第20話 初戦

弟子五号視点


 俺は集落の広場にいた。

 目の前にいる三バカどもを見れば、なぜ呼び出されたのか理解できる。


「はぁ」

 

 ついため息がこぼれる。

 身内同士の争いほど無駄なことはない。

 そんなことは誰もが分かっている。

 だが、それを理解できないのが、目の前の馬鹿どもだ。


「なあ、おい。俺よりも進化が遅かったくせに偉そうにしているクソ野郎」


 三バカのうちの一体は程度の低い挑発を言葉にする。

 三バカは気付いているか分からないが、この集落のゴブリンたちは師匠に修行をつけてもらっている個体が他の個体よりも強いことを知っている。

 それはしっかりと魔力に関する訓練をしていたからだ。

 魔力に関して理解を深めれば、個体ごとに内包する魔力の量に気付くはず。

 そして、そのことに気付けるような個体であれば、俺たちが特殊な進化をしていることが理解できる。

 だから、集落の皆は三バカに呆れているし、俺も面倒な気持ちが態度に出てしまう。


「はぁ……」


 俺は挑発の意を込めて、ため息をわざとらしく吐く。

 そんな些細な行動だけで、三バカは興奮する。


「すかしてんじゃねえぞ! 雑魚のくせによ!」


 三バカのしょうもない言葉を受け流していると、ボスがのっそりと現れる。

 なぜボスの姿が見えるのが遅かったのか。

 それは三バカとの決闘は元々ボスが進めていた話だったが、最後に集落の長達に処分する旨を伝えていたからだろう。

 師匠と話すときと全く違った横柄な態度でボスは言う。


「バカどもがピーピーやかましいぞ! もうちょっとしたら戦わせてやるから大人しくしてな」

「……」


 ボスの一睨みで三バカは黙り込む。

 ボスの言うとおりに黙って待っていると、他のゴブリンたちも集まり出す。

 一般のゴブリンたちとは別に、俺と同じように決闘で呼ばれたのだろう、四号とアルツトさんがやってくる。


「面倒なことになったな、五号」


 最初に口を開いたのはアルツトさんだ。

 それに賛同するように頷く四号。

 四号は温厚なアルツトさんにかなり懐いている。

 まあ、修行で怪我をするたびにアルツトさんが治してくれていたのだから、懐くのは当たり前だ。


「アルツトさんも回復専門なのに決闘だなんて……。失礼ながら、戦闘の方は大丈夫なのですか?」


 俺の質問に四号は目を鋭くするが、当のアルツトさんは朗らかに笑う。


「ハハ。本当に失礼だな」

「すいません。アルツトさんが集落に多大な貢献をしている方なのは重々承知なのですが、戦っているところを見たことがありませんでしたので……」

「まあ、近接戦闘はお前が心配するとおりからっきしだ」

「え?!」


 四号がアルツトさんの言葉に驚く。


「だ、大丈夫ですか? アルツトさん」

「ん? まあ、殴る蹴るがとことん出来ないのは師匠たちがよく知っている。でも、ま、師匠のアドバイスでちょっとしたことが出来るようになったからなぁ。敵を捕まえることさえできたら、何とでもなる」

「へぇ~」


 自信ありげなアルツトさんに、俺は感心したように頷く。


「なら、アルツトさんは近づければ何とかなりそうですね。幸いにも三バカは魔法攻撃が得意ではなさそうですし、必ず接近戦になりそうです」

「そっか。なら、俺は大丈夫だ。それよりも俺は四号が心配なんだが……」

「え? 俺?」


 話題の中心は四号へと変わる。


「四号は風属性に重きを置いた魔法攻撃が中心だろう? 魔力を練っている隙とかを狙われるんじゃないかと心配でね」

「あ~」


 気まずそうに間延びした返事をする四号。

 アルツトさんの言っていることは正しい。

 高度な魔法ほど溜めを必要とするのは師匠から教わったことだ。

 その点、四号は簡単な魔法も使うが、基本的には火力の強い高度な魔法を好んで使っている。

 今回はタイマンということで、一体ずつ戦っていくことになる。

 そういう意味で四号は割と大きなハンデを背負っている。


「まあ、何とかなると思います。最悪、身体強化でゴリ押しするので」

「そうかい? 怪我をしないようにね?」


 四号の言葉にアルツトさんは軽い返事をする。

 四号の何を見たのか分からないが、大げさに心配する必要はないと判断したのだろう。


 そんな風に話していると、ボスが手を一つ叩いて注目を集めた。


「さて、これからレーラーの弟子である三体と、進化の早かった三体の決闘を行う!!」


 ボスの一言で、周囲のゴブリンたちはザワザワと騒ぎだす。

 そんな周囲を気にせずに、三バカの中で体格の良いゴブリンが前に出る。

 体格が良いと言っても、三バカでのうちの話だから、実際には普通の進化ゴブリンであるホブゴブリンと大きな差はない。

 

 ここでホブゴブリンに関しての情報をいくつか思い出す。

 ホブゴブリンはゴブリンの進化種だが、役職のついたゴブリンの進化種と比べると、さまざまな要因から役職付きゴブリンの方が強いといえる。

 ホブゴブリンは人間の成人男性と変わりない体格をしている。

 だが、役職付きのゴブリンの方が魔力的に劣っているのがホブゴブリンだ。

 さらに、後々の成長率も役職付きゴブリンの方が優れているのが知られている。


 そんな風に、情報を思い出していると、アルツトさんが前に出てきた。

 どうやら弟子になった順番に戦うようだ。


 やる気なさげにボスが開始の合図を送る。

 そうして、始まった瞬間。

 無造作にアルツトさんはバカに近寄っていく。

 そして、自然な動作で相手の手を取ると魔力を一瞬で流す。

 すると、バカの全身から血が噴き出した。


「はい、こんなんで良いですか?」


 アルツトさんはこの結果が当たり前と言わんばかりに、ボスへと言った。

 そんなアルツトさんに、ボスは苦笑を隠すこともなく、口を開いた。


「おう、十分だ」

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