第3話

 【トライブ】というのはアルカナ軍以外の小規模、大規模問わずジーンを運用している集団を指した言葉である。


 アルカナ内部にいながら戦場を監視、あるいは戦況を分析していたアルカナ軍のオペレーターの人の一言を合図に戦場にいる多くのジーンは自分の仕事が終わったというように対峙している目の前のオートマタを討伐してからアルカナへと帰還していった。そのために戦場に残っているジーンの大半は待機命令が下りているアルカナ軍のものだけとなっていた。

 ちなみにこの時に追撃を仕掛けるジーンが少ないのは熟練のライダーになればなるほど追撃戦は効率が悪いと理解しているからだ。だというのに追撃を行おうとするのは今回の戦闘で得られる報酬に満足していないか、個人的にオートマタに怨みを抱いているかのどちらかだと言われていた。


 引きずってきたジーンをその辺に適当に置いたことで身軽になったシリウスはアルカナの外殻と内殻の狭間にある通称【待機港区画】へと向かう。

 そこには全長百メートルを優に超える地上戦艦が規則正しく並んでいる。最も多く見られるのは三百メートル級の中型艦であり、百メートル級の小型艦がその後に続く。数は少ないが五百メートルを超える大型艦もそこにあった。これら戦艦は各トライブが所有しているジーンの母艦でもあり、整備工場。トライブのメンバーが暮らす生活拠点でもあった。


 シリウスが向かったのは中型艦が多く並んている場所。そこにある二百メートル級の中型艦にしては小型のふねである【ニケー】が神住の、延いてはシリウスの母艦である。

 前方が大きく、後部はスマートな形状をしているニケーはジーンの最大積載量こそ他の中型艦に比べて少ないものの、高速移動艦に区分される戦艦の中でもかなりの速度を出せる艦である。搭載している武装もそれなりに充実しており、ニケーだけでも各アルカナ間を往復できるスペックを持つというのがこれが開発された当初の謳い文句であるほど。

 ニケーと同型艦が普及しなかったのはリリースされてすぐ後にやはり搭載するジーンの数が戦力に直結する。多い方が良いという風潮が広まってしまったからだ。

 シリウスがニケーに近付いていくと、それを感知したニケーの前方下腹部にあるハッチが開く。

 ハッチ内部から発せられる誘導ビーコンに従い、シリウスはニケーの中へと入っていった。


「神住さん。おつかれさまでした」


 再びコクピットの360モニターに真鈴の顔が映し出された。

 ショートボブに切り揃えられた灰色の髪。猫のように大きな目。どこかの軍服のような服を着た彼女は若干十三歳ながらもニケーの上方管制官とシリウスのオペレーターを兼任している才女だ。

 真鈴の持つ電子戦技術は専門家も舌を巻くほど。それを誰に教わるでもなく自己流で身に付けていったというのだから、真鈴は正真正銘の天才なのだろう。


「回収したオートマタは全て査定申請しておきましたよ」

「ありがとう。いつもながら仕事が早いね」

「いえいえ。これがわたしの仕事ですから」

「つーか、お前ら、話は後にしろ。坊主もいつまでもぼーっとそこに突っ立ってんじゃねえよ」


 神住と真鈴の会話に割り込むように無精髭が目立つ男の顔が映し出される。

 男の名はオレグ・ベルナル。このニケーにいる唯一のメカニックだ。


「了解、オレグさん。そっちの準備は出来てるってことだよな?」

「はっ、誰に物を言ってやがるんだ。坊主が戻ってくる頃にはこっちも準備万端になっているに決まっているだろうが」

「さっすが。オレグさんも仕事が早いね。頼もしい限りだよ」

「世辞はいらん。さっさとシリウスをハンガーに固定しろ」

「はいはい」


 険しい顔をしながらどこか照れた様子のオレグが自分の頭をわしゃわしゃと掻く姿が映し出された。

 長年日焼けした浅黒い肌に短く切られた白髪交じりの頭。どれだけ洗っても取れない油汚れが染み付いた着古したツナギのような服。現在六十二歳の彼はまさに熟年の整備工といった風貌を醸し出している。


「シリウス、ハンガーに固定されました」真鈴が適宜報告をする。

「よっしゃ、オッケーだ。それよりもよ坊主、実はちょっとした相談があるんだけどよ」

「何?」

「整備の人員を増やしてくれないか? おれ一人でニケーもシリウスも整備するのはちょいとばかり大変なんだがよ」

「あれ? オレグさんが選んだ人ならいいって随分前から言ってなかった?」

「あ、いや、そうなんだがよ。めぼしい人のスカウトを頼みたいって言ってるんだよ。前に来たような奴らじゃなくてよ」

「そうはいってもいつも面接に来た人を駄目だって言って断っているのはオレグさんじゃないですか」


 困ったように真鈴が言う。


「や、中途半端な腕で何でも出来ますよって顔してんのが悪いだろ」

「一般的には腕が良いとされている人達だったんですよ」

「んなことは知るか。おれの目で見て駄目だと思ったからには駄目なんだよ。そもそも普通の腕の奴が使えるかってんだ。その辺は坊主も分かってるんだろ」

「それは、まあ」

「ほら見ろ。だから少なくとも坊主の目から見て使えそうな奴を探してくれってんだよ」

「あー、わかった、わかった。とりあえず覚えておくよ」

「頼んだぜ」


 一見オレグの基準が高いように思えるが、それはオレグがこのニケーやシリウスのことに人一倍の責任を持っているからこそのこだわりであることを神住と真鈴は知っている。だからこそ強くは言えないが、その基準を満たすことそのものが容易ではないことも同時に理解していた。それがニケーの整備員不足を招いていることも。

 ハンガーに固定されたシリウスから武装が外されていく。

 最初は左腕のシールドと右手のライフル。その後に続き背部のシールド翼に備わる四本の剣と背部にマウントされている直剣。それら全てが機体から取り外されてハンガーから伸びる専用のアームに固定された。


「おう。坊主もういいぞ、降りてこい」


 シリウスの胸部ハッチが開く。中から出てきた神住は青を基調としたライダースーツに身を包んでいる。

 コクピットの前で停止した可動式の通路を通りながら神住はヘルメットを外し深く息を吸い込んで吐き出した。


「使ったのはライフルとシールドだけみたいだな」

「武器を持ち替える必要が無かったからさ」

「そりゃあ頼もしいこって」

「オレグさんが作ったライフルが良い物だからこそさ」

「はっ、まあ一応使っていない剣も整備しておいてやるよ」

「お願いします」


 オレグに機体を任せて神住はニケーのメインブリッジへと向かうことにしたのだった。

 

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