第12話 手本
俺は内心ため息をつく。
五号の修業は順調に進んでいる。
それだというのに、俺が手本を見せないとだなんて……。
正直なところ、俺はシュッツの拳を受けたくはない。
よく考えてみてほしい。
魔力の強化を施しているとはいえ、拳一発で木をへし折るような怪物の拳をどう受け止めろと言うのか。
「師匠」
「ん? なんだ?」
「俺、本気。師匠、覚悟」
俺のネガティブな考えを見透かしたのか、それともただタイミングが良かったのか、シュッツは俺にそんなことを言ってきた。
本気なのは分かるけど、覚悟ってなんですかねぇ。
殺されたりしないか不安になってきたんですけど……。
「あ~、シュッツ? これはあくまで手本だからな? 殺す気で殴ったりするなよ?」
「師匠、修行、成果、見せる」
「お、おう」
どうやら聞く耳を持たないようです。
誰か、シュッツに言い聞かせてくれないかなぁと、周りを窺うと。
「レーラー、そろそろ始めてくれ」
スタークからの催促があった。
自分とは関係ないからって、気楽だなスタークの奴。
そんな風に考えながら、俺はシュッツの正面で魔力を練る。
「すぅ~」
息をゆっくりと吸い。
「ふぅ~」
息をゆっくりと吐く。
そんな単純な動作だけで、俺の中の魔力が高まる。
その魔力を己の内側へと溜めるようにしっかりと抑え込み、足と腕へと振り分ける。
足はしっかりと踏ん張るために、腕はシュッツの拳を受け止めるために。
「来い」
俺の静かな言葉に、シュッツは拳を大振りに振りかぶり。
「うがぁ!!」
獣のような叫び声と一緒に、突き出した。
俺の腕とシュッツの拳が接触した瞬間。
言葉に表せない大きな衝突音が響いた。
集落の森のどこまでも響いていきそうな大きな音だった。
「いてぇなあ」
「俺も、痛い」
俺の独り言を聞き取ったシュッツも、ボソッと呟く。
「師匠、腕、大丈夫?」
「ん? ちょっとヤバいかな」
「折れた?」
「確実に」
俺の答えに満足したようにシュッツは頷く。
どういう反応だそれ、と思いながら、俺は治癒魔法の練習にちょうどいいと思い、アルツトを手招きした。
「どうしました、師匠?」
「腕、折れた。治癒魔法の練習すっぞ」
「ええええええ! 師匠、痛くないんすか?」
「痛いわ、アホ。早く治せ」
アルツトに治療をお願いしたあと、俺は五号の方へ向かって言う。
「俺ですら、こんなありさまだ。それでも、お前はやるか?」
「俺は……」
「まあ、ここで辞めるようなら、狩りは諦めてもらうがな」
五号はゆっくりと考えている。
そんなとき、四号は言う。
「シュッツさんの拳を受け止めるなんて無理だ。やめよう、五号。俺も狩りに行くの辞めるからさ」
「四号」
五号はショックを受けたような表情をしたあと、目を瞑る。
数秒の後、五号は目をカッと開くと。
「師匠、俺はやりますよ」
「そうか、じゃあ頑張れ」
五号にエールを送った俺は、アルツトに言う。
「骨折の治し方を教えてやる。まずは、枝を集めな」
「はい!」
俺はアルツトをつれて、みんなの元から離れた。
スターク視点
レーラーのやつ、相当効いていたな。
まあ、いまのシュッツの拳を受け止めようと思えば、俺だって骨を持ってかれる。
そう考えれば、レーラーはよく我慢した。
本当なら、痛みを忘れるために、思いきり叫びたかっただろう。
そこを師匠として、我慢した。
さすがに、俺の師匠なだけはある。
「さて、お前ら修行に戻るぞ」
「おっす」
俺の言葉に、それぞれが分かれていく。
四号はどうすればいいか分からないようだったが、エアストが連れて行った。
魔法が使えるようになった四号だが、ただ魔法が使えるだけでは狩りにつれていけないから、気配の消し方でも教えるのだろう。
なんだかんだ言って、エアストも面倒見がいい。
俺は五号とシュッツについていった。
「さて、シュッツ」
「?」
「五号の面倒はしっかりと見られそうか?」
「大丈夫。修行、順調」
「なら、いい。だが、今日は俺も五号の様子を見ようと思う。いいな?」
「おす。問題、ない」
シュッツとのやり取りをしている間にも、五号は魔力操作を始めていた。
俺はそれを眺めながら、シュッツへと問いかける。
「五号がなぜ行き詰っているか分かるか?」
「魔力、全部、扱え、ない」
「そうだな。仮にも俺たちが狩ってきた魔物を喰わしているのだから、魔力は十分なほど育っているはず。おそらく進化前の俺たちよりも魔力量はあるだろう」
「……」
俺の言葉に賛同するように、シュッツは頷く。
「すべての魔力を上手く扱えれば、確かにお前の一撃を受けられるだろうが、今の状態だと無理だな」
「……」
「なぜか分かるか?」
「基礎、鍛錬、足りない」
「そうだ」
シュッツはなぜ、五号が魔力を十全に扱えないかを分かっているようだ。
だが、それを直接伝えるつもりがないようだ。
「自分、気づく、欲しい。四号、気づいた」
「そうか、お前は師匠のやり方をまねているのか。なら、俺から言うことはない」
シュッツにしては厳しい判断の気がするが、確かに基礎鍛錬の足りなさは自分で自覚しないと、身が入らないだろう。
だから、見守ることにしたようだ。
そんなシュッツの考えが正しかったのか、五号は訪ねてくる。
「シュッツさん。俺に足りないのは基礎か?」
「そう」
「魔力感知、魔力操作、どっちが足りない?」
「両方」
「手厳しいですね。でも、師匠の手本を見て分かりました。自分の魔力を十全に扱えれば、俺にもシュッツさんの拳を受け止められるきっかけになりそうだと」
何が足りないかを自覚したあと、基礎鍛錬からきっちりとやり直した五号。
レーラーの見本を見た日をきっかけに、さらに一週間が経った後、五号はシュッツの拳を受け止めることに成功した。
まあ、レーラー以上に、骨を砕かれたようだが……。
こうして、四号と五号のコンビは狩りへの許可を手に入れた。
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あとがき
作者がコロナに罹ったため、予約投稿を忘れておりました。
次回からは午前中に上がるように気を付けます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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