第4話

 ニケーという戦艦において整備ハンガーが占める割合は全体の三分の一程度でしかない。残る三分の二のうち半分はニケー自体が持つ武装とその弾薬類の保管庫、生活物資の保管庫。そして残る三分の一が乗員が普段生活している区画となっている。

 艦の操縦や活動中乗員が座っているそれぞれの席があるメインブリッジはそれらには含まれず、また同時に全体の施設からして見れば一割にも満たない大きさでしかない。

 整備ハンガーから続く直通のエレベーターに乗り、数分も掛けず神住が辿り着いたメインブリッジでは専用の椅子に着いている三人の乗員がいた。

 一人は先程まで通信で神住と話していた真鈴。

 一人はメインブリッジの中心に近い椅子に座っている女性。真鈴と同様のデザインをしたパンツスタイルの制服を着ている彼女は癖の強い灰色の髪を後ろ側で一纏めにしている。顔の作りや纏う雰囲気はどこか真鈴と似た印象がある。それもそのはず、この女性――怜苑美玲れおんみれいはその名の通り怜苑真鈴の母であり、ニケーの艦長を任されている。

 そしてもう一人。メインブリッジ前面にあるフルスクリーンの巨大モニターの前にある操縦桿の付いた椅子に座る三十代半ばの男性。美玲や真鈴と同じ意匠の服を着崩して着ている彼の名は片桐陸かたぎりりく。ニケーの操舵手を務める彼は意外なことにニケーの乗員としては最古参となる人物の一人である。


「お疲れ様。御影君」

「美玲さんもお疲れさま。ついでに陸も」

「ついでかよ」

「ついてだよ。ニケーを動かしていないんだから陸が疲れるようなことは何もなかっただろう」

「まあな」


 立ち上がって振り返った陸と椅子を回して振り返った美玲に挨拶をして神住は空いている手近な椅子に腰掛けた。

 実はニケーにおいて人員不足なのは整備員だけではない。神住が組んだニケーを動かしたり活動するための補助プログラムがあってこそ問題が無い現状だが、本来ならばこの何倍もの人員が必要になるのだ。その証拠にメインブリッジに設置された椅子はいくつも空席のままとなっている。


「今日はいつもにまして倒してたみたいだな」

「成り行きでね」

「でも、それだけ今回はオートマタの数が多かったってことよね」

「だと思うよ。こっちの戦力は普段と同程度だったように思えるし」

「そうなのよね。報知された戦局図を見てもいつもとそう変わったようには見えなかったし」

「アルカナ軍の奴らが慌ててなかったってことはさ、オートマタの数が多かったにしてもよ、それは予想の範疇だったってことだろ? つまり何か特別なことが起きたわけじゃないってことだな」


 心配ないと大口を開けて笑う陸。

 報告も兼ねた他愛もない話をしている三人にいつも通りの作業を終えた真鈴が加わった。


「査定が終わったみたいですよ」

「どうだった?」思わずというように聞き返したのは陸だ。

「神住さんが討伐して転送してきたオートマタの数が28体。状態云々を考慮した上で提示された金額は190万クレジットです」

「妥当なところね。それで受けると返事してちょうだい」

「はい。わかりました」


 程なくして今回のオートマタ迎撃戦が無事に終了したことを告げるサイレンが鳴り響いた。これにより待機していたアルカナ軍はそれぞれの駐屯地基地へと戻り、各トライブの面々も自由に出歩くことが許されるようになった。


「そういや、これから神住は何か予定はあるのか?」

「ん? どうしたのさ」

「いや、どうせなら美味いもんでも喰いにいかね?」


 陸が神住にそう提案するのは珍しくはない。戦闘が終わったときはいつもこうして勝利を祝う目的で普段とは違う物を食べに行ったりするのだ。


「確か、何もなかったような気がするけど」


 平然と答える神住。すると慌てた様子で真鈴が言った。


「ちょっと待って下さい。神住さんはギルドに呼び出されてましたよね」

「そうだっけか?」

「間違いないと思いますよ。……ほら」


 真鈴が手元のモニターに乗員全員のスケジュールが載ったカレンダーを表示して神住に見せてきた。そこにある神住の項目には確かに今日の日付と時間が『ギルドに行く』という注意書きと共に記されていた。


「あー、十四時に天野と会うことになってるな。うーん、これってさ、無視するわけにはいかないよな。やっぱり」

「当たり前です。神住さんはわたしたちニケーの代表なんですよ!」

「艦長は美玲さんなんだけどね」

「あら? 艦長と代表は別物よ。それに、私達をニケーに誘ったのは他ならぬ御影君自身じゃない。御影君がシリウスに乗り込んで戦うから艦長は引き受けたけれど、ニケーの代表まで引き付けたつもりはないわよ」

「わかってるよ。それじゃあ、陸は………ダメかっ!?」

「おいっ!!!!!!!!」

「オレグさんも断るだろうし、だとすれば――」

「いやですよ」

「だよね」


 きっぱりと真鈴に断られたこのやりとりも最早何度目になるか。神住がギルドに呼び出されたり、面倒な申請書類が出てきたりする度にするある種のやりとりだった。


「それじゃあ、さっさと行ってしまいますか」

「ちょっと待ってください」

「何?」


 観念したように立ち上がった神住を真鈴が呼び止めた。


「まさか、その格好で行くつもりじゃないですよね?」

「ダメか?」

「だめです!」

「そうねえ、ライダースーツのまま外を出歩くなとは言わないけれど。戦闘から帰ってきてそのままってのはちょっとねえ」

「別に汗臭くはないと思うけど」

「そういう問題じゃありません! っていうか艦長もライダースーツで出歩くのを止めてくださいよ。それに、そもそも清潔にしておくことは人と会うときの最低限のマナーです。わたしはわたしたちの代表がそんなマナーがない人と思われたくはありません」

「お、おう。ってもさ、約束の時間まであと一時間くらいしかないんだぞ。遅れるよりはこのまま行った方が――」

「でしたら、三十分で支度してきてください」

「や、流石に慌ただしいし――」

「何ですか?」

「わかりました」


 有無を言わさない真鈴の迫力に負けて神住はただ頷くしかなかった。

 とぼとぼと歩いてメインブリッジを出て行く神住の背中を見送って、真鈴は事前に用意していたリストを見せつつ美玲に話しかけた。


「あの、ついでにわたしも買い物に行ってきても構いませんか?」

「えっと、物資の補給だったわね。もちろんいいわよ。でも、こっちに配達してもらうようにして注文するだけでもいいのに?」

「いえ、じぶんの目で見て買いたいので」

「あら、そう。なんだったらついでに街を散策して来てもいいのよ」

「いえ、すぐに帰ってくるつもりです。別に何か欲しいものがあるわけでもないですし、一人で見て回ってもつまらないですから」

「それなら御影君を誘えばいいじゃない」

「えっ?!」


 何てこともないように言ってのける美玲に真鈴は思わず顔を赤くする。


「御影君のあの感じだとギルドに行ってもちゃんとしているか不安なのよね」

「確かにな。基本的にアイツは自分の興味あること以外は適当だからなあ」

「そうなのよ。だから真鈴が御影君に付いていてくれると安心なのは安心なのよね」

「いえ、でも……」

「アイツ、前も勝手に変な仕事を引き受けてきたことがあったな-」

「そうだったわね」


 困ったというように頬に手を当てて微笑んでいる美玲。

 どんなに賢くても真鈴はまだ子供。大人二人の口車に乗せられていつしか「わかりました」と神住と共にギルドに行くことを引き受けてしまっていた。

 そんな自分の娘の様子を見つつ、美玲は少しばかり過去を思い出していた。

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