第18話 ギルド長の焦り

辺境の街のギルドマスター視点


「もうそろそろか……」


 俺はギルド長室でぽつりと呟く。

 冒険者に森の調査を依頼してから、二週間近くたった。

 依頼をよく頼んでいただけに、かの冒険者の動きは何となくではあるが予測できる。

 今回はしっかりと森の調査をして帰ってくるという話だったから、一週間近くは森の中や森の近隣を調査しているだろう。

 そこから逆算すると、街を出発してから二週間ほどで帰ってくるはず……。

 その日、俺は依頼の結果が報告されるのを期待して、仕事の消化が遅くなってしまった。



 

 そんな風に、冒険者の帰りを期待して待っていたが、さらに一週間が経ってしまった。

 

「なぜだ。なぜ帰って来ない……」


 そんな風に、独り言を発してしまう。

 冒険者は確かに東門から出立したのを確認している。

 東門から広がるのは森しかない。

 だから、冒険者が森に向かっていったのは確実なのだ。

 なのに……。


「なぜだ……」


 依頼を請け負ったのは確かに実績のある信用できる冒険者だった。

 それに、これまでも何度も依頼していたのだ。

 調査依頼という部門ではかの冒険者ほど信頼のおける冒険者は他にいない。

 そんな冒険者が帰って来ない。

 俺の中の焦りが溢れそうなほどになった。

 それを自覚したとき、俺はゆっくりと息を吸い。

 

「はぁ~」


 大きく息を吐く。

 そして、もう一度大きく息を吸う。

 またゆっくりと吐く。

 ただの深呼吸が俺を少し冷静にしてくれる。

 

「現実から目を背けてばかりではいけないよな」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「あと一週間……。あと一週間だけ待とう。もし、その一週間で彼が帰って来なければ、彼の捜索隊と再度森の調査依頼を出そう」


 そう決定した。




 いま、新しく依頼を出した冒険者たちが出立した。

 結局、俺が勝手に決めた一週間という期限内に、彼は帰って来なかった。

 もし、彼が森での調査依頼の途中で死んでしまったのなら、もしくは怪我などで森から帰って来られなかったなら、かの冒険者の隠密能力を超える魔物や危険がいることになる。

 それを想像したとき、俺はある不安に駆られた。

 新たに森で生まれた脅威は単体なのか、それとも群れなのか。

 俺の見立てでは単体の線が濃厚だが、もし群れならば辺境のこの街は危険かもしれない。

 いや、確実に危険が迫っているだろう。

 ならば、今回新たに依頼に出立してもらった冒険者の報告内容によっては領主さまに情報を上げようと決めた。


 

 

 時は無情にも過ぎていく。

 新たに依頼した冒険者が出立して、二週間が経過した。

 この辺境の街と魔物が跋扈している森まで人の足で最低一日はかかる距離にある。

 調査に一週間近くかけてもらうことを考えると、そろそろ帰ってきてもいいころだ。

 だが、まだ俺の元まで報告は来ていない。

 

「またなのか……」


 ついつい独り言が漏れてしまう。

 あの森で一体何が起きていると言うのか、全く想像できない。


 今回依頼したのは四人パーティのバランスの良い冒険者だ。

 それも一組ではなく、二組も……。

 俺が考えていた通り、ソロで調査依頼に出た冒険者の捜索に一組、森の調査で一組も出した。

 本当はもっと大掛かりな調査をするべきなのだろうが、そのための予算の準備であったり、領主への根回しであったりが後手後手に遅れてしまっているから、大規模調査は出来ずにいる。

 本来なら最初の異常な魔力の感知をしたときにするべき調査だったはずだ。

 それでも、俺は待つしかできない。

 際限なく膨らんでいく焦りに気付きつつも、俺は今日も平静を装って仕事をする。


 翌日、ついに依頼に出していた冒険者パーティが帰ってきた。

 ただし、一組だけの帰還だが……。

 帰還したパーティは捜索依頼を受けていたパーティだった。

 

 早速ギルド長室で話を聞いた結果、以下のことが分かった。


 一つ、ソロの調査依頼を受けた冒険者の痕跡は見つからず仕舞いだったこと。

 二つ、森の調査のパーティとは途中で別れたが、森内部では再会しなかったこと。

 三つ、森の異常と関係があるか確証はないが、高頻度でゴブリンに遭遇したこと。

 四つ、遭遇したゴブリンたちは絶対に襲ってこなかったこと。


 以上が報告内で気になるところだった。

 一つ目の結果は何となく分かっていたことなので、理解できる。

 そもそもが狩人としての適性も高かった冒険者なのだから、痕跡は極力残さなかっただろうし、依頼を回したのも遅かったのだから、痕跡がなくても仕方がない。


 二つ目の件は、双方のパーティに確執などがないことを知っていたから、両パーティは極力協力するように言い含めていたので、報告してきたのだろう。

 だが、捜査範囲はそんなに広くないはずなのに、森内部で遭遇しないのは確かに違和感がある。


 三つ目、四つ目は明らかな異常だろう。

 ゴブリンが森内部を探索していることは勿論あるだろう。

 だが、人間に襲い掛かって来ないのは明らかにおかしい。

 脳裏を過ぎったのはゴブリンの統率個体が現れた可能性だ。

 もし、ゴブリンが森で増殖しているなら明らかな脅威となるだろう。


 俺は帰ってきた冒険者パーティから聞いたことと、数か月前の異常な魔力の感知についての報告を領主さまに知らせたのだった。

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