりかねない事件の調査と解決をギルドに頼み込んでくるあたり、随分と切羽詰まっているみたいだな」

「――っ、そうだ!」

「だとしてもさ、ギルドはどうにかできる当てがあるんだろう」

「当然だ」

「だったらとりあえずはその人に任せてみればいいじゃないか。それよりもだ」


 すうっと神住の目が鋭くなる。


「俺が気になるのはこっちだな」とファイルにある一枚の画像を指差した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る