アルカナ戦記 蒼空のシリウス
いつみ
第1話
戦場に魅入られたことがあるのかと聞かれれば、確かにそうなのだろうと
だけど、それは誰にだったのだろう。
肩を並べて戦った戦友だったような気もするし、ただの同業者だったようにも、そのどちらでもなかったようにも思える。
実際、御影神住という人物にとってそんなことはどうでもいい、些細な疑問にすらならないことだった。
大切なのは目の前のこと。
人々が生きる都市を破壊し、自分達の生命を脅かす存在【オートマタ】という自立行動型の機械を倒すことで襲撃を防ぐこと、そしてその残骸を売却することで手に入る金銭の方が何倍も大切なのだ。
特別な贅沢をするつもりなどない。ただ、今日と明日の食費になればいい。
欲が無いと言われることがある。都市を守ろうとする気概が無いとなじられたこともある。けれど御影神住にとってはそんな人の声など過去に投げかけられた質問と同じようにどうでも良いことだった。
世界の至る所に建設された特殊な外壁に囲まれたドーム型の都市【アルカナ】。そこは今や人が安全に暮らすことのできる数少ない安息の場所となっている。
旧暦の時代、全ての国々は船や飛行機で自由に行き来することができたらしい。しかし、現代では到底無理なこと。アルカナの外では常に世界のどこかでオートマタが自動生成されており、絶えずどこかの場所で戦闘が発生しているのだから。
オートマタの基本的な行動理念は星の保全であり、有害物質の分解排除とされている。当初、排除の対象は自然を破壊する有害物質であったり、違法投棄された廃棄物だった。だが、時が流れるにつれて対象がより根本的なもの、生み出している人類そのものへと変化していった。
星を守るために星を蝕む人類を排除する。単純かつ明快で、人にとっては到底受け入れられない最悪の決定だったとしても、既に人のコントロールを離れてしまっていたオートマタを止められる者は誰一人としていなかった。
きっかけがなんだったのかなど知る人はいない。
ことが起きたのは今や百年以上も昔の話。御影神住が生きるにとってはオートマタが襲ってくるということそのものが至極当たり前の現実に過ぎないのだから。
突然、ザッとノイズのような音がした。
続けて聞こえてくる誰かの「来たぞ」という緊張混じりの声。
視界に広がる無数のオートマタが迫る光景。自己進化を繰り返したことで既存の動植物と酷似した形状を獲得したオートマタが一様にアルカナに迫って来た。
「お前ら! 気合いを入れろよ!」
「俺達のアルカナに近付けさせやしないぜ!」
「いしょっしゃあっ。たっぷり稼がせてもらうとするか!」
オープンチャンネルの無線を通して聞こえてくる名も知らぬ人達の声。それは自分を、あるいは共に戦闘に参加している誰かを勇気づけるためであるように聞こえた。
その後も途絶えることなく発せられる言葉によって人々の熱が高まっていく。
オートマタの群勢の戦闘が最接近するまで残り千メートルほど。
このくらいの距離になればそろそろ自分達の長距離砲の弾丸が届く。
間を置かずして放たれる一発の弾丸。
戦場を切り裂く銃声が号砲となって戦闘の始まりを告げたのだ。
オートマタの群勢の中で巻き起こる爆発。
もくもくと立ち込める黒煙と一瞬にして広がった爆炎に怯むことなく後続のオートマタが次々と襲いかかって来た。
迫るオートマタを迎え撃つべく、アルカナの外壁から数百メートル離れた場所で待機していた数十体もの鋼鉄の巨人が一斉に飛び出した。
それぞれの鋼鉄の巨人には様々な武装が装備されていて、近くに迫るオートマタに攻撃を開始していた。
鋼鉄の巨人――【ジーン】と呼称されるそれは生物ではない。全長約二十メートル、重量およそ八十トンにも及ぶ巨大な人型の兵器、俗に言うロボットの類である。【ライダー】と呼ばれる操縦者が使う現代の人類の最高峰の戦力だ。
旧代の戦闘機や戦車ではオートマタの機動性と攻撃力に対応することができない。その為に生み出されたジーンという存在はある種の技術的ブレイクスルーそのものでもあったらしい。実際、開発当初のジーンはどうにか破壊することができたオートマタの素材を流用した戦車の派生でしかなかった。それが徐々に人型になっていったのは単にオートマタが人の形状だけは取ることがなかったことに対するアンチテーゼだったとされている。
もはや歴史の授業で学ぶような事柄は現代に生きる人、それこそジーンに乗り込んで自ら戦場に飛び込んでいくような人達にとってはどうでもいいことなのだろう。
神住にとっても昔どこかで習ったかなとぼんやり覚えているだけのことで、歴史を解明しようなどとは微塵も考えてもいないことだった。そういうのは得意な学者にでも任せておけばいい。
戦場の至る所で始まるジーンとオートマタの激突。
いくつもの爆発が起こり、聞こえてくるのは人々の喝采と悲鳴。
悲喜交々とは良く言ったものだとこの瞬間にはいつも思う。
「さあて、そろそろ俺も行きますか」
小さく宣言して神住はコクピットにあるコントロールステックを軽く握る。
神住の意に反応して飛び出していく一機のジーン。
ジーンの操縦はコントロールステックやペダルを使って行うものではない。正確に言うのならばそれらを用いて操作することもあるが、大抵そういうものはジーンに取り付けられている装備を使うためのものである。
ならばどう動かすのか。その答えは全てのジーンのコクピットに搭載されているライダーの思考をトレースして機体を動かすシステムであると言える。それを補助するためのものがライダーが着ているライダースーツであり、そこに内蔵されている【感覚共有装置】と呼ばれている高性能な特殊センサーだ。
旧来の兵器とは異なる点もそのシステムが大きく影響していた。
自分の体としてジーンを動かすという特性上、本来の自分の体にはない部位、例えば姿勢制御のために取り付けられた翼や機体に内蔵する武装等をあたかもそれが付いていることが自然であるように現実の体との違和感を拭うことがライダーになるための第一歩とされているほど。
思考をトレースして機体を動かせるからこそ、ライダーは頭で考えてから機体を動かすのでは動かすのでは遅い。
半ば無意識下の思考でジーンを操れるようになって二流。武装をジーン本体と同様に操れるようになって一流とされているのだから。
そういう意味では御影神住は一流のライダーといえる。ジーンという巨人をまるで自分の体であるように、それどころか自分の体以上に操っているのだ。
御影神住が駆るジーンの名は【シリウス】。
黒い【
シリウスで特徴的なのは背部右側のみににある可動式のシールド翼。バランサーとスラスター、そしてブースターの役割も兼ねているシールド翼の側面にマウントされている長短一対となる四本もの剣。それらよりも大きく、幅の広い一振りの直剣が背部装甲の中心にマウントされている。これらの剣の刀身は特殊金属『クリスタニウム』によって形成されており、使用時には仄かな光を放つ代物だ。
右手にあるのは銃身の長いライフル。背中の剣と同様の素材で作られた刀身が取り付けられたそれは一見すると大剣であるかのよう。撃ち出すのは実弾ではなく、高密度のエネルギー弾、所謂ビームというものだ。
左腕にアタッチメントで取り付けられているシールドはその先端をアンカーのように撃ち出すことができる。
近接特化のようでありながら遠距離戦闘もできる機体。それがシリウスというジーンだ。
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