第6話
ギルドがあるのは待機港区画ではなくその更に内側にある大勢の人が生活する【居住区】と呼ばれている場所。そこにはいつくもの会社が入ったビルや十階建てくらいのマンションの他にも学校や病院、警察署、消防署などの公的施設がある。
待機港区画を含めたアルカナの中心部がこの居住区だ。
アルカナで暮らしている殆どの人はジーンに乗ったりしない。戦艦の乗員というわけでもない。普通の仕事をしたり、学校に行ったり、家事をしたりと何も変哲もないありふれた日々を過ごしている。
平穏で変わらない日常の風景を眺めつつ神住と真鈴はギルドに向かっていた。
運転手のいない自動運転の車が止まったのは横に長い建物。いくつものビルが建ち並ぶ中にあるそこには今も絶えず多くの人が出入りしている。
「今日の十四時に
入り口の自動ドアを抜けて数人の職員がいる受け付け窓口で空いているカウンターを選び声を掛ける。
対応してくれた受け付けの人は内線を繋ぎ神住の来訪を伝えると直ぐに「少々そちらでお待ち下さい」と返す。
待合ロビーで真鈴と並び暫く待っていると程なくして受け付けにいた人とは違う女性が声をかけてきた。
「お待たせしました。御影神住さんですね」
ギルドの制服を着た女性。その首から提げられたネームプレートには
「俺一人じゃないけど、構いませんか?」
「同じトライブの方ですよね?」
「はい」
「でしたら問題はないと思いますよ」
「ありがとうございます」と深く礼を言う魔鈴。
「では、東条部長がお待ちです。こちらへ」
真鈴が一緒にいることを了承した水戸の案内を受けて神住達はギルドの廊下を進む。
普段使っている受け付けではなく上階へと続くエレベーターに乗り込んだ神住達。あっという間に到着したエレベーターを降りて再び廊下を進んでいく。
同じような作りのドアがいくつも並ぶなか、水戸は奥から三番目のドアの前で立ち止まるとコンコンッと扉をノックした。
扉に掲げられたプレートには第三管理部部長室と記されている。
「御影神住さん、怜苑真鈴さんをお連れしました」
「入ってくれたまえ」
声が返ってきてから一拍の間を置いて女性は扉を開けた。
「失礼します」
「水戸君。案内ご苦労様だったね」
「いえ。では何かあればお呼びください」
「ああ」
水戸がドアを閉めて出て行く。
残された神住達と向かい合うのは紺色のスーツを着た黒髪をオールバックにした四十代くらいの痩身の男性。
知的な雰囲気を纏う彼は表情を僅かに崩して口元で笑い「ふむ」と感心したような視線を神住に向けた。
「なるほど。君が時間通りに来た理由は彼女のおかげみたいだね」
「まるで俺がいつも遅刻してくるみたいに言わないでくれるか」
「まるでではなく、君はいつも約束の時間に遅れて来ているだろう」
「仕事に遅れたことはないはずだぞ」
「それは当然だ。しかし、私との約束は君に忘れられることも珍しくなかった気がするのだがね」
「…神住さん、そうなんですか?」
「まあ、その、なんだ。気にするな」
「君が言う台詞ではないだろう」
大きな溜め息を吐いた天野は応接用のソファに腰掛けた。
「君を立たせておくことには何の懸念も抱かないが、彼女を立たせたままというわけにはいくまい。さあそちらに腰掛けてくれたまえ」
「あ、はい。ありがとうございます」
天野に促されて真鈴がソファに座ると、その横に神住もどかっと腰掛けた。
「もう少ししたらお茶も来るだろう」
「あ、お構いなく」
「遠慮しなくてもいいぞ」
「だから、君の台詞ではないだろう」
「そんなことより俺達を呼んだ
「何だね、君は世間話をする余裕もないのかい」
「あのなあ……」
疲れたと言うように肩を落とす神住。
天野と神住の間に不穏な空気が流れ出す。まるで一触即発かと思わんばかりのピリピリとした空気は聞こえてきたノックが打ち破った。
「水戸です。お茶をお持ちしました」
「入りたまえ」
「失礼します」
先程神住達を案内した水戸が三人分のお茶と一人分のお茶菓子を盆に乗せて持ってきた。
来客用のティーカップが大きな音も立たずにそれぞれの前に並べられていく。真鈴の前にはカップに加えてショートケーキが置かれた。
「ご苦労様」
「いえ。他に何かありますか?」
「ああ。十分だよ」
「では、私はこれで……」
「ん、あー、いや、そうだね。少し待ってくれないかい?」
「なんでしょうか?」
「水戸君は彼らの担当だったね」
「そうですが、それが何か?」
「ふむ。では君にも話を聞いて貰った方が良いかもしれないね」
「はあ…」
「そこに掛けてくれたまえ」
「失礼します」
疑問府を浮かべている水戸がおそるおそる天野の隣に座った。
「そろそろ話してくれよな。オッサン」
「なっ!?」
愕然としたように驚き戸惑う水戸。
真鈴はその向かいに座り心の中で大粒の汗を流していた。
「あのなあ、君。流石に部下がいる場所でその呼び方をされると困るんだが」
「今更だろ。それにオッサンは俺にとっては同じ人を師匠に持つ弟子仲間だからさ」
「はぁ、師匠も礼儀を叩き込んでくれればよかったものを」
「それこそ今更だな。師匠自体そういうものが嫌いで片田舎に引っ込んでいたようなもんだし」
「あの人は根っからの趣味人だからな」
「なっ、今更だろ」
「君が改めればいいだけだろうに」
ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしり天野は疲れたように体をソファあの背もたれに預けた。
「水戸君が戸惑っているみたいだから話すが、先程彼が言ったよつに、私と彼は同じ方を師事する弟子同士という間柄なのだよ。ちなみに彼が兄弟子、私が弟弟子になるのだよ」
「はあ」
「そして弟子の序列は腕の序列。それが師匠の理念でね。結局私は最後の最後まで一度として彼の上に行くことはできなかったよ」
「ってもオッサンは序列二位だったじゃないか」
「そもそも四人しか弟子がいなかったけどね」
「あの、ちなみにお二人は何の弟子だったんですか?」
「何って、ジーン開発さ」
「ジーン……開発?」
「水戸君は彼が乗っているジーンが特別製であることは知っているね?」
「はい。担当しているトライブの最低限の情報は記憶していますから」
「では何が特別製なのかは分かるかい?」
「えっとそれは……」
困ったように表情を曇らせる水戸に天野は快活に笑ってみせた。
「ははは。彼が秘匿している事でもあるだろうから細かくは言わないし、君も他のライダーには口外しないでくれると約束してくれるね」
「もちろんです」
「彼のジーンは彼が自らの手で作り上げたものなのさ。その基礎構造、動力炉までもね」
まるで自分のことのように誇る天野はちらりと神住を一瞥して言葉を続ける。
「実はソフトウェアの開発は私の方が得意だったがね」
「わかってるって」
認めるところは認めている神住は素直にその言葉を肯定していた。
「あの…つまりは御影さんが使っているジーンは一般に流通している機体とは根本的に異なっている、ということですか?」
「そうなるね」
「こう言ってはあれですが、安全性などは問題無いのでしょうか?」
「それは全く問題ないよ。ギルドに登録する時には機体のチェックは必須だからね。彼の登録時には私も立ち会っているし、他のギルド職員も認めているよ。ただ、彼はその技術を公表してはいないのさ」
「つまり特許を申請しているわけではないと。それでは誰かに模倣されたりして逆に技術盗用だと問題にされたりすることがあるのでは?」
「まあその辺は私も懸念したこともあるのだけどね。困ったことに彼の技術を盗用しようとしても殆どの技術者が失敗すると思うよ」
「何故でしょうか」
「そもそも既存の機体に組み込んでもちゃんと機能しないからさ」
はっきりと断言する天野。いつしか真鈴も天野の言葉に耳を傾けていた。
「彼の技術はあくまでも既存のジーンを改良するものではない。その技術ありきで作られたジーンにのみ使えるものなのさ。だから仮に誰かがその技術を盗み出せたとしても、その技術を用いた
「はあ…」
「もし彼と同様の技術が運用されているのだとすれば、それを作った者が偶然にも同じ技術に辿り着いたか、その技術を知る誰かが他に伝えたかのどちらかだろうね」
「ですが、僅かだとしても他の人に使われる危険性はあるってことですよね」
「実は技術を盗用してジーンが動かないだけならまだいいのさ。下手をすれば自壊、自爆の可能性もある。そうだろう」
「えっ?!」
視線で神住に問い掛ける天野の言葉に驚く水戸。神住が頷かないが、明確に否定もしないことにより大きく驚いたようだ。
「どうだい、中々の欠陥技術だろう。その癖に性能が高いから余計にタチが悪い。ギルド職員第三管理部部長の立場からすれば誰にでも使えるように改良して開示してほしいと思う。しかし、一技術者という立場に立てばそれはまだ時期尚早だと言わざるを得ないとも思う。だからというわけじゃないが、この件は彼に一任にしているというわけさ」
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