第5話
【ギルド】というのはトライブを管理している機関である。
厳密に言えばニケーのような民間人、あるいは企業が保有している戦艦やそれに搭載されているジーンを管轄している機関であり、一般人にジーンのような兵器を用いる資格を与えることができる唯一の機関でもある。
ジーンのライダーになる人も戦艦の乗組員になる人も、そして戦艦やジーンの整備士になる人も必ずギルドから与えられる資格を持たなければならないという法があり、それを持たずにジーンを運用したりすれば何かしらの懲罰が科されることになっている。
ギルドの主な役割は資格の管理だが、それ以外にもう一つ重要な役割がある。それがギルドで仕事の斡旋である。
例えば自分の所で試作した武器の試験に強力してほしいというものから、指定区域に出没したオートマタの討伐まで。およそ戦艦やジーンを持ち要らなければならない事柄に関してはギルドを通して所属しているトライブを雇うことが一般的となっているのだ。
そこで受ける仕事がまともならばいい。
時折ギルドに出ている仕事の内容が騙し討ちも同然のものがあるのが問題なのだ。
アルカナ一つに対してギルドも一つ。時節で仕事が極端に増減することは無いが、常に膨大な数の依頼が舞い込んでくるギルドではその全てを精査できていないというのも現実だった。
滅多に無いことだが登録したばかりの新人を狙った強盗紛いの行い目的の依頼も混在している。そういうものを防ぐための施策もあるのだが、所詮はイタチごっこであることは紛れもない事実だった。
加えてこと御影神住という人物は比較的そういう仕事を引き受けてしまう傾向があった。
なまじ腕が良いために全て返り討ちにしてきたという実績もある。
更に言うなら対人戦に対して忌避感を抱かない気質があることが知られているようで、ギルドも敢えてそういう仕事を神住に任せようとしている節があるのだ。
美玲がそれに気付いたのはまだ今のようにニケーの乗員が全員揃っていない頃のこと。自分と真鈴がニケーに参加するか悩んでいた頃のこと。
十分な運用ができていない状態であるにもかかわらず、積極的にアルカナから離れた場所に発生したとされるオートマタのコロニーを襲撃するという仕事を受けたことがあった。
ニケーの乗員は神住を除けば操舵手である陸一人だけ。一回りほど年の離れた二人の関係が気になり訊ねたこともあったが、回答は案外簡単なもので、神住と陸は地元で兄弟同然に育ってきた仲なのだという。よくある地元がオートマタに襲撃されて仕方なくライダーになった、というわけでもなく神住は単純にジーンそのものが好きでそれが講じてライダーになっただけで、陸は乗り物の運転が得意だから神住に誘われただけなのだと。
事実、シリウスというジーンの制作者は御影神住その人だった。それも既存のパーツを繋ぎ合わせて作り上げたというわけでもなく、その
それだけでも驚かされたが、より美玲が驚いたのはその動力炉までもが神住が作り上げたオリジナルの代物であったことだ。見たことも聞いたことも無い【光粒子エネルギー転換炉】、神住が【ルクスリアクター】と名付けたそれをジーンだけではなく戦艦であるニケーにも転用していたのだ。
ルクスリアクターのおかげで他と一線を画する性能を手に入れたニケーだからこそ、単独でオートマタのコロニー襲撃などという仕事をこなせるようになったのだ。
その日、真鈴と美玲の両名はものは試しだと陸に言われてニケーのメインブリッジにいた。
仕事の内容はアルカナから二十キロほど離れた場所で観測されたオートマタの調査及び討伐。だったのだがアルカナを出発したニケーは程なくして異常事態に巻き込まれた。目的地に辿り着く前に何者かの攻撃を受けたのだ。しかもその攻撃はどれも人の手によるものである可能性が高い。オートマタにも射撃攻撃を行ってくる個体はいるが、この時の衝撃と爆発は明らかに人の手で作られた武器によるものだった。
幸いニケーが搭載しているエネルギーシールドによって直撃は免れたが、爆発に続いて複数のジーンがニケーを目指して突撃しているのが見えた。
明らかな襲撃行為。資格を有していようといなかろうとこの行為は確実に犯罪だ。
即座にシリウスで迎撃に向かう神住。
恐怖と緊迫感に互いの身を寄せ合っている美玲と真鈴に対してケラケラと明るい笑みを浮かべている陸。
美玲がその理由を尋ねるとあっけらかんとした表情で陸が「よくあることだ」と言ってのけたのだ。
シリウスの出撃からあっという間に掃討されていく襲撃者のジーン。
徐々に収まっていく戦闘音に安堵したのか美玲が陸に詰め寄っていた。
「どうしてこんなことになったのか」
「どうしてそれが『よくあること』なのか」
渋々答える陸が言うには神住にあるポンコツなところが関係しているらしい。
何でもギルドでこの仕事をやってほしいと言われれば余程のことがなければ断ったりしないのだという。
どんな仕事でも受ける姿勢は悪くない。問題なのはその仕事の内容を精査するという工程が神住の中から抜け落ちていること。
それではギルドに良いように使われているだけではないのだろうか。
一応そういう怖れのある仕事は報酬が上乗せされているらしいが。乗員二人の零細トライブでジーンも自ら製作している身でありながら金銭に全く困っている様子がないのはそういう理由なのかとこの時に美玲と真鈴は遺憾ながらも納得してしまったのだ。
こんな危ないトライブに参加するのはいかがなものか。美玲はそう考えたが、真鈴は違っていたようだ。何でもこんな危うげな人達は放っておけないらしい。自分の子だからこそ真鈴の知能の高さや精神の成熟度が同年代の子供とは異なっていることは理解していた。そんな真鈴の言葉を何の先入観もなく聞き入れようとしている神住と陸にも好感は持てた。
ニケーの性能から余程の相手でも無い限り危険は無いということも理解した。
危険と安全、自分達に与えられる報酬と環境、あらゆることを天秤にかけて悩むことたっぷり三日間。考え抜いた結果、美玲は真鈴と共にニケーの仲間になることを選んだのだった。
去り行く神住の背中に昔を思い出していた美玲は視線を真鈴へと移す。
「というわけだからね。真鈴が一緒に行って変な依頼を受けそうな御影君を止めて欲しいの。私達がよほどの金欠とか緊急性の高い内容だった場合はともかく、今は自分から危険に飛び込む必要なんてないのだから」
美玲に艦長の、そして母親の顔でそう言われてしまっては真鈴は「わかりました」と頷いて答えるしかない。
この時の美玲には真鈴に気分転換をさせようという狙いがあったことも、真鈴がそれを理解していることも気づきながらも、二人は敢えて言葉に出さなかった。
「お待たせ」
気怠そうに私服に着替えた神住が戻って来た。
「早かったですね。……って」
神住が去ってからまだ十分と経っていない。おそらくまたカラスの行水だったのだろうと苦笑する美玲と陸だったがそれ以上に目を見開いていたのは真鈴だった。
信じられないという顔で詰め寄っていく真鈴。そんな彼女の勢いに圧されて思わず後ずさる神住は空いている椅子に躓き、転びかけながら器用にもそれに腰掛けた。
「頭が濡れたままじゃないですか!」
「あー、いいっていいって。どうせすぐに渇くからさ」
「だめです。風邪を引いたらどうするんですか。わたしたちのライダーは神住さんだけなんですよ!」
さっと陸が差し出したタオルを持って神住の頭を拭き始める真鈴。
意外と綺麗好きの陸は自分の席の足下にあるスペースにいくつもの綺麗なタオルを常備しているのだった。
「真鈴ってさ」
「はい?」
「結構、世話好きだよな」
「はああ!?!?!?!?」
「あら、ちょっと違うわよ。片桐君。真鈴が好きなのは御影君のお世話だけだもの。お母さんのことなんて結構雑に扱ってくれるんだから」
「あー、なるほど」
「ち、ちちち、ち、違いますよ。わたしはただこの人がだらしなくしているとわたしたちの評判に影響すると思って……」
「トライブの評判は基本的に受けた仕事の内容と成否が大事だろ。ただのライダーの格好なんてそうそう話題にもならないって」
「だとしてもこの人はわたしたちの代表なんですから! ちゃんとしておくべきなんですっ!!」
「あー、はいはい」
「誤解しないでください!」
慌てる真鈴にされるがままの神住はちらりとモニターの時計を見て、
「そろそろ行かないと遅れるんじゃないか?」
我関せずといった様子で言った。
「誰のせいですか、誰の!」
「おわっ」
ぜいぜいと肩で息する真鈴が持っているタオルを神住の顔にぶつけてきた。濡れた髪の水分を吸って微かに重くなったタオルがべしっと鈍い音を上げる。そのまま落ちそうになるタオルを掴み今度は神住が陸に投げて渡した。
「何をしてるんですか。遅れますよ!」
「真鈴は着替えなくてもいいのか?」
「わ、わたしはいいんです!」
「そっか」
先を行く真鈴の後を追い掛ける神住。並んでメインブリッジから出て行った二人の姿を美玲と陸は微笑ましそうに眺めているのだった。
二人の背中に美玲が優しい声で投げかける。
「いってらっしゃい」
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