第2話

 神住は自分の体を動かすように自然な感覚でシリウスを動かしていく。

 ライフルを構えて狙うは射線上にいるオートマタ。

 撃ち出される光弾は外れることなくその頭部を吹き飛ばしていた。


「…ひとつ」


 シリウスが頭部を撃ち抜いたオートマタは蜘蛛のような形をしている。

 オートマタは自己進化の途中で実在する何らかの動植物の形を模倣することが多い。それ故に強力な動植物と同様の特徴を獲得することもあるが、それ故に既存の動植物と同様の弱点を持つこととなる。動物の姿を模倣したオートマタ全般に現われる弱点がその頭部や心臓に位置する部位を破壊されると高確率で機能停止してしまうこと。植物を模した個体はその限りではないが、どちらにしてもオートマタにはその体のどこかに他に比べて温度が高くなっている場所がある。そこにはオートマタの動力炉や制御装置がある場合が多く、基本的にライダーが狙うのはそういう場所だった。


 機体を僅かに地面から浮かせて、空中を滑るようにシリウスは自らが倒した蜘蛛型のオートマタに近付いて行く。

 念のために再びオートマタが動き出すことを警戒しながら、ライフルの銃口を向けて近付いてから数秒ほど待った後、神住は倒したと判断してシリウスの腰のアーマー内部に備わる小型の転送装置を射出した。小さな円盤状のそれはオートマタに着弾すると同時に白色の光る円環状の光を放ち始めた。動かないオートマタを包み込んだ光はものの一秒も掛けずにそれを予め設定しておいた場所に文字通り瞬間移動させていた。


 よくよく見れば同種の光は戦場の至る所で見受けられる。倒して機能を停止したオートマタを送る転送の光。その狭間に見受けられる動かなくなったジーンとそこから立ち込む炎と煙。

 どうやら倒されたのはオートマタだけではないようだ。

 けれどそれは戦場ここでは日常の出来事。自分達だけが一方的に相手を蹂躙することなどありえないのだから。


「――次っ」


 転送の光を見届けて神住は近くに居る別のオートマタに狙いを定めた。

 今、シリウスの近くにいるオートマタは二体。一体は猪を模した個体で、もう一体は猿を模した個体。

 この二体を同時に相手にするのでは自分が不利になる可能性がある。だとすればこの二体を分断させたほうが懸命だろう。そう考えた神住は素早く行動に移る。ライフルで狙い撃つのではなく、猪型のオートマタに向けて左腕のシールドの先端を撃ち出したのだ。

 強靱で柔軟なワイヤーによって繋がれたそれは狙い通りに猪型のオートマタに突き刺さった。咄嗟に左腕を引くことで伸びていたワイヤーが巻き戻されていく。釣りのように引き寄せた猪型のオートマタをライフルに備わる刀身で斬り付ける。仄かに青く光る刀身はさほど抵抗を見せず猪型のオートマタの頭を根元から切り落とした。


「逃がすかよっ」


 続け様に動かなくなった猪型のオートマタの胴体をハンマー投げの要領で猿型のオートマタにぶつける。

 激突して動かなくなった二体のオートマタにシリウスは素早く近づき、先程と同じようにライフルで猿型のオートマタの頭を斬り飛ばした。

 頭部を失い動かなくなった二体のオートマタにシリウスは小型の転送装置をそれぞれ打ち込んだ。


「さて、俺個人の目標としてはこれで十分なんだけど……」


 転送されていく二体のオートマタを見送って神住はコクピットのなかで独り言ちる。するとコクピットの360モニターの一部にシリウスのオペレーターである怜苑真鈴れおんまりんという少女の顔が映し出された。


『何を言っているんですか。まだ戦闘は終わっていないんですよ?』

「だよな。このまま終わるワケがないか」

『だいいち、神住さんはそれでいいかもしれませんけど、わたしたち全員の稼ぎに換算したら全然足りていないですからね。もっと頑張ってください』

「まあ、仕方ないか」


 やる気無しにそう答えた神住を見て、真鈴は溜め息交じりに「お願いしますからね」といって通信を切った。

 もはやアルカナ側が優勢であることは変わりようがない。けれど神住達が事前に想定していたよりも襲撃に現われたオートマタの数が多いのは事実。戦場では今も戦いが続いている。

 自由意志で戦闘に参加している神住がここで撤退したとしてもそれを咎める人はいない。真鈴のような仲間は何か言うかも知れないが、それはそれだ。

 とはいえ、戦闘が終わらない限り倒したオートマタを査定して売却しその報酬を得ることは出来ない。であれば少しでも早く戦闘を終わらせようとするのは自然なことだろう。

 消えた二体のオートマタがいた地点から神住は未だに勢力を衰えさせていないオートマタがいる方を目指すことにした。

 移動の最中、見つけたオートマタはライフルで狙い撃ち抜いていく。それで倒すことができれば上々、できていなくともシールドの先端を撃ち出すことでとどめを刺す。それでも駄目なら接近してライフルで斬る。

 手慣れたシリウスの一連の攻撃は次々と襲い掛かってくるオートマタを沈めることに十分すぎる威力を発揮していた。


「7…8……9………10」


 自身が倒したオートマタを数えながらシリウスはまさに獅子奮迅の活躍を見せていた。


「21、22……23………24! ――ん? あれは……」


 ふと神住が視線を止めた先では攻撃を受けて撤退しているジーンがいた。その背後からは複数のオートマタがとどめを刺そうとして追いかけてきている。それならばとシリウスは素早くジーンとオートマタの間に割り込み、乱暴にライフルで撃ち倒していった。

 この時点で神住は綺麗にオートマタを倒そうとはしていない。

 ボロボロに破壊すればするほど査定は下がる。査定が下がれば当然得られる報酬も下がる。けれどそれは数があればカバーできると考えて神住はオートマタを葬り続けていく。


「さっさと逃げろ!」

『あ、ああ。助かった』


 名も知らないジーンのライダーにそう告げて神住は振り返ることなく戦っている。

 選り好みせずに倒した傍から転送装置で送っていると遂にシリウスに搭載させていた転送装置の方が底をついてしまった。

 転送装置が無くなれば当初の目的である残骸を査定して売り報酬を得ることができなくなってしまう。それでは意味が無い。ただ働きをする趣味はない、せめて転送装置を補充してから戦うべきだと考えた神住は後退することを決めた。


「28! ふう、これまでだな」


 帰還の道すがら追いかけてきていた最後のオートマタを仕留めて最後の転送装置を使用した。自分にとってこれ以上の戦闘行為は無意味だと割り切って加速してアルカナへとシリウスを走らせた。

 道中、動けなくなり救援信号を出していたジーンを一機拾い引きずるようにしてアルカナへと運ぶ。


 アルカナは巨大なドーム状の都市だ。そしてその外殻は二重の壁になっている。さらに外側の外壁にはオートマタの襲撃時に使用されるバリアが備わっている。そのバリアはジーンが接近した際には自動的に部分解除されるようになっており、その役割はオートマタの攻撃からアルカナを守るというよりは敗走、撤退してきたジーンの保護の意味合いの方が大きい。

 シリウスがジーンを引きずりながらアルカナに近付くとちょうど一機のジーンが通り抜けられるほどの穴がバリアに開いた。バリアの内部に入ったシリウスは掴んでいたジーンを適当に近くの地面に寝かして自身の拠点へと戻っていく。


『アルカナ周辺のオートマタの撤退を確認。アルカナ軍所属の部隊は指定の場所で待機、その他、各トライブ所属のジーンは各々自己判断で撤収して下さい』


 それから殆ど間を置かずに戦場とバリアの内部問わず届くようにオープンチャンネルのアナウンスが聞こえてきた。

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